■滅びの国■


−6−




 いよいよ自分が知りたいことが聞けるのだと、気持ちを引き締める。
 神や、その意思を聞く一族のこと、託宣の儀式のことなど、矩にとっては縁遠いことばかりだったが、この国ではそれが当たり前のこととして存在しているのだから、それを矩の感覚で否定する気はない。
 託宣が降りなかったこと、そしてそれがこの国の今の姿に繋がった原因なのかどうなのかは解らないが、そのことを否定したままでは先には進めない。
 重要なのは、自分がそれにどう関わってくるのか、ということだ。
「……それで、その託宣の内容って……?」
「“黒い瞳と髪を持つ、ここではない世界からの訪問者、ノリ。彼の者はこの国と王にとって重要な存在となろう”――と。ノーヴァや僕らがノリの名前を知っていたのは、この託宣があったからだよ」
「俺が重要な存在だとか決めたのは、神ってこと? 何で俺? 重要って言うけど、どう重要なの」
「……残念だけど、それは僕らにも解らない。託宣はさっき言ったことだけ、それ以上のことは何も」
 そのセイラードの言葉に、矩は力無く肩を落とした。
 この国の背景や状況は解っても、矩自身に関しては、これまで聞いてきた以上のことは結局何ひとつ解らない。
 自分を選んだのは神らしいが、選んだ理由は解らない。どう重要な存在なのかも――。
 しかし、それは矩に限らず、ラディスもセイラードもランスロットも……他の誰も解らないことなのだ。
 託宣を受けたノーヴァ自身ですら。
「……ってことは、伴侶だとか何だとかって、全くのノーヴァ個人の意見でしかないわけ……?」
「そうなるね。ノーヴァはノリがどう重要なのかは解らないとは言っていたけど、ノリのことを国を救う存在だと信じてるよ。だからこそ、ラディスの伴侶になるようにノリに強要しようとした――国が滅びゆく危機のさなかに降りた託宣がノリのことだったからね。……まあ、伴侶にって考えたのには、さっき言っていたこと以外にも理由があると思うけどね」
「他の、理由?」
「ノリをヴァリスタに繋ぎ止めておくためには、王の伴侶にしてしまうのが一番確実ってこと」
「な……っ!」
 恐る恐る聞き返した矩は、続いたセイラードの言葉に愕然とした。
 ノーヴァがそんなことまで考えていたというのか。
「僕の推測だけど、間違ってはいないと思うよ? いつ現れるか解らないノリを待ち続ける間、考える時間だけはたっぷりあったからね。ノーヴァが国の存続のためにそう考えても不思議はないよ」
 セイラードはちらりとランスロットの方を伺った。
 ランスロットは、当然のように相槌を打つ。
「ああ。王の伴侶になってしまえば、この国からは簡単には出られない」
「…………」
 ノーヴァが、自分に対してあんな態度を取った理由は解った。
 矩にしてみれば到底信じたくないようなことを、ノーヴァが考えていることも。
 ノーヴァの考えでいくと、自分は“国を救う存在”らしい。
 しかし、矩自身は到底そんなふうには思えなかった。
 いや、思いたくなかったのかもしれない。
 大体、どうやって救えというのか。
 方法など知るはずもないというのに。
 それなのにノーヴァは、託宣を光明だと信じ、自分をラディスの伴侶にしてこの国に繋ぎ止めようとしている……と二人は断言しているのだ。
「ラディスにその気がない限り、ノーヴァに強行することはできないが、ノーヴァは簡単には諦めないと思うぞ。待っていた存在がとうとう現れたんだ、何が何でもノリをラディスの伴侶にしようとするだろうな」
「う……」
 追い打ちを掛けるランスロットに、矩は返す言葉もない。
 ノーヴァのあの様子を思い返してみれば、それは明白だったからだ。
 その気のないラディスに、毎日同じ言葉を繰り返していたということからも、ノーヴァが引かないだろうことは容易に想像できた。
(どうしたら良いんだろう……)
「……まあ、急に色々なことを聞かされて混乱しているだろうし、とりあえず今夜一晩ゆっくり考えてみたら良いんじゃないかな。アリファルに行くか、ヴァリスタにとどまるか――とどまった場合は、ここでどういうふうに過ごすのか」
「はあ……」
(考える……っていっても)
 そう選択肢があるわけではない。
 アリファルに行くか、この国にとどまるか。
 そして、この国にとどまった場合、どうするか。
 つまりは――ノーヴァの言うところの「ラディスの伴侶」としてこの国を救うのかどうか。
