5
翌日の午後。スピカの家に来客が訪れた。コンコンと家のドアをノックしてこの来客は口を開いた。
「もしもし?ヤッホー、スピカちゅわ〜ん!」
「!アルビレオさん!?」
カチャッとスピカは家のドアを開けた。そう、来客とはこのアルビレオという女性のことであった。
金色の背中半分ほどの髪をそのまま下ろした、空のような水色の瞳をしている少し勝気な大人の女性である。そして彼女こそが、スピカの数少ない理解者であった。
スピカが普通の人間ではないことを知っていながら、常に協力的でパンや卵を分けてくれるのだ。
「ンフフフ〜ッ、スピカちゃ〜ん。ちゃ〜んとお食事してる〜?森の木の実だけでよく毎日足りてるわね〜。これ、一週間分のパンね!」
「うわあ〜っ。いつもありがとうございます!アルビレオさん!」
「ンフフフ〜、な〜にな〜に。こっちこそありがと!この間も貴重な木の実もらっちゃったし・・・おかげであたしも健康街道まっしぐらだわ〜。」
「ウフフフッ、そんな・・・・」
そうしてスピカはアルビレオの為に紅茶を持ってきた。アルビレオはいつもの定位置に座り込みながら「ありがと!」と言ってスピカから紅茶を受け取り、早速飲んだ。スピカもアルビレオの隣の椅子に座って、ゆっくりと紅茶を飲む。
「ところで!この赤い薔薇何〜?随分奇麗じゃな〜い。スピカちゃんが植物摘み取ってくるなんて珍しいコトもあるのね〜。」
「あっ、いえ。それは・・・・いただいたものなんです・・・・」
「えっ?ウソ!?なになに?ってコトは、新たにスピカちゃんにお友達が出来たってコト!?そりゃビックリだわ〜!!」
今までスピカの世話をしていたのは自分だけだったし、スピカと仲が良さそうな人をそれまで見たことがなかった。アルビレオが驚くのも無理はない。
「あ、その・・はい。とっても素敵で、カッコ良くて、優しい方なんですよ。今度また、お会いする約束をしたんです。」
「へぇ〜・・・・ってちょっと待って。それってもしかしなくても男?」
「えっ?あ、はい・・そうです。レグルスさんという方で、本当に魅力的な方なんですよ〜。きっとアルビレオさんも一目惚れしちゃうと思います。」
とスピカは満面笑顔で言ったのだが・・・・アルビレオは「レグルス」という名前を聞いて一気に眉を吊り上がらせた。
「スピカちゃん・・・・そいつ、この辺ではちょっと名の知れた吸血鬼なんだけど・・・・スピカちゃん、知ってて仲良くなったの?」
「あ・・後から教えていただきました。」
「ちょ〜っと〜、スピカちゅわーーーーん!!!!」
突然アルビレオに大声で名前を呼ばれて、一気にムギュ〜ッとスピカは強く抱き締められてしまった。すぐにアルビレオはスピカから離れたが、一体どうしたというのだろうか?
「?・・アルビレオさん?」
「無事で良かったわね〜、スピカちゅわ〜ん!!!そいつと出会ったら、間違いなく死ぬって言われてるんだから・・・ホントに良かったわ〜!!スピカちゃんがこうして生きてて・・・・!!」
「ア、アルビレオさん、そんな・・・・レグルスさんはとっても良い方ですよ〜。死ぬだなんてそんな、縁起でもないです。」
「・・んでも、そいつに関してはイイ噂なんてこれっぽっちも聞いたコトないわよ?あたし。若い女の子ターゲットにして、血を吸うだけじゃなくて処女まで奪っちゃうって話じゃない。今までそいつの犠牲になった女の子は10000人以上って言われてて・・・・正に最低最悪なヤツなのよ?スピカちゃん襲われなかった!?血は吸われなかったの!?」
「で、ですからアルビレオさ〜ん、そんな・・・・レグルスさんはそこまで悪い方じゃなかったですよ〜。私のこと・・愛してるって言って下さいましたし・・・・」
とスピカは言いながら、ポッと顔を赤らめた。そんなスピカの反応は恋する女の子として非常に愛らしいといえばそうなのだが・・・・相手が極悪非道な吸血鬼ともなると話は別である。
「ちょ〜っとスピカちゅわ〜ん!!待った待った〜!!!そんな甘い言葉に乗せられちゃダメだって〜の!!それこそ相手の思うツボでしょーが!!」
「えっ?」
「スピカちゃんには疑心ってモノがないワケ〜?この世の中、スピカちゃんのよーな善人だけじゃないってのはスピカちゃん自身よく分かってるでしょが〜。」
「・・それは・・・はい・・・・」
自分が良かれと思ってやったことなのに、なぜか色んな人から虐げられて生きてきてしまったスピカだった。それはやはり、自分の出自が特殊なものだからと分かってはいたが・・・・それでも否定されることがつらくて。だからこうして人気のない森の方まで来てしまった。
結局森での生活は思ったより快適だったから今もこうして住んでいるが・・・・いずれここからもその内「出て行け!」なんて言われるかもしれないと思うと、スピカはそれだけで心が潰れそうだった。
「イイ?スピカちゅわ〜ん。レグルスってゆー吸血鬼は明らかに「悪」な人なの。それこそスピカちゃんが一番望む反応をしながら、機会を狙ってスピカちゃんを食べようとしてるのよ〜!?うぅ〜・・・・そりゃ〜今までスピカちゃんにレグルスの話をしなかったあたしの責任もあるけど・・・・スピカちゃん。こうなったらやっぱり前の村で生活した方がイイわ。皆からまた嫌な目に遭わされるかもしれないけど、死ぬよりマシな筈よ?だから・・・・」
「そっ、そんな!アルビレオさん!レグルスさんはそんな人じゃないですよ〜!」
「・・スピカちゃん。優しさにも限度ってモノがあるわよ?あの人は悪人なんだってば!!スピカちゃんは騙されてるのよ!?」
「そんなことないです!危ないから逃げた方が良いってレグルスさん自身が仰って下さいましたし・・・その、私を犠牲にしたくないとも仰って下さいました・・・・」
「・・・マジで?」
「はい・・・・ですから、私はレグルスさんを信じてます。真の悪人さんには見えませんでしたよ・・・・?レグルスさんの瞳はどこか冷たかったんですけれど、とても優しい瞳でした・・・・確かにアルビレオさんの言うように、悪いことも沢山なさっているのだと思いますけれど・・・・完全に悪にはなりきれない方だと思うんです・・・・その、うまく言えないんですけれど・・・・」
「スピカちゅわん・・・・・そっか・・・・分かった。スピカちゃんがそこまでゆーなら仕方ない。取り敢えず、スピカちゃんのゆーコトを信じるよ♪」
「・・アルビレオさん・・・・!」
アルビレオは親指をビッと立ててウインクしてみせた。
|