第7話

翌日のお昼休憩。いつものように、圭吾と由依はコンビニ弁当を食べながら、休憩室でお喋りをしていた。

「何だって〜!?日曜日に、巧斗とデートだ〜!?」

「け、圭吾君!声がおっきいよ〜!!」

「あっ・・わりぃ。でも、おまえが驚かすようなこと言うからだぜ〜?」

「ウゥッ。ごめんなさい・・・・」

話題は、由依が昨日の帰りに遭遇した巧斗との一件だった。そして、巧斗と日曜日にデートする旨を圭吾に伝えたのだ。

そうしたら圭吾が大声を出して驚いたのだが、他に休憩室にいた人もお喋りに夢中だった為、変な目でこちらを見てくる人はいなかった。

「ったく、相変わらず巧斗は手が早いよな。だから、俺は巧斗とおまえを近付けさせたくなかったんだよ・・・」

「圭吾君・・・あの、聞いてもいい?」

「ん?何だ?」

「・・・柏木さんって、昔からあんな風に、プレイボーイな感じだったの?」

巧斗と由依が出会ったのは、昨日が初めてだ。ほとんど何も知らない相手とデートというのも変な話だし、巧斗本人にも質問しづらい為、圭吾に聞くのが一番だった。

由依が首を傾げてそう聞くと、圭吾は最後のデザートを食べ終え、コンビニ弁当にふたをしてから少し目を見開いた。

「何だ?その辺のコトは、巧斗から聞いてんじゃねぇのか?」

「・・柏木さん、そういうこと自分で言うタイプなの?」

「女の言うことには必ず何でも答えるタイプだぜ〜?アイツ。でも・・おまえからそう聞かれたら、アイツも答えにくいわな。ワハハハハハハハハッ!!」

「け、圭吾く〜ん。笑ってばっかりいないで、私にも教えてよ〜。」

由依が少し唇を尖らせてそう言うと、圭吾は何とか笑いを引っ込めた。

「ハハハハッ・・・おう、わりぃ、わりぃ。んで、おまえの質問の答えな。はっきり言って『イエス』だ。」

「えぇっ!?そうなの〜!?」

「おうよ!でも、今の方が昔より落ち着いたと思うぜ?昔は女なら誰でも声かけてた所があったからなぁ〜。」

「そうなんだ・・・柏木さんって、どんな人がタイプなの?」

「おまえなぁ〜・・・それ、俺に質問することか?」

圭吾が頭を抱えてそう言うと、由依は最後のスパゲッティを食べ終え、コンビニ弁当にふたをしてから答えた。

「だって。柏木さんに聞いたら、冗談で返されそうな気がするんだもん・・・」

「そうか?アイツ、おまえには割と本音で接してると思うぞ?」

「えっ?でも柏木さんは、昨日『からかってる』って言ってたよ?」

「そんなの、アイツの照れ隠しだろ。でなきゃ、どうして巧斗がいきなりおまえをデートに誘うんだよ?」

「えっ?それは、まだ社内の人の中で私とデートしたことないから、じゃないの?」

由依が首を傾げてそう聞くと、圭吾は『ハァ〜ッ・・・』と大きな溜め息をついた。そのことで、由依は少し驚いてしまう。

「・・んな訳ねぇだろ。単に、巧斗がおまえと一緒にいたいからじゃねぇの?でも、その辺のコトは俺にも分かんねぇ。巧斗自身に聞けよ。」

「う、うん、分かった・・・・でも、そしたらどうしよう。何か、ドキドキしてきちゃった・・・・」

もしも圭吾の言うことが本当だとしたら。それは、巧斗が由依を気に入っているということに他ならない。

巧斗が由依にかけてくれる言葉全てを本音と取って良いなら、由依はかなり巧斗に好かれているということになるが、さすがにそれは都合が良すぎるか。

「・・・なぁ、由依。」

「ん?なぁ〜に?」

「・・おまえ、巧斗のこと好きなのか?」

「えっ!?ヤ、ヤダなぁ〜、圭吾く〜ん!そんな訳ないよ〜。だって、柏木さんとは昨日初めて会ったばっかりだし、デートのことも、何となく進んじゃった話だから・・・」

まるで自分が言い訳して、巧斗への気持ちを隠しているかのようだ。実際は、まだ巧斗のことなんて何とも思っていない筈なのに・・・・だが、なぜだろう?そう考えるだけで違和感を覚えるのは・・・・