(……それは無理だ。絶対に無理)
 だったら、選択肢なんてあってなきが如しではないか。
(……でも俺は……この国にいたい……)
 そう思った時、ふとラディスの言葉を思い出した。
「あの……さ。ラディスはどう思ってるのかな。俺のこととか、国のこととか……これからどうするつもりなのか、とか」
 矩を国の事情に巻き込むつもりはないと明言していたし、アリファルに行くように言ったのだから、矩に関してはそれがラディスの意見なのだろう。
 しかし、矩が知りたいのはそういうことではなかった。
 もっと深い部分――ラディスが表に出さない、感情の部分を、知りたかった。
 だからセイラードとランスロットに訊ねてみたのだが、二人には同時に首を横に振られてしまった。
「それは僕らが話すことじゃない。ラディスの本当の心は、ラディス自身にしか解らないんだから」
「ああ。知りたいなら、ラディスに直接訊くと良い」
「……だったら、セイとランスの意見は? 二人はどう思ってるの」
「僕ら? ……預言自体は信じてるよ。この国の今までと預言は、切り離せるものじゃないからね。それに、本音を言うと、ノリにはヴァリスタにとどまって欲しいと思ってる。その点では、ノーヴァの意見と一致するね」
「えっ!?」
 そんな――セイラードもノーヴァと同じように、矩にラディスの伴侶になれと言うのだろうか。
 これまでの話しぶりでは、ノーヴァとは意見を異にしているように感じられたのに。
「ああ、誤解しないで。僕がノリにとどまって欲しいって言ったのは、この国を救う存在だと思ってるからじゃない。預言自体は信じるって言ったよね。それはつまり、預言にあること以外は憶測で決めたりはしないってことだよ」
 矩の動揺を感じ取ったらしいセイラードが、宥めるように矩の肩を数度叩いた。
「そ、そう……良かった」
 何とか落ち着きを取り戻した矩は、ほっと息をつく。
「でも、だったら何で、俺にとどまって欲しいって……」
「それはね、ラディスのため」
「……ラディスの?」
(余計に解らないんだけど……)
「優先順位の問題だ。ノーヴァが国を第一に考えているように、俺とセイにも一番大事なものがある」
「それが、ラディス?」
「そう。勿論、国は大事だよ? でもね、僕らにとっての第一はラディスだ。ラディス、国民、国。これが、僕らにとっての優先順位。ノリの存在が、ラディスにとって良い影響になるかもしれないと思うから――だからノリにはこの国に、ラディスの傍にいて欲しい。それが僕の……僕とランスの意見」
 ランスロットの意見を聞くこともなく、セイラードは言う。
 矩がここに来てからの僅かな時間、相談することもなかったはずなのに、これが二人の意見だと、はっきりとそう言う。
 そしてランスロットも異を唱える素振りは見せない。
 双子故だろうか。
 言葉は交わさなくても、セイラードとランスロットにはお互いの心が通じ合っているようだった。
 ――しかし。
「俺が……ラディスに良い影響になるって……?」
 何を根拠に、この二人はそう言うのだろう。
「勘だけどね。そんな気がする。何せノリは、ずっとラディスのことを見てくれていたようだから」
「……っ。それは……夢で……その……だから、自分の意志で見てたわけじゃ……!」
 矩は一瞬で真っ赤になった。
 自分で自分の反応に動揺する。
(この感覚、さっきも――……)

『……君はラディスのこと、解ってくれる人みたいだね』

 ――セイラードのあの言葉。
 あの時も、自分は似たような反応をした。
(何で……?)
 セイラードは、矩の反応を楽しそうに見遣ると、更に言葉を継いだ。
「ノリが見ていたのは夢じゃなくて現実だってさっきも言ったよね? それをずっと見ていたんだから、ノリは余程、ラディスと縁があるよね」
「そ、それは……でも、俺は……っ、だからその……」
 頭に血が上って、まともにものを考えることもできなくなってしまい、意味のなさない言葉ばかりが口をついて出てくる。
「……セイ、あまりノリをからかうな」
「ごめんごめん。でも……ノリなら本当にラディスを変えてくれるかもしれないと思うんだ。頑なに感情を表に出さなくなってしまった、大事な僕らの従兄弟をね」



2006/02/17



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