SHL後の五分休みでBASARAキャラまじりのクラスに慣れるミッション。難易度はイージー、のはず。
「おはよー」
三年二組。クラスは変わってないし、佐助君も一緒だから先に入ってもらった。後に続いて小声でおはよ、と言いながらいつもの自分の席へ向かおうとしたのに。
「朝から仲がいいことだなァ」
背後から突然男の声が降ってきて飛び上がった。
「ぎゃぁあ!」
「ちょっ! ちゃん何!?」
とっさに佐助君を盾にして声の主に向き直る。ビックリした時って何しでかすかわからないよね。
「Ha! そんなに驚くことねェだろ……」
「なんだ竜の旦那じゃん。隣のクラスが何の用?」
呆れたような佐助君の背後からちょこっと顔を出すといました、奥州筆頭伊達政宗。トレードマークの三日月がないとものすっごく目つきの悪いニーチャンで笑える。眼帯は刀の鍔? だっけ、そのままなのがシュール。
「古語辞典忘れたから借りに来た」
「またー? ていうか、机の上のバリケードの中にないの?」
「No. あれは全部俺の愛書だ。読むか、久作」
ニタリと笑った伊達君は刀を片手で三本持つように文庫本を三冊出してみせた。
「読まないよそんなシュミ悪いの……。仕方ないな、二限は俺らも古典だから食堂の味噌ラーメン大盛りで手を打ってもいいけど」
「雷切で壁ぶち破って追いかけられたくねェしな……。OK.」
「交渉成立! んじゃまた後で」
会話が終わったと油断していたら伊達君とバッチリ目が合った。三白眼怖い。
「、今日はやけに静かじゃねェか」
「ヒィッ!」
「なんか調子悪いみたいだから」
全身に鳥肌。色気のある声だと思うけどそれ以上に外見がアレすぎる。設定年齢19でもウソくさいのに高校生なのが違和感バリバリ。さりげなく庇ってくれる佐助君GJ。そのまま古語辞典で肩を叩きながら隣のクラスに入っていった伊達君を見送って、佐助君にこっそりたずねた。
「今の伊達政宗であってるよね? つか高校生?」
「だいたいのキャラが学生。後は教師とか、とにかく学校関係。覚悟決めといた方がいいよ」
「いきなり『ねーよ!』な展開でどうしようかと思った……。気合い入れ直さないと」
「アハー。とりあえず席着こうか。先生来たし」
廊下の天井に頭がつきそうな男がのっしのっしと歩いてくる。早速今入れ直した気合いが口から大量にもれていった。
「と、豊臣秀吉……!」
「今日の一限なんだったか覚えてる?」
「選択社会の地理……」
訂正。難易度はベリーハードでした。
豊臣先生はどんな授業をするのかと思ったけど、やたらと日本の富国強兵を主張する部分を除いては、いたって普通の授業でした。むしろ積極的にわかりやすく説明してくれたり質問に答えたり、教えるのがうまい。これは少し竹中半兵衛の気持ちがわかる気がした。少しだけ。
一限目はあっという間に終わって、休憩時間になった。佐助君が入口の方で伊達君と言い合いをしてからこっちへ来た。
「どんな感じ?」
「んー、まあまあ。思ってたより普通?」
「ま、俺達は現代一般社会に適応するようにリデザイニングされてるからねー」
ケロリと言ってのけるけど、それって結構重要なんじゃ……。例えば織田信長の天下布武や豊臣秀吉の富国強兵や、ザビーの愛ミナギルもすっぽり抜け落ちてしまって、アクもクセもないキャラになり下がってる!? なんたって、ザビーはいいザビーらしいし。
「だーいじょうぶ、リミッターが設定されてるだけで他はゲームどおりな感じだから」
「ならいいや」
「軽ッ!」
そこが重要なんだって! キャラ設定無視したり崩壊してたら一気にげんなりする人だからさ、私。
「そういえば佐助君は幸村君の傍にいなくていいわけ?」
「あのねー、旦那はあれでも高二なんだよ。一般常識は弁えてるし、どっちかっていうと頭はいい方だし」
二人はいつでも一緒でおバカな幸村君、は二次のイメージだったみたい。ゴメーンと思ってもないような声で謝ったところでチャイムが鳴る。佐助君が席に戻る前に耳打ちしてきた。
「次の古典の立花宗茂は3からのキャラだからちゃんは知らないと思うけど、マトモな部類。あ、一人ツイッターしてるけど気にしなくていいよ」
一人ツイッターってなんだ。こっちを振り返ってニヤ、と笑う佐助君にハメられた。体格のいい、渋いおっさんが古典の教科書を持って教室に入ってくる。
(あ、帰ったら布団取り込まんと……)
「!?」
なんだ今の! 心の声みたいなのが聞こえたけど!
