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さて、そろそろお腹も空いてきたので、クローゼットや洋服ダンスの中身を確認したスピカはアルビレオに案内された大食堂の方に向かうことにした。
このお城の食事システムは朝食と昼食は部屋に運ばれてくるのだが、夕食だけは毎日バイキング形式ということで大食堂で食べる決まりになっているらしい。色んな人が一気に集まる憩いの場になっているということで、スピカは少し楽しみにしていた。
部屋を出たスピカは大食堂へ向かって歩き出した。スピカは少し方向音痴なのだが地下1階には大食堂しかないのでそのことで悩む必要はなかった。因みにスピカの部屋は3階にある。
順調に階段を下りてスピカは問題なく大食堂にたどり着いた。もう既に地下1階に続く階段を下りていた時からたくさんの人々が話している声が聞こえていて、本当ににぎやかだった。
そしてその聞こえていた声の通り、たくさんの人がそこにいた。スピカは誰か・・アルビレオあたりをつかまえられないものかと探してみたりもしたのだが、こんなにたくさんの人がいるとさすがに分かりづらい。
鎧兜に身を包んだ兵士や騎士、エプロンをつけているメイド、大食堂のシェフ・・・・・本当にたくさんの人で一杯だ。そしてこのお城にはこんなにたくさんの人が住んでいるのだなぁ〜とスピカは少し驚いてしまっていた。
トレイはどこからでも自由に持ち出せるし、座る席も自由。もちろんとっていい食材も自由のままだ。パンを始め、野菜の炒め物からお肉、お菓子まで幅広くあった。
スピカはとりあえずパンを取り、野菜のサラダをとったりした。その間にキョロキョロとアルビレオを探してみたりしたが、やはりこの多い人の中でもあるため、彼女の姿は見当たらない。
食べたいものだけ取ったスピカは、空いている目立たない席の方に座ることにした。大食堂のメインから大分奥の方だが仕方がない。アルビレオも見当たらないし、1人で食べることにした。
パンをちぎり、バターをぬっていただく。パン自体は悪くなかったし、バターもおいしかった。
そうしてスピカがまだ慣れないお城で初めての夕食をドキドキしながら食べている時だった。
「あぁ〜っ!!あなたね!!あたしのライバルは!!」
「えっ!?」
見てみれば、見知らぬ女性が真正面に立って怒りの表情でスピカを見ているではないか。その手にはしっかり食べ物がたくさん入っているトレイを持っていた。
「ちょーどイイわ!この席空いてるからお邪魔させてもらうけど。あなたがスピカね!?」
とこの女性はそう言ってスピカの向かい側にドカッと座り込み、トレイもドカッ!と置く。
「あ、は、はい・・・・」
スピカは返事をしたが・・・・・明らかにこんな女性をスピカは知らなかった。
桃色の長い髪・・・・ストレートなのだが、毛先がクルッとカールを巻いている。少し目がつりあがっているがその瞳は大きく、紅く輝いていて美人な女性である。
スピカと歳は同じか少し上位だろうか。着ている服は妙に露出度が高く、胸元がガッパリ開いていて谷間が鮮明にくっきりと浮かび上がっている。
「レグルスやアルビレオから聞いたんだけど・・・・あなた、昨日から入ってきた新米奴隷娼婦らしいわね?」
「えっ!?あ、はい、そうです・・・・・」
「・・それに聞いたんだけど・・・・あなた、最初っから最後まで手とり足とりアトラス様に教わったんですって〜!?どーゆーコトよそれ!!」
「えっ!?」
「・・・あ、あたしはプレアデス。あたしはあなたの先輩よ。アトラス様ルートでここにいる奴隷娼婦はあなたとあたしだけ。」
「!!!そうなんですか!?は、初めまして!プレアデス様。スピカと申します!本当に、まだ未熟者ですが・・・よろしくお願い致します。」
と言ってスピカは、食べることも忘れてプレアデスと名乗ったこの女性にお辞儀をした。
「それは分かったけど・・それよりよ!!アトラス様が直々ってどーゆーコト!?珍しいんじゃない!?あのお方が最初から奴隷娼婦を育てようとするなんて・・・・」
「あ、は、はぁ・・・・そう、みたいですね・・・・」
「そうみたいですねって・・・あなたそれだけ!?」
「あ、その・・・・アトラス様に深く介入することは・・許されなくて・・・・」
