秘密だ 2 思わず 「誰が? 誰を?」 と馬鹿正直に聞き返してしまった。冗談にしては寒すぎる。しかし、相手はケロッとしたように 「俺が、お前を」 と、寒さを通り越したアホ顔で真面目に答えてきた。しかも、さっきのは愛の告白ってヤツだぜ、なんて聞いてもいない事を付け加えて。 「なんかこう……お前のことを見てると、胸の辺りがこう……ときめく?」 「……」 「そう、ときめくだ。ときめく」 「……」 「ときめいて胸がドキドキするんだ、ドキドキ」 なるほど、心臓か。 「お前、一度チョッパーに診てもらえ」 「病気じゃねぇよ!」 ならなんだ。新手の嫌がらせにしては随分と手が込んでいる、気がする。何事もレディ優先が当たり前、野郎は虫けらぐらいにしか思っていないであろう男が、その男相手に馬鹿なことを言っている。 しかもこの自分に、だ。ありえない。 とにかく冷静になろうとゾロは出されたつまみと酒を飲んだ。いつも通りくぴくぴ音を立てて酒の飲み、湯豆腐に箸をつける。でもきっと、かなりの動揺はしてる。湯豆腐に醤油ではなくソースをどぼどぼかけてしまうくらいは。 「俺が思うに、これは絶対に恋、だ。お前の姿を見かけるたびに心は踊り胸は高鳴り、目があっただけで心臓が破裂しそうになる。恋以外の何もでもないんだ。信じろ」 そんな信じろと言われても、当事者のゾロとしては「気色悪ぃこと言ってんな!」と怒鳴りたくなるのを我慢するのが精一杯で、信じる信じない以前の問題だ。 大体、目があっただけで心臓が破裂しそうと言って、今ゾロの目を見て話してるその顔はいつもの二倍以上はふてぶてしく、鼻から煙草のケムリを吹かしてる。 そんな男の言うことの、何を信じろと。 「とにかく、俺はお前に恋しちゃってるわけだ」 わけだ、ぢゃない。 この場合、あれだろうか。一度頭を殴ってやるのが親切というものなんだろうか。 「お前もそういう経験ぐらいあるだろ? こう見てて胸がドキドキするようなこととか」 「……俺はお前を見てるとムカムカするがな」 「なんだ? 胸焼けならチョッパーに診てもらった方が」 「病気じゃねぇよ!」 「あ、もしかして、おめぇアレだ。ムカムカじゃなくムラムラと間違えてねぇ? お前のその額の縦皺とか、欲求不満の表れっぽいもんな」 「……」 いつも以上に全く話が噛み合わない。しかも、欲求不満ってのはなんだ。 とにかく落ち着こう、そう思った。此処で怒ったらおそらく相手の思う壺だ。なんの嫌がらせかわからないが、とにかく落ち着くのだ。 ゾロはソース味の湯豆腐を全部平らげると、それを一気に酒で流し込んだ。落ち着け落ち着け、動揺してるところを見せるなと必死に平静を装う。 しかし、何故か空になった皿を箸で忙しなく突いている。動揺してるのがまるわかりだ。 「お前、女が好きなんだろうが……」 「おう、俺は世界中のレディと恋する男だ」 「……じゃ、さっきのあれはなんだ」 「だから、言葉そのまんまの意味だろうが」 「……」 「とにかく、そういうことだ。まぁよろしく」 そんな、勝手によろしくされても困る。何をよろしくしろと言うのだ。 わけがわからず苦い顔をしていると 「それで? 俺はお前に惚れてるみたいだが、お前はどうよ?」 と聞かれた。 いや、どうよって。当然そんなの身に覚えがありません、というか考えたことがない。今日だって甲板で喧嘩を繰り広げた、いけ好かない仲間のコックに急に惚れていると言われても、なんとも答えようがない。しかも真面目なのかそうでないのかもわからない。 勿論、ゾロの中では後者であると思っているが。うろたえる自分を鼻で笑う作戦なのかもしれない、と。 とりあえずゾロは当たり障りのない言葉を選んで答えた。考えたこともないし、興味もない。ついでにホモでもないと付け加えた。 それこそ、なんでもないような顔をして。 しかしサンジは、その返事に 「そうだろうな、普通はそうだよな」 と妙に納得した顔でウンウン頷いた。 「やっぱりまずはお前に興味を持たせて、考えて貰うところから始めねぇとな」 そう言った顔は、怖いくらい笑顔だった。 それからだ。 始め、サンジは何故かゾロの頭を撫でてきた。なんの真似だと問えば、動物を手なずける第一歩だと言った。どんな獰猛な動物もこうやって撫でていればきっと懐いてくれるとか。 当然ゾロは、俺は動物か、と突っ込むより先に、問答無用でその手を払いのけた。しかし、サンジは懲りずに頭へ手を乗せてくる。それをゾロは払う。乗せる、払う。逃げる、追いかける。 そんなことがしばらく続き、ゾロがその追いかけられるという生活に順応しだした頃、今度は頭を触っていたサンジの手が別の動きを見せ始めた。 寝てるゾロの頬や耳を引っ張ったり、後ろから背中の真ん中をつつーと指でなぞったり、脇腹をこちょがしたりし始めたのだ。あと上半身裸で鍛錬してる時、いきなり臍に指を入れて「スイッチオン」と訳のわからないことを言われたこともあった。 とにかく、サンジはゾロの身体のあちこちを触ろうとしてくる。 初めは何してんだコイツ、ぐらいだったゾロも、こう毎日毎日触られる、もとい触ろうとしてくると、鬱陶しい事この上ない。 触る範囲が尻に限定されるようになってからは、余計に。 しかも、オプションだと言っては、たまにゾロの耳に息を吹きかけたりするのだから、性質が悪い。ケツを撫でる時や、すれ違う時にふーっとされると、意味もなく叫びたくなるのだ。 この間など、食事の給仕をしている時に誰も見ていないタイミングを計って、ゾロの耳に息を吹きかけてきた。おかげでゾロは、口に入っていた味噌汁を華麗にナミの顔へと吹きかけたりした。鼻にも味噌汁が入って、ゲホゲホ咽て。やっと落ち着いたと思ったら、目の前に髪から味噌汁が滴り落ちる鬼が―――。 その後、自分がどうなったかはもう覚えていない。 他にもまだある。 ゾロが風呂に入って時に「なんだ、入ってたのか」と白々しいことを言って、サンジが乱入してきたこともあった。 入ってたも何も、ゾロはドアに鍵をかけていた。その鍵をご丁寧にも壊して入ってきたのだ。挙句、服を脱いで 「背中、流してやろうか?」 なんてことを言う始末。 とりあえずゾロは、その場で洗面器に汲んでいた水をサンジへ思いっきりかけた。 そして後は、いつも通り。サンジの蹴りが蛇口を破壊し、ゾロが体当たりでドアを完全に破壊し、ナミに怒られウソップを泣かせる。もう散々だった。 とにかく、あの日以来、ろくなことがない。 一日、最低でも一回ケツを撫でられ、味噌汁を噴出し、ゆっくりと風呂に入ることもできない。しかもそんな疲れた日に限って、見張りの当番ときてる。 ゾロは疲れた身体、主に心労を引きずって見張り台へと続くロープに手をかけた。ハァ……と溜息一つ零す。最近、自分は溜息ばかりついている気がする。 その時、ぎーっとドアが開く音がした。 振り向けば、明かりの漏れたラウンジから見慣れた黄色い頭がヒョッコリと現れた。 2005/01/05掲載 |contents|back|next| |