第6話

「本当ですか?そしたら、柏木さんのお勧めの場所にもご一緒させて下さいね?」

「了解。それじゃあ、日曜日の10時に、由依ちゃんの家まで車で迎えに行くよ。待っててね、姫君様。」

「えっ!?は、はい。でも柏木さん、私の家・・・」

「今朝由依ちゃんから聞いたから、おおよその場所は分かるよ。あの駅から歩いてすぐのアパートなんだろう?もし分からなかったら、由依ちゃんに電話すれば済む話だし。」

「あ・・はい。そうでした・・・私、うっかり忘れちゃってて・・・アハハハハ。」

そういえば、今朝巧斗に得意になって自分の家について話したなぁ、と思い出し、次いで先ほど携帯電話とメールアドレスの交換をしたことを、由依は今頃になって思い出した。

由依が忘れていたことを笑ってごまかすと、巧斗もまた笑顔を見せた。

「由依ちゃんは天然だよね。そんな所も、また可愛いよ。」

「ウッ。柏木さん、それって褒め言葉ですか?」

つい『天然』と言われるとバカにされたような気がする由依なのだが、巧斗に『可愛い』と言われると、つい嬉しくなってしまう。

由依が少しドキドキしながら巧斗を見つめると、巧斗もまた、困ったように微笑みながら由依を見つめた。

「参ったな・・・由依ちゃんにそんなに見つめられると、いじめたくなっちゃうね。」

「えぇっ!?か、柏木さん!?」

「フフッ、心配しないで。今はまだいじめないし、さっきのは褒め言葉だから・・・・・俺はね、由依ちゃんのような天然の子にはどうしても弱いんだ。」

余裕の笑顔でそう言う巧斗が、天然の子に弱いとはとても思えない。由依が少し首を傾げると、巧斗はすぐそれに気付いたようで話してくれた。

「頭で色々考えてくる女性なら、こっちもそれで対応出来るんだけど・・・天然の女性は、いつどんなことをするか分からないからね。さっきの由依ちゃんみたいに、『忘れちゃった』なんて言われると、少しショックだし。」

「ウッ。す、すみません・・・」

「いや、いいんだ。今度は由依ちゃんの印象に強く残るように努力しないと、ね。」

「ど、『努力』ですか!?」

由依が驚いてそう聞くと、巧斗は笑顔のままコクンと頷いた。

「そう。例えば、由依ちゃんにキスをする、とかね・・・」

「えぇっ!?かか、柏木さん!?そそっ、そんなこと・・・!」

「フフッ・・顔が真っ赤だね、由依ちゃん。そんな顔をされたら、俺がその気になっちゃうよ?」

「柏木さん・・・あの、えぇっ!?」

由依が驚いて顔を真っ赤にしていると、巧斗は手慣れた手付きで由依の腰と顎に手をかけてきた。

あっという間に由依は巧斗に腰を抱き締められ、顔を上げられて巧斗と見つめ合っている状態になっていた。このまま由依と巧斗の顔が近付けば・・・・

「・・由依ちゃんは、腰も細いんだね・・・このまま、もっと君を感じていたくなる・・・」

「え、えっと、柏木さん!?待って下さい!私、まだそんな・・・!」

「フフッ・・待ってて欲しい?このまま、ずっと?」

「キャアッ!かか、柏木さん!耳元で囁くのはなしって、言ったじゃないですか〜!」

「あぁ・・・ごめんね、忘れてたよ。」

「ウゥッ。か、柏木さん・・・ぜっったい、私で遊んでますよね!?」

仕返しとばかりの、巧斗の美声で『忘れてた』の一言。巧斗の余裕ある笑顔を見れば、本当は覚えていたであろうことは一目瞭然だ。

由依はすっかり、巧斗のすることに振り回されていた。だが、なぜだろう。それが嫌だと感じないのは・・・・巧斗の人柄だろうか?

「ごめん、ごめん。由依ちゃんが可愛いから。」

「そんなの理由になりません!と言うか、そんな言葉でごまかされません!」

「手厳しいね、由依ちゃん・・・でも、本当なんだよ。君はどんな顔をしても可愛いから、ついからかっちゃうんだ・・・・・でも、由依ちゃんの気を害したなら謝るよ。ごめんね・・・」

「柏木さん・・・・その、いいえ。私も、すみません・・・」

由依は、つい勢い余って巧斗を責めたことを後悔していた。巧斗が遊びで自分にこんなことをしているのはよく分かっていたのに、由依はつい本気になっていたから・・・・

今朝出会ったばかりとは言え、由依の中で、巧斗の存在は一気に大きくなっていたのだ。朝と昼に助けてもらったあげく、終業時間の今は電話番号とアドレス交換後にデートのお誘い、そして今はこうして抱き締めてくれている。もはや、由依は巧斗を意識せずにはいられなかった。

「・・どうして由依ちゃんが謝るの?」

「そっ、その。柏木さんは何も悪くないのに、強く当たってしまったので・・・」

「・・そんなことないよ。俺も、少し悪ふざけが過ぎたかもしれない・・・でもね、由依ちゃん。君にキスしたい気持ちは、本当なんだ。」

「えぇっ!?かか、柏木さん!?」

「フフッ・・でも、今はやめておくよ。デートの時の方がいいだろう?」

「か、柏木さん!?あの、そんな!キキ、キスって、好きな人とするものだと思うので、それは、ちょっと・・・」

「そうか・・・・由依ちゃんは純情だね。昔を思い出すよ。」

「柏木さん・・・」

笑顔でそう言う巧斗に、由依はついドキンとしてしまった。

つまり、巧斗が今のようになったのは、この会社に入ってからということになるのだろうか?それまでは、巧斗はこのような女遊びをしていなかったのだろうか?