「・・んまぁ、それは確かにそうだけれど・・・・でも不思議ね〜。ってそれはまだイイとして・・ちょっとあなた!!!あたしのレグルスに手出しするなんて、絶対許さないんだから!!」
「えっ?」
「あたしも、あなたと同じ・・アトラス様ルートでレグルスに買われてここに来た身よ。その時からずっと、レグルスはあたしに優しくしてくれてるわ・・・・あたしとレグルスは固い絆で結ばれているの。だから・・あなたに手出しなんてさせない!!昨日はたまたまレグルスと一夜を過ごしたみたいだけど・・・・レグルスはあたしのものよ!?たとえあなたの元に来たとしても、それは所詮義理立てってコトを忘れないでね!?」
「あ、は、はぁ・・・分かりました・・・・」
「・・・・・・あなたって・・・・スゴ〜くあっさりしてるのね・・・・バッカみたい。拍子抜けしちゃったわ〜。」
それまでズビシィッ!とスピカに指を突きつけて喋っていたプレアデスだったが、急に力が抜けたようでだらしなくその腕を下ろす。
「あ、は、はぁ・・す、すみません・・・・」
「・・んまぁ別にいいけど?あたしのレグルスに余計なことさえしないでくれれば。でも・・それにしては、今日のレグルスがやけにご機嫌だったから・・・聞いてみたら、あなたのことを話し出して・・・・しかもあたしの前だってのにノロけ出すのよ!?だからこーして宣言しに来たってゆーのに・・・・あなたはレグルスのこと、何とも思ってないワケ〜?」
とプレアデスに複雑な表情をされてしまい、スピカは少し困ってしまった。
「あ、あの・・・私とレグルスさんは昨日お会いしたばかりですし・・・・それに、これはお仕事ですから・・・・私は、別に・・何とも・・・・」
「ホントに〜!?あぁ〜っ!!それ聞いてスッキリしたわ〜!!あなたって意外にイイ人ね。良かったわ〜、もっと性格悪い女だったらどうしようかと思ってたけど・・・・あなたって素直そうね。」
と、プレアデスが初めて笑顔でそう言ってくれたのでスピカも何か嬉しくなってしまった。
しかも先輩とくれば尚更尊敬の眼差しで見なければならないのは当然のことだった。アトラスのことも知っているし、またアルビレオ同様信頼出来そうな人が増えた気分だ。
「あ、は、はい。ありがとうございます。」
「おやおや、何だか和んでしまっているけど・・・・私の感情は無視かい?」
と、いきなりスピカの背後で聞き覚えのある声がしたので、まさかと思って振り返ってみたら・・・・・そこにいたのはそう、紛れもないレグルスその人であった。
スピカの驚きぶりはもちろん尋常ではなかった。プレアデスと話していたせいもあるが、それまで背後に気配を全く感じていなかったからだ。
「レグルスーーー!!!嬉しい〜!!あたしに会いに来てくれたの〜!?」
一方のプレアデスは一気にハイテンションになり、立ち上がってレグルスに抱き着いた。レグルスは片手でトレイを持ちながら、片手でプレアデスを抱き締めた。
「フフッ、まぁ、そんな所だよ。おまえたちの姿が見えたから・・ね。フフッ。同じ境遇のおまえ達だから、分かり合える部分も多いだろうね。」
「ウフフッ!そうねレグルス。でもあたしは・・・あなたがこうしていてくれれば、それで十分よ・・・・」
「フフッ。嬉しいことを言ってくれるね、プレア。それじゃあご褒美だよ。」
とレグルスは言ってプレアデスの唇に口付けた。プレアデスもすぐにそれに答え、角度を変えてレグルスに改めて抱き着く。レグルスは瞳を閉じたまま持っていたトレイを空いていたスピカの隣の席のテーブルに置き、プレアデスとディープキスを交わしている。
スピカはいきなり目の前でこの2人のラブラブぶりを見せつけられてちょっと驚いてしまっていた。ここは大食堂であって、このようなことをする場所ではない気もしたが・・・・スピカは突っ込むことも邪魔することもしなかった。
ただちょっと心の中でショックを受けていた。レグルスは昨日確かに「愛しているよ。」と言ってくれたし、今日もそうだったのに・・・・・やはりあの言葉は偽りなのだろう。冷静に考えてみたってそうだ。昨日初めて出会ったばかりの人間をそう簡単に好きになる筈なんかないのだ。何となく期待してしまった自分がバカらしくなってしまった。
スピカは気を取り直して再び食事を摂ることにした。パンを一口二口食べた所でプレアデスが元の席に戻ってきた。と同時にレグルスがスピカの隣にそのまま座った。
