■月夜を抱く君■


−5−




 どうして、自分はこんなところにいるのだろう――。


 一昨日も、昨日も来たこの場所で、和都は考え込んだ。
 本当なら、二度と来たくなかった場所に、連日来る羽目になるとは思わなかった。
 それも、今、自分の隣にいるのは、あの勇士なのだ。
 昨日再会してしまった公園のベンチで、ほぼ同じ時間帯に、二人並んで腰掛けている、この状況。
 時折、夜風が二人の間を揺らしていくのが感じられる。
 勇士は何を思って、自分をここへ連れてきたのだろう。
 ちらりと隣の勇士を見遣るけれど、彼は黙って上を――夜空を見上げているだけだ。
 言葉は何もない。
 強引に連れてきたくせに――。

「……柏原さん、あの」
「……俺、初めてなんだよ」
 何を言おうとしているのか自分でも解らないまま、それでも声を掛けようとした和都の言葉に重なるようにして、ようやく勇士が口を開いた。
「は、い? 初めて……って?」
「お前見てると……いや、そうじゃなくて……」
「?」
 何を言いたいのかさっぱり解らなくて、和都は問いかけるように勇士をまじまじと見つめてしまった。
「あー……あんまりこっち見るな」
「柏原さん?」
 勇士が、がしがしと頭を掻いて何やら唸っているのを見て、和都は更に疑問の表情を深くする。
「だから見るなって言ってんだろ……。――今日、お前に会いに来たのは」
「えっ?」
 そんな和都を余所に、話題は転々と変わっていく。
 ますます訳が解らない。
「……会いたかったから」
「……はい?」
「昨日から……いや、一昨日から、だな。ずっとお前のことが頭から離れねえんだよ。だから、こうやって会いに来た」
「それって……」
 どういう意味だろう。
「こんな気持ちになったのは初めてだ。……お前だけだ」
「あの……?」
 何だか妙な雰囲気だな、と思う。
 結局、何が言いたいのだろう。
 勇士の顔も言葉も声音も何もかもが真剣で、まともな反応ができない自分がおかしいのかと思ってしまう。
「これからも会いたいし、お前のことを知りたい」
「――――」
 何と返したものかと迷う。
 いや、唐突な物言いに思考が働かなくなった、といったほうが正しいかもしれない。
「……どうだ?」
「ど、どう、って……」
「これからも、こうやって俺と会ってくれるかって聞いてるんだ」
「……それは」
 返答を迫られても、さっきと同じで、どう答えたら良いのか自分でも解らない。
「えっと……あの、会ってどうするんですか?」
 気付けば、間の抜けた問いを返していた。
 勇士を見れば、面食らったような複雑そうな、何とも言えないような顔をしていた。
 何となく申し訳ない気分になって、
「す、すみません……でも、僕と会って柏原さんは楽しいのかなと思って……僕は高校生だし、話をするにてしても楽しくないと思うんですけど……」
 そう言葉を続けたけれど、それを聞いた勇士は、更に微妙な表情になってしまった。
「……本当に解ってないのか、俺の言ったことの意味……」
「すみません……」
 勇士は長い息を吐いて、和都を正面から見据える。
「……一昨日、初めて会って、逃げられて……」
“一昨日”という言葉に、一瞬、身体が強張った。
 その瞳の力強さに、圧倒されそうになる。
 けれどそれは一昨日のような危険な瞳ではなく、ただただ真剣さを訴えてくるだけのもの。
 だから和都も、真剣に聞こうと耳を傾ける。
「それでも……逃げられても、考えるのはお前のことばっかりだ。今まで、一旦逃げられた相手なんか二度と思い出しもしなかったのに、毎日でも顔を見たいほど、お前だけは忘れられなかった」
「…………」
「だから、楽しいとか楽しくないとか、そういう問題じゃねえんだ。お前と一緒にいられる、ってこと自体が重要なんだからな。もっとお前と会って話をして、お前のことを知りたい、お前のことならどんなことでも。それで……いつか、俺のことも、知って欲しい」
 最後のひとことは、随分と重い響きをもって和都の耳に届いた。
 そこにどんな思いが込められていたのか、それは解らなかったけれど――。
「人を本気で好きになったことなんかなかったから、最初はこれがどういう感情からくるのか悩んだけど、これが、好きって感情なら、そうなんだろ。……これで、解ったか、俺の言った意味」
「あ……はい、何となく。……何だか、こ、告白みたい、ですね……」
「…………」
 そう言った途端、勇士が憮然とした顔で押し黙ってしまったので、和都は慌ててかぶりを振る。
「あっ、すみません。ち、違いますよね。えっと……」
「……“告白みたい”、じゃなくて告白してるんだ。……俺は、お前にははっきり言わないと通じねえってことが良く解った……」
「あ、あはは……すみません……」
 脱力して言う勇士に、和都は乾いた笑いを返すだけだ。
 正直言って、いきなりの展開についていけない。
「……笑いごとじゃなくてだな。どうなんだ」
「え……」
「告白に対する返事を聞いてるんだ」
 口を「え」の形に開いたまま、和都は固まった。
「俺のことを好きか、嫌いか。これからも会ってくれるのか、会ってくれないのか。それを聞いてる」
 そんな――勇士を好きだとか嫌いだとか、考えたことがない。
 第一印象は恐怖しかなくて、あまりにも悪い。
 その次に会った時は、恐怖の対象と再会してしまったことに更に怯えて――けれど、普通に一緒に夕飯を食べられるほど、恐怖のひとかけらすらも感じなくなっていた。
 そして、今日だ。
 印象の変わった昨日の今日で、いきなり告白されても、返事のしようがない。
 好きや嫌いといった感情を考えられるほどの余裕は全くなかったし、何より印象が変わったといってもその輪郭は曖昧すぎて本当の勇士が見えてこない。
 そもそも、自分が告白されたことそのものが、信じられないほどだというのに――。
 ふと、すぐ隣で、軽い溜息が聞こえた。
「そんな深く考え込むな。今すぐ答えを出せって言ってるんじゃねえよ」
「……でも」
 答えを聞かせろと言ったのは、勇士だ。
「俺が好きか?」
「…………」
「じゃ、嫌いか」
「嫌いじゃない、ですけど」
 好きかと聞かれると解らなくても、嫌いかと聞かれればそうではないとはっきり言える。
 一昨日の勇士しか知らなかったのなら、それ以前の問題だけれど、今は少なくとも嫌いではなかった。それは確かだ。
「それなら良い」
「えっ、それで良いんですか?」
 和都の答えに満足そうに頷いた勇士に驚いた。
 本当に、そんな答えで良いのだろうか。
「今はな」
「今は……って」
「そりゃ、いずれは好きになってもらいたいからな。それも出来るだけ早く」
「で、出来るだけ早く……って言われても……」
 和都は何とも答えられずに口ごもる。
 けれど勇士は、畳みかけるように言葉を続けた。
「まあ、そんなわけでな、明日からも会ってくれるよな?」
「えっ? それは――……」
 どうしても会いたくないわけではなかった。
 けれど、一昨日の出来事が邪魔をして、あっさりとは頷けない。
「……嫌か?」
「い、嫌っていうか……」
 はっきりしない自分が、我ながら情けない。
 このままでは、いつまでも答えなど出ないとも思う。
 だから――。
「あの……一昨日のこと、ちゃんと説明してくれませんか。でないと、どう答えて良いか自分でも解らないんです」
 今までどうしても訊けなかったことを、勇気を振り絞って訊ねた。



2006/04/11



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