■滅びの国■
−4− 「……ずっと突っ立ったままというのも何だし、そこに座って話をしようか?」 ぽん、と肩を軽く叩かれ、ぼんやりとしていた矩は、声の方へと意識を向けた。 見れば、目の前には同じ顔が二つ。 セイラードとランスロットだ。 そういえば、この部屋に駆け込んできたのはノーヴァだけではなく、この二人も一緒だった。 突拍子もない話が続いていたので、すっかり他の二人の存在を忘れ去ってしまっていた。 「あ、あの……」 「部屋の準備にはしばらくかかると思うから、その間、僕らと話をしよう。色々と聞きたいこともあるだろうしね」 セイラードが穏やかな声でそう言い、椅子を指し示す。 疑問ばかりで、聞きたいことも知りたいことも山ほどあった。 だから、大人しくそれに従い、椅子に腰掛ける。 矩が座ったのを確認すると、セイラードとランスロットも同じように椅子に座った。 「あの、部屋の準備、って。それから、さっきの話……と、それから、ええと……」 何から訊くか考えは纏まらないのに、気が急いて、言葉ばかりが先走る。 そんな矩に、セイラードは苦笑して、 「まあまあ、落ち着いて。順番に話をしよう」 ね、と矩を落ち着かせるために、殊更ゆっくりとした口調で告げる。 「……すみません」 セイラードの話し方は、不思議と安心感をもたらしてくれるようだ。 「まずは……そうだね。部屋の準備っていうのは、君の部屋のことだよ」 「俺の?」 「君がこれからどうするか。この国にとどまるにしても、アリファルに行くとしても、さしあたってはここに君の生活する場所が必要だからね。今頃、ラディスが部屋を準備させているはずだよ」 (ラディスが……) 「ラディスのさっきの言葉……ラディスはあまり感情を表に出さないから解りにくいだろうけど、あれで君のこと心配しているんだ」 (やっぱり、そうだったんだ……) ラディスの言葉の中に感じた、心配げな響き。 あれは勘違いじゃなかった。 ラディスの中にある感情の、一部分を垣間見られた気分だった。 もっと。もっともっと、見たい。 以前のラディスを知っているから――柔らかく緩むラディスの表情を知っているから、またあの表情を見たい。 そう、思う。 ふと顔を上げると、セイラードがにっこりと微笑んでいた。 「え? 何?」 「……君はラディスのこと、解ってくれる人みたいだね」 そう嬉しそうに言われて、顔が熱くなる。 (な、何で……) 慌てて顔を押さえる矩を見て、セイラードはますます嬉しそうに笑う。 居心地が悪い。 しかし、セイラードの表情は悪意の欠片もなく、決して嫌な気分ではなかった。 ただ、熱くなった顔が、早く冷めるようにと願う。 どうして、こんな反応をしてしまったのか、解らないまま。 「……そうそう、ずっと気になっていたんだけど、君は言葉が解るんだね?」 矩がどうにか落ち着きを取り戻した頃、セイラードはふと真面目な顔に戻り、 「どうしてか、理由は解る?」 矩にそう訊ねてきた。 「それは――」 隠すようなことではない。 それに、知りたいことがあるのなら、相手が知りたがっていることに答えることも必要だと思う。 少なくともセイラードは、さっきのノーヴァのように一方的に言葉を投げかけるのではなく、矩と会話をしようとしてくれているのだから。 矩は、セイラードに話した。 見続けた夢のこと、国のこと、ラディスのこと、彼らのこと。 そのなかで、言葉が解るようになってきたこと。 そして、矩の知り得る全てのことを。 「……なるほど、ね」 話を聞き終えたセイラードは、思案げに手を顎に持って行った。 「まずは一番大事だと思うことだけど。ここは夢の中じゃない。僕らはこの世界で現実に生活しているし、君は君の世界で現実に生活していた。君が見ていたのは、厳密には夢じゃないんじゃないかな」 言葉を選ぶように、しかし躊躇いや迷いはなく、セイラードは話を続ける。 「つまり、君は眠っている間に意識だけ僕らの世界に来て、目が覚めると君本来の世界に帰っていく。それを君は夢と認識した、ということなんだけど……どうだろう? そして今回は、何らかの要因で、目が覚める時に意識が君の世界に帰るのではなく、身体の方がこちらに来てしまった――そう考えると、君がここに現れた時の状況とも辻褄が合うと思う」 矩は正直、感心してしまった。 矩に比べて事情を知っている風だとはいえ、セイラードは、得た情報を瞬く間に整理してひとつの答えを導き出したのだ。 ただ狼狽えるだけの自分とは大違いだった。 ラディスがノーヴァに語った、自分が現れた時の状況。 セイラードの言は、確かにそれにも合っている。 問題は、“何らかの要因”が何なのかということだが、これには矩にも心当たりがあった。 ――ラディスと目が合ったこと。 今までは矩の一方的な認識だったのが、相互の認識になった。 解るのはそこまで。 しかし矩は、それだけで十分だという気持ちになっていた。 異世界に飛ばされた、という状況にも不思議と恐怖などを感じたりもしなかった。 それは、自分が良く知る世界だということもあるだろうし、ラディスやこの国に近付きたいと思ったのは自分の意志だったというのもあるかもしれない。 疑問だらけのことばかりではあるが、自分がこの世界にいること、それ自体には不安はなかった。 (帰れるのかどうかも解らない、この世界でどうやって生きていけば良いのかも解らないっていうのに、俺って変かも) それでも何故か、今すぐ元の世界に戻りたいという逼迫したような感情は湧いてこなかった。 勿論、伴侶だとか重要な存在だとかは別の問題として、だったが。 そして今の矩には、そちらの方が大きな問題に思えるのだった。
2006/02/11
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