「ズルいわね〜。ねぇスピカ?あたしと場所変わらな〜い?」
そう、スピカの隣が丁度良く空いていたのでレグルスはそこに座ったワケだが、実はプレアデスの隣には既に別の人が座っていたのだ。その人にどけてもらうことも出来ないし・・・・それでプレアデスはスピカに頼んだのだろう。
「あ、はい。いいですよ、プレアデス様。」
そうしてスピカは立ち上がろうとしてプレアデスも立ち上がろうとしたのだが、それを阻止したのがレグルスだった。レグルスがスピカの右腕を掴んだのだ。
「・・スピカ。ちょっとひどくないかい?私にそんな冷たい態度を取るなんて・・・・」
「えっ!?あ、あの・・・・」
「昨夜熱く愛し合ったことを・・忘れたとは言わせないよ・・・・?」
「!あ、あの・・・そ、そんなことより・・プレアデス様が・・・・!」
「スピカ・・私の言うこととやることには逆らわないで欲しいな・・・・メンツが立たないからね。そういう訳で・・悪いねプレア。今は、スピカの隣にいたいんだよ。」
とレグルスに言われてしまってはプレアデスも逆らえない。
「あ、あなたがそう言うなら・・仕方ないわ。我慢するわ・・・」
「フフッ・・悪いねプレア。でも・・今日の夜はおまえと一緒に過ごしたかったんだよ、プレア。だから・・・埋め合わせはまた後で、ね・・・」
「えっ!?ほんとレグルス!!そーゆーコトなら分かったわ!ウフフフッ!」
プレアデスは顔を赤くして満面笑顔である。そんなプレアデスを見てスピカは、本当にプレアデスはレグルスのことが好きなのだなぁ、と感じていた。ただほんの少しだけ、レグルスに自分が選ばれなかったのが寂しいような気もした。だが仕方のないことだ。レグルスにはそれ以外の男の相手もしろと言われてしまったのだし・・・・
スピカは一見すれば何食わぬ顔で普通に食事を摂っていたのだが・・・・ふとレグルスがスピカの腰に手を回してきたのでスピカは驚いてしまった。
「!」
スピカが驚いて声を出そうとした瞬間にレグルスがウインクしてきた。どうやらスピカに声を出されたくないらしい。プレアデスにこのことを気付かれたくないようだ。
テーブルの高さはスピカの胸元とお腹の中間位の位置にある。だからレグルスがスピカの腰に手を回していることは、スピカが声を出さない限りプレアデスに気付かれないのだ。
スピカはどうしようか困ってしまったが、先ほどレグルスは「私に逆らわないで欲しい」と言っていたので・・逆らってはいけない気がしてしまった。だからプレアデスに悪いと思いながらそのまま平然とした顔をして食事を摂らなければならなかった。だが心のどこかで何となくプレアデスに勝てたという、少し嬉しい気持ちもあったりした。
どうやらプレアデスはこのお城では売れっ子らしい。こうして食事をしている間にもたくさんの男性に声をかけられていた。それら全ての男性がプレアデスと一夜を共にしたことのある男性なのであろう。プレアデスがそうして他の男と話してこちらを見ていない隙にレグルスがスピカに顔を近づけて、耳元で囁いた。
「可愛いスピカ・・・つれないんだね、おまえは・・・」
「!えっと・・・」
「シーッ。プレアに気付かれてはいけないよ?」
「・・レ、レグルスさん・・・・?」
スピカも小声で応じる。
「・・本当は私はおまえと過ごしたかったんだけど・・・・おまえの元には今日、ラグリア様が行くよ。」
「!!えっ・・・!?」
「だから、心しておくようにね。」
と言ってレグルスはすぐにスピカから顔を離した。プレアデスと他の男性が話している具合も見極めながらレグルスはスピカに話しかけていたみたいだ。
プレアデスはレグルスを見るなり笑顔で話しかけ、レグルスも普通にそれに応対しているが・・・・スピカは思いもかけないことを言われてしまったので驚くばかりだった。
レグルスの時は何となく買ってくれた人だったしその前にお喋りをしていたからまだ良かったのだが・・・・いきなり今日会ったばかりの国王・ラグリアが来るとなると緊張である。
緊張のあまり、後半スピカは食事も満足に喉を通らなかったのだった・・・・・・・・・・・・・
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