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結局スピカは娼婦として生きることにした。

このまま娼婦をやめてレグルスだけに尽くすことも出来たのだが・・・・元々スピカは娼婦としてこの王国にアトラスと共に来たのである。その中には、スピカの今の人生を切り開いてくれたアトラスへの感謝の気持ちが密かに込められていた。
今のスピカに出来ること。それはレグルスの傍にいて、少しでも彼の為に頑張ることなのだが・・・・そのレグルスが「娼婦としていてくれても構わない」と言ってくれたのだ。それはスピカの人生の経緯を考えてくれたレグルスならではの優しい言葉だった。

レグルスとしてはスピカが娼婦のままいることを望む筈がなかった。娼婦なんて今すぐやめて、ずっと自分の傍にいて欲しかった。
しかしスピカをこの王国の娼婦として買ったのは他ならぬレグルス自身であるし、アトラスのことを敬愛しているレグルスとしても・・・スピカが今のまま娼婦でいることが、一番良いのではないかと思ったのだ。

スピカとレグルスの本当の仲を知っている人物は極わずかしかいない。娼婦に特定の恋人がいることは明らかにマイナスイメージである。だからそのことを隠して2人は毎日を過ごしていた・・・・そして今日は、スピカとレグルスが結ばれたあの日から1週間後のことだった。珍しくプレアデスの方からスピカをお茶に誘ってくれたのである。

スピカはプレアデスと会うことが何より心苦しかった。あんなにレグルスに想いを寄せているのに・・・・結局自分もレグルスのことを好きになってしまって、結ばれてしまった・・・・・「プレアデスとレグルスの仲を応援する。」と言ったのに、全く逆のことをしてしまった自分をスピカは本当に恨めしく思っていた。

レグルスとのことはもちろんプレアデスには内緒にしたままである。だからプレアデスのこの誘いを変に拒絶して勘繰られるのもまずい気がした。プレアデスはスピカより上をいく先輩娼婦なのだ・・そのようなことに関しては明らかに鋭いであろう。だからスピカはどんなに苦しくてもOKの返事を出すしかなかったのである。

「ほら、見てごらんなさいスピカ!!今日はとってもイイ紅茶葉が手に入ったのよ!!だから、あなたに飲ませたいと思って。あなた、ミルクティー好きよね?」
「あ・・は、はい・・・・」
「ウフフッ!!だから、あたしが淹れてあげるわ。きっとこの紅茶葉にミルク入れると、おいしさが引き立つと思うのよ〜!!」

そうしてプレアデスは何も知らずに、スピカに笑顔でそう言ってミルクティーを淹れてくれた。

スピカは罪の意識に苛まれてしまっていた。プレアデスにとても悪いことをしてしまって・・・このままいることがとてもつらかった。だが今は隠さなければならない。それを悟られてはいけないのだ。

程なくして、プレアデスはミルクティーを淹れてスピカに持ってきてくれた。ほのかな甘い香りがスピカの鼻腔をくすぐる。

「あっ・・ありがとうございます。」
「ウフフッ。飲んでみなさいよ!きっとおいしい筈よ?」

プレアデスにそう言われ、スピカは一口そのミルクティーをいただいた。

「・・確かに、おいしいです・・・・甘いんですけれど・・クセがなくて、本当においしいです。」
「そうでしょう?あなたを呼んで正解だったわね!紅茶といえば、あなたって感じだものね!」
「あっ・・は、はい。ありがとうございます。」

プレアデスを欺かなければならないのは本当につらいことであったが・・プレアデスの笑顔がまぶしくて、スピカも何とか笑顔を浮かべてみせた。

「ところで・・例のエメ祭、もう少しよね〜!!ねぇ、あなたはもう一緒に過ごすパートナー決めたの?」
「?エメ祭って・・何ですか?」

スピカの頭の中でグルグルと「?」が動き回る。プレアデスは驚いて目を見開いていた。

「あなた、エメ祭知らないの!?」
「あ・・はい。今始めて聞きました・・・・」
「ちょっと・・本気!?それ・・ウッソ〜!!・・・何か一気に頭痛がしてきたわ・・・・」
「えぇっ!?あの・・大丈夫、ですか!?」
「ん〜、まぁ何とかね。ってゆーか・・本気であなたエメ祭知らないの?」
「はい・・・・どんなことをするお祭なんですか?」

スピカはきょとんとした顔で尋ねた。本当に「エメ祭」の「エ」の字さえ聞いたことがない。

「・・この国の5代目の王様と王妃様は、幾多の苦難を乗り越えて結ばれたカップルだったんですって。具体的にどんな風にカップルになったかは私もよく知らないけれど・・・・その人達を記念する日。そして、自分の一番大切な人と過ごす日になってるわ。」
「あ・・そうなんですか〜・・・・」
「その日に男性は、愛する女性に指輪をあげるのよ。ウフフッ・・そして女性は頭にリボンを結ぶの。」
「リボン・・ですか?」
「そうよ!!つまり、自分自身を一番愛する人にプレゼントするってコトね。そのリボンを男性が解いて・・指輪を女性が身に付ける。で・・更にその日契りを結んだカップルは、永遠の幸せが約束されると言われているわ。ああぁ〜っ!!憧れちゃうわよね〜!!あたしもあなたも、いっつも気のない男達ばっかり相手にしてるから、たまには本命の人とそんな風に過ごしてみたいわよね!」
「!あ・・は、はい・・・・・」

