■滅びの国■


−7−




「――従兄弟……?」
 意外な言葉を聞いて、矩は僅かに平静を取り戻した。
「ああ、言ってなかったか。俺とセイは、ラディスの父の姉の子――ラディスとは従兄弟同士だ。俺たちの方がラディスより2歳年上だが、生まれた時から一緒に育ってきた兄弟みたいなものだ」
「じゃあ、ラディスが一番大事っていうのも……?」
「俺たちにとってラディスは、王である前に家族だからな。あの、何でも自分ひとりで背負い込む質のラディスを放ってはおけないさ」
 生まれた時から、常に傍にいた存在。
 それが、ラディスにとっての二人。
 まだ一方的に見ていただけの頃に感じた、ラディスの孤独感は、ただの勘違いだったのだろうか。
 いつもひとりだと感じた、あれは――。
 だってラディスには、セイラードとランスロットがいるのだから。
 何故だろう。
 この二人と接している時のラディスの、和らぐ空気をほっとしながら見ていたはずなのに。
 羨ましいような、複雑な気分になってしまう。
 これではまるで、この二人に嫉妬しているようで――。
(……って、さっきから、何か変だ、俺……)
 矩が変な考えを振り払おうと必死になっていると、ぽつりとセイラードが聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
「……だけど、ラディスは全てを自分ひとりで背負うつもりでいる。僕らに寄りかかってはくれないんだろうね……」
「え……それって、どういう……」
「さ、この話はもうおしまい。……随分と話し込んでしまったね。部屋の用意もとっくに出来ているだろうから、今日のところはお開きにしよう」
 矩の問いかけを強引に遮り、セイラードは立ち上がってしまった。
「セイ……?」
 引き止めようと名前を呼んでみたが、セイラードはもう何も答えない。
 困惑してランスロットの方を見ても、曖昧な表情を向けられるだけだ。
「ノリ。他にも話したいことや訊きたいことがあったら、いつでも来てくれ。……ああ、明日は俺は城を留守にしているから、セイの方に頼むな」
 そう言い残して部屋を出ていく二人の後ろ姿を、矩は不可解な気分で見送った。








(……疲れた……)
 矩は、ベッドの上に腰かけて、大きく息を吐き出した。
 ここは、ラディスが用意させてくれた矩の部屋だ。
 セイラードとランスロットが部屋を出てすぐに、部屋を用意してくれていたらしい人がここまで案内してくれ、ようやく今、一息ついたところだった。
 とはいえ、どうにも落ち着かない。
 まず、部屋が広すぎるのだ。
 ラディスの部屋ほどではないが、矩の自室とは比べるべくもない広さ。
 今座っているこのベッドも、矩のベッドの倍はありそうだ。
 そしてもうひとつ、落ち着かないのは……。
「静か、だなあ……」
 広い城内の一室は、あまりにも静かだった。
 声を出してみると、余計に静かさが強調されたようで、矩はそれきり黙り込む。
 すると、物音ひとつしなくなる。
 夜だからだろうか。
 それとも――ひとりきりだからだろうか。
 この世界に飛ばされたと解った時にも不安は感じなかったし、元の世界に対する感情も特に湧いてはこなかった。
 しかし今。
“ひとり”を意識した今は――。
(誰かと一緒にいる時は平気だったのに、ひとりきりになった途端こんな――……)
 寂しい。
 そう、寂しいのだ。
 いくら長い間見ていたとはいえ、ここは右も左も自分ひとりでは何も解らない世界なのだと、こうしてひとりになって初めて感じてしまった。
 見慣れた自分の部屋もない、家族もいない、友達も知り合いのひとりすらもいない。
 そんな、世界なのだ。
(元の世界の俺……どうなってるのかな。……意識も身体もここにあるなら当然、元の世界からは消えてるよな……。心配、してるかな……)
 力無く、ベッドに横たわる。
 思い切り身体を預けても、ベッドは柔らかく受け止めてくれるだけで軋みもしない。
 矩の家族は、両親と自分の三人だ。
 サラリーマンの父親と、専業主婦の母親、高校生の自分。
 学校に行って、休日は友達と遊んで……そして夜には家に帰っていく。
 当たり前だった日常。ごくごく平凡な毎日。
 まさか、こんな事態になるとは思ってもみなかった。
 ――もう、戻れないのだろうか。
 ――だって、どうしたら戻れるのかも解らない。
 今頃になって、ことの重大さを、深刻さを、思い知るなんて――。
 あの時、恐怖も不安も感じなかった楽観的な自分を、罵倒してやりたくなる。
 そうしてどうなるものでもないが、そう思わずにはいられなかった。
(こんなんじゃ、アリファルなんて行けるはずない)
 このヴァリスタにいてさえ、こうなのだ。
 ここ以上に未知の国になど、行こうという気も起こらない。
 この世界には、どこまで行っても矩の知る場所などないのだ。
 だったら、このままこの国にいる以外の選択肢などないではないか。
 何より、矩自身が、そう思っている。この国にいたい、と。
 とはいえ、この国にとどまったらとどまったで、問題は多い。
 ここでどう過ごしたら良いのか、どう過ごしたいのか。
 まずはそれを決めなければならない。
 ノーヴァの言うままにラディスと結婚するなんて、とても考えられないのだから。
 しかし、ただ「嫌だ」と言うだけでは、ノーヴァは諦めてはくれないだろう。
 男同士だということを主張しても、ノーヴァのあの様子ではさして頓着するようには思えない。
(そもそも、一度さらっと流されてるし……)
 どうにか諦めてもらう方法はないものだろうか。
 ノーヴァの思惑以外に、ノーヴァを納得させられる方法。
 そのためには、ラディスにその気がないからと安心して何もせずにただここにいるだけ――というわけにはいかないし、矩自身、そんなことはできそうになかった。
(まずは、ラディスと話をする、かな……)
 初めから矩は、ラディスと話してみたい、近付きたい、と思っていたはずだった。
 セイラードとランスロットにも訊ねたように、ラディスの心を知りたい、と。
 それには実際に話してみるのが一番だ。
(だけど……言葉が出てこないんだよなあ……)
 淡々とした言葉、その裏に見え隠れした矩への気遣い……それはもう解っていた。
 しかし、何故だか話しかけ辛く思えてならない。
 どうも実際にラディスの前に立つと、何を言って良いのか解らなくなってしまうようなのだ。
(かといって、いつまでもこのままってわけにもいかないし……明日は何とか話しかけてみよう)
 そう決意すると、矩はベッドに潜り込んだ。
(そうだ……この国のことももっと知りたいよな。誰かに聞くだけじゃなく、実際に自分の目で見てみたい)
 慣れないベッドの感触に眉を寄せつつ考える。
 どうするにしても、ここは矩の知らないことが多すぎる。
 もっとこの国のことを知らなければならない、そう思う。
 とにかく、こうなった以上、前向きに行こうと決めた。
 後ろ向きになればなるほど、身動きがとれなくなってしまう気がするからだ。
(うん、そうしよう――)
 矩は目を閉じて、改めてそう思った。



2006/02/20



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