「・・由依ちゃん。ひょっとしたら、俺は我慢出来ずに、君の手や頬にキスしてしまうかもしれない。でも、その時は許して欲しいんだ・・・・いい?」

「柏木さん・・・・はい、分かりました。でも、唇は・・・」

「それは、由依ちゃんの気が向いた時にでも、ね・・・本当は、今すぐにでも口付けたいけど・・・」

「!か、柏木さん!?」

再び巧斗に顔を上向かせられた由依の目の前には、笑顔の巧斗がいた。つい意識して巧斗の唇を見つめてしまう自分がバカらしいが、もしも巧斗にキスされたら、自分はどうなってしまうのだろう?

それまで面白いとばかりに笑顔を見せていた巧斗だったが、由依を見つめると、その表情は穏やかな微笑へと変わった。

「・・君がその気になるまで、俺は待つよ・・・でもね、由依ちゃん。俺はそんなに気が長い方じゃないんだ。だから、俺は君を振り向かせる為に最善を尽くすよ・・・覚悟しててね?由依ちゃん。」

「キャッ!か、柏木さん!そんな、また耳元で・・・」

「フフッ・・由依ちゃんは、耳元が弱いよね。ひょっとして、感じちゃう?」

巧斗は由依の耳元で囁きながら、指先で由依の耳朶にそっと触れた。それだけで由依はビクンと身震いして、思わず巧斗の手を握ってしまう。

「キャアッ!か、柏木さん、ダメです!・・って、あっ!か、柏木さんの手、握っちゃいました!ごめんなさい!!」

由依は慌ててパッと巧斗から手を離し、すぐに頭を下げて謝った。巧斗はそんな由依を見て驚いたものの、顔を上げた由依と目が合うと笑顔を見せた。

「フフッ、構わないよ。積極的な由依ちゃんは大歓迎だから。」

「せ、『積極的』って・・・」

「・・俺の手を握りたいなら、そう言ってくれていいのに。いきなりだったから少し驚いたけど、意外と由依ちゃんはワイルドなの?」

「ちっ、違います〜!!これは、その!つい、事故のようなもので・・・!」

「アハハハハハハハハッ!!由依ちゃんは、本当に可愛いね。」

「えっ・・・・?」

朝と同様、由依は巧斗にお腹を抱えて大笑いされていた。

一体、何がそんなに受けたのか由依にはよく分からない。困りながら首を傾げて巧斗を見つめていると、巧斗が笑いを引っ込めて言った。

「・・降参だよ、由依ちゃん。俺は、君に勝てそうにない・・・」

「柏木さん・・・あの。そんな風に言われても、私、どうしたらいいのか・・・あっ。手のことは、本当にごめんなさい!」

「そんなに謝らないで。可愛い由依ちゃんに手を握ってもらえたんだから、俺としてはラッキーハプニングだよ。」

「か、柏木さん。でも・・・」

「元はと言えば、由依ちゃんの耳に触れた俺の責任だろう?ごめんね、由依ちゃん。」

「いえ。私の方こそ、すみません・・・」

再び由依が頭を下げて謝ると、その頭の上に温かい感触がした。柔らかいそれは、紛れもなく巧斗の手だ。

由依が驚くと同時に、胸の鼓動がドキドキと高鳴るのを感じていた。こんなに優しく、大きな温かい手を握ってしまったのだと思うと、余計にドキドキしてしまう。

由依が顔を上げて巧斗を見つめると、巧斗はその手を離さずに由依を見つめた。

「君は何も悪くないんだから、それ以上謝らないで・・・それより、長時間引き止めちゃってごめんね、由依ちゃん。日曜日にまた会おう。」

「えっ!?あの、今って・・・」

「18時半を過ぎたよ。君といると楽しくて、つい時間を忘れちゃうね。」

巧斗にそう言われて由依が腕時計を見てみれば、確かに時刻は18時半を過ぎており、もうすぐ35分になることを告げていた。

「はい・・・あの、柏木さんはお帰りにならないんですか?」

「そうしたい所なんだけど、今週はもう会社に来ないから、今日中に整理しておきたい雑務があってね・・・それじゃあ、お疲れ様、由依ちゃん。気を付けて帰るんだよ。日曜日はよろしく。」

「は、はい。ありがとうございます!柏木さん。お疲れ様でした!また、日曜日に!」

こうして、由依と巧斗は手を振り合って別れた。由依はエレベーターに乗ったのだが、巧斗は階段から営業本部へと戻ったようだ。

この時間帯は沢山の人がエレベーターを利用する為、利用の多い時間帯は、社内移動の際に階段で移動するように義務付けられている。由依はもう少し巧斗と一緒にいたかったが、こればかりは仕方ない。

「柏木さん、『今週はもう会社に来ないから、整理しておきたい雑務がある』って言ってたよね・・・仕事で出張なのかなぁ?とっても忙しそうなのに、私とデート・・・・何だか今頃になって、ドキドキしてきちゃった・・・」

巧斗とデートするからには、バッチリおしゃれをしていこう。眼鏡の似合う美形な巧斗の隣に並んでも大丈夫でいられるように・・・・

由依はドキドキしながら、日曜日の巧斗とのデートを心待ちにするのだった・・・・・・


  

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