プレアデスの言う「本命の人」とは間違いなくレグルスことを指すのであろう。しかしスピカはそんな話を今まで誰からも聞いたことがなかった。もちろん愛するレグルスからもである。
まさか・・レグルスは既に過ごす相手が決まっているのだろうか?そして自分に何も話さないということは、他の人と過ごす・・ということなのだろうか?まさかすぐ目の前にいるプレアデスだったりするのだろうか・・・・?スピカは試しにと聞いてみることにした。

「その・・・プレアデス様は、その日はレグルスさんと過ごされるんですか?」
「それなんだけど!!!レグルスったらひどいのよ〜!?あたし、半年前にレグルスにそのこと頼んだら・・「もうその日過ごす相手の女性は決めてしまっているんだよ。」って余裕で交わされたのよ!?信じらんないでしょ〜!?・・一体誰と過ごすつもりなのかしら?レグルス・・・・」

と、プレアデスは複雑な顔をしてスピカにそう言った。それを聞いてスピカも驚くばかりだった。

「さ、さぁ・・どなたなのでしょうね・・・・?」

半年前にそんなことを言っているということは・・レグルスには、その時より前に心に決めた相手がいるということになる。自分の知らない人・・・・誰なのだろうか?

アルビレオの話によれば、今までのレグルスの本命は4年前この王国の占い師をしていたフローラただ1人だと言っていた。しかもそのフローラは自ら命を絶ってしまって、今この世にいる人物ではない。

ふとスピカは、レグルスが「愛している」と言ってくれていることが本当なのか疑問に思ってしまった。いくらお祭だとは言え、プレアデスの話を聞く限りでは真に愛する人と共に過ごす祭であるらしいから・・・・一体誰なのだろうか?レグルスにはフローラ亡き後、スピカ以上に愛する女性がいるということになる。

そう考えれば、レグルスがスピカにこの祭の話をしないのも合点がいく。それと同時に、一気にレグルスに裏切られた気がしてしまってならなかった。あの夜・・レグルスの恋人になった日のことが急に走馬灯のように駆け抜けて行って・・・・あの時愛し合ったレグルスは、本気ではなかったのだろうか?スピカは、レグルスがあの時本当に自分を愛してくれているのだと思っていた。だが、それは違っていたということになる。

スピカは急に悲しくなってしまった。やはりレグルスとは身分も格も違うし、たかがスピカは奴隷娼婦だ。しかし偽善の愛でも、スピカはそれで嬉しかった。レグルスのことが本当に好きだから・・・・・・

「?・・スピカ、どうしたの?急に泣きそうな顔して・・・ほら、ハンカチ。」
「あ・・プレアデス、様・・・・・す、すみません・・・・!」

本当にスピカは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。そしてプレアデスの優しさに触れた時、それは切って落とされて・・・・スピカはプレアデスのハンカチを借りて、出来るだけ嗚咽を漏らさないように泣いた。

「・・・もしかしたら・・あなたも本命にフラれたクチ?」
「!・・・そう、ですね・・・・」

しかも同じレグルスに、だ。だがさすがにそんなことは言えなくて、スピカはそれ以上は何も言わずに涙を拭いた。

「ウフフッ、お互い様ね!で〜も、このままじゃ悔しいからね。あたしは適当に男つかまえるつもりだけど。あなたもそれ位はしなさいよ?」
「!・・・は、はい・・・・!」
「ん、そーよね!!こーゆー時こそ、あたし達娼婦の腕の見せ所よね!!レグルスってば〜・・・・あたしと一緒に過ごさなかったコト、絶対に後悔させてあげるんだから!!」

そうしてプレアデスは燃えていたが・・・・スピカは燃えるどころか、寂しい気持ちばかりが広がっていってしまった。レグルスに裏切られたのはもちろんであったし、それこそレグルス以外に過ごす他の男性のアテなどない。ラグリアやマクリスなんかも既に心に決めた相手がいるだろうから・・・・スピカはその日1人で過ごすことを密かに決意した。だがその前に疑問に思うことが1つあった。

「あの・・プレアデス様。つかぬことをお聞きしますけれど・・・・そのエメ祭というのは・・いつなんですか?」
「えっ?だから・・後丁度1週間後よ?あ、リボンが欲しいのならアルビレオに言えばいいわ。あの人、そーゆーコトに関してはプロなんだから♪きちんと頭に可愛く結んでくれると思うわよ!」
「え・・っ・・・?あ・・は、はい・・・・・」

そんなことを言われてしまっても、スピカの中では、その日1人で過ごすことを決めてしまったから・・・・今のスピカにとっては、その日過ごすであろうたくさんの恋人達が幸せになってくれることを望むばかりだった・・・・・・・・・・・・・


  

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