「はい、今日から浄瑠璃に入ります。有名な近松門左衛門の作から。ページは……」
教壇に立ったおっさん(立花先生?)の声とさっきの呟き声が一緒だった。
授業終了と同時に机に突っ伏してひたすら笑いをこらえる。一人ツイッターってそういうことか……! 淡々と授業を進める途中で時々奥さんのグチや家庭の不満を呟くのがなぜか丸聞こえという、サトラレそのまんまな人だった。全員聞こえてるみたいで、呟くたびに誰かが肩を震わせたりプスーと吹き出しかけたりしてた。
「な? マトモだったろ?」
楽しげな声が頭の上からして、がばっと起き上がった。涙目になってなくてよかったとちょっとだけ思う。
「ぜんっぜん! サイコーなんですけど!」
「立花センセはあれでも古典の教養は学校随一だし!」
「そういう意味じゃないけどね!」
「アハー! で、次は選択理科なんだけど、残念ながら俺様一緒じゃないんだよねー」
「マジ? え、じゃ、どうしろと……?」
真っ青になった私に、佐助君はニコニコ笑うだけ。
「俺様は大将の物理。他には長曾我部と毛利の旦那がいる。地学が浅井と伊達、風魔。生物にかすがと風来坊。ちゃんは化学だから雑賀孫市が一緒。っても3やってないから知らないよねぇ……。でも、教室行ったら多分向こうが呼んでくれると思うよ」
雑賀孫市。無双にはいたけどBASARAにはいなかった。気が重い……。教科書と資料集、ノートと筆記用具をまとめて席を立つ。物理教室へ行く佐助君と別れて、化学教室の前に佇む。いつもの知った顔がいればいいけど……。
「。入らないのか」
「入りまぁす……」
「元気がないな」
「まーね、こんなことになったら誰でも元気なくなるよね……」
「からすめ。悩むくらいなら話して楽になれ」
ポカリと軽めに頭を叩かれてようやく話していた人の顔を見た。小難しそうに眉を寄せたスタイリストも驚きのゆるふわヘアの……い、イケメン……に胸がある……だと!?
「……何を黙っている」
「あ、スイマセン」
イケメン(の女の子)はますます難しそうな顔をする。先に教室に入ると私を見て早く来い、と言った。もしかして、このイケメン(の女の子。大事なことなので二回言いました)が雑賀孫市?
「雑賀さん、少し手伝ってくれるかしら」
準備室から顔を覗かせたのは濃姫。え、意外。化学教師なんだ。無言でうなづいた雑賀孫市は準備室に入っていって、このままつったってても始まらないのでとりあえず孫市さんの隣に座ってみた。他のメンバーは変わらない。おしゃべりをしているうちにチャイムが鳴って、孫市さんも隣に戻ってきた。
「それで、悩みはなんだ」
授業の合間にトントン、と机を叩く音に隣を見たら、ノートの隅にそう書かれていた。孫市さんイケメン……! と感動しながら同じように自分のノートの端っこに書いて答える。
「特に悩みってわけじゃなくて。いろいろあんのよ、青春だもの」
フフ、と抑えて笑う孫市さんはこれだけ書いて授業に集中しはじめた。
「ならばいい」
ちょうど、爆発物になる恐れのある化合物の説明に入ったのは偶然だと思いたい。お濃先生も心なしかウキウキと話をしてる。なんかヒヤッとした気分になりつつ授業を終えて、三年の教室がある棟に帰る。
「あー! やっと昼休み! つっかれたー!」
ぐうっと伸びをして解放感に浸っているところに、からすめ、とのお声。
「油断していると昼休みが一番疲れるぞ」
「どういう意味デスカ……」
「そのままの意味だ。いつもどおり食堂で」
五組の教室に入った孫市さんの言葉に、猛ダッシュで教室に戻ると佐助君を探す。男子と話していたけど気にしない。
「孫市さんイケメン!」
「あーはいはいよかったねー。んじゃ、お昼食べに行きますか」
立ち上がった佐助に複雑気味な男子の視線。
「また騒ぎ起こすなよ?」
「個性溢れすぎなメンツしかいないしな……」
「ってか、類友だろ」
さっきの孫市さんの発言といい、とてつもなく嫌な予感しかしない。そっと消えようとしたけどアハーと笑う佐助君にガッチリと腕を掴まれてました。抜かりねえ……!
お弁当を持って食堂へ行くと、なんということでしょう、いつもの倍は戦場でした。属性攻撃が飛び交う購買、はじき返しを決してミスしない購買の中の人。電子レンジから強力な静電気のようなものを発生させて怒られる人。厨房の中では炎が噴き上がってますけどスプリンクラー作動しないの? なにこれこわい。
「これがこの世界の日常……ゴクリ……」
「はいはい、もういい加減慣れてくんないと。二階のいつもの席にいるっぽいよ」
ケータイを開いてスタスタ歩く佐助君についていきながら、そういえばと思ってケータイを引っ張り出す。アドレス登録、0件。なんてこったい!
「佐助君! 私のアドレスデータ飛んでる!」
「あ、昨日事故って消えちゃったってことにしといて」
「そんなぁ……」
ガックリきた私に諭すように佐助君が小声で言う。
「BASARAキャラ達の真ん中にいるのに、他のクラスメイトのは知ってて身近な人のアドレス知りませんでした、って言えないだろ? そういう設定なんだよ」
「設定、かぁ……」
「そ、設定。破綻なく世界を維持するための」
「私のためじゃないんだ」
返事はなかった。見上げた佐助君は苦笑いをしてる。私が世界の中心だなんて、妄想もいいところの勘違いをしてたらしい。そりゃそうだよね。
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2010/10/12
2010/10/14 訂正
よしわたり