「でも・・おまえ、嬉しそうな顔してる。俺と一緒にいる時は、そんな顔しねぇのに・・・・」

「そっ、そんなことないよ!私、圭吾君と一緒にいると楽しいよ?」

「由依・・・俺は、そう言う言葉を聞きたいんじゃねぇ。分かるな?」

「えっ?」

圭吾に『分かるな?』と聞かれても、正直言われてよく分からない。由依がどう答えようか迷っていると、圭吾はウインクしてビッと親指を立てた。

「まぁ、いいさ。巧斗とのデートはあまり勧めねぇが、取り敢えず行くだけ行って来い。そんで、巧斗にひどいことされたら、すぐ俺に言えよ?俺は、ずっとおまえの味方だからな。」

「圭吾君・・・うん、ありがとう・・・」

巧斗にひどいことをされる、とは思えないが、由依は圭吾の言うことに素直に従った。そんな由依を見て、圭吾はようやく笑顔を見せる。

「おう!おまえのそーゆー素直な所、ホンット良いよな・・・・なぁ、由依。」

「ん?なぁ〜に?圭吾君。」

「・・・おまえは、さ。俺とは、デートとかしたいって思わねぇの?」

圭吾は、照れくさそうに頭の後ろをガリガリとかきながら由依にそう尋ねてきた。

少しだけ顔の赤い圭吾を見て、由依は驚いたのと同時にドキンとした。中学・高校と圭吾と一緒にいたが、こんな圭吾は生まれて初めて見たのだ。

「デ、デート!?圭吾君と!?」

「おうよ!由依の行きたい所、どこにだって連れてくぜ?おまえの欲しい物も、全部買ってやる。だから、さ・・・気が向いたらでいいけど・・・」

「圭吾君・・・・うん、ありがとう。でも、圭吾君も行きたい所や欲しい物があったら言ってね?」

「由依・・・俺は男だからいいんだよ。こーゆーのは、女が優先だろ?」

「そうなの?あんまり、関係ないと思うんだけど・・・」

「・・由依。俺が欲しい物は、買えるモンじゃねぇんだ・・・・俺は、おまえがいれば・・・」

「えっ?圭吾君。よく聞こえないよ?」

「なっ、何でもねぇ!!それより、タバコ吸ってくる。」

「えっ!?うっ、うん。いってらっしゃい・・・」

喫煙室は、休憩室の一角にある小さな小部屋だ。一応は休憩室と切り離されている為、吸う人と吸わない人双方にとって親切な作りとなっている。

由依は煙草を吸わないからよく分からないが、喫煙室は非常に狭い為、喫煙者同士の仲は自然と良くなるらしい。巧斗も煙草を吸うのだろうか?もし、由依が知らないそのような所で女性を口説いていたら?

そう考えるだけで、由依の胸にチクンと痛みが走った。別に、巧斗が誰に声をかけようが関係ないのに、どうして胸が痛くなるのだろう?

「・・ヤダ。これじゃあ、まるで私が柏木さんに、恋してるみたい・・・・」

昨日初めて出会ったばかりの人に、恋心なんて抱くものだろうか?相手が今まで何をしてきた人で、本当はどんな人なのかも分からないのに・・・・

由依はブンブンと首を横に振って、必死にこの気持ちを追い払おうとした。しかし、巧斗のことを心の中で振り切ろうとしても、なかなかそれが出来ない。

このままではいけない。尚も由依がブンブンと首を横に振っていた、その時のことだった。

「・・どうした?由依ちゃん。そんなに首を振ったら、首が痛くならないかね?」

仕事中によく聞く男性の声。由依のことを巧斗同様『ちゃん』付けで呼ぶ男性は数少ない。

「あっ・・も、森上部長!?お疲れ様です!」

「お疲れ。それで?寝違えた?」

そこにいたのは、管理本部長の森上耀(もりがみひかる)だった。部下に大変優しいと、社内でも評判の部長だ。

既婚者だが、見た目がダンディー系でなおかつ優しいので、巧斗ほどではないが女性社員ファンが多いらしい。由依もファンとまではいかないものの、仕事に抜かりがないのはもちろん、家庭も大事にしている耀のことを尊敬していた。

「あぁ〜・・・いえ。煩悩を振り払ってました・・・」

「いきなり仏教系?ハハハッ、由依ちゃんは相変わずだね。」

「ウゥッ。部長・・・私、これでも真剣に悩んでるんです〜・・・」

「そうか、そうか・・・ひょっとして、由依ちゃん。それは、誰かに恋をしたんじゃないかね?」

「えっ・・・?」

由依が驚くと、耀は由依の隣の椅子にゆっくりと腰掛けた。

「恐らく、由依ちゃんはまだ自覚してないんだろう。残念だが、その方法では誰かを忘れることなど不可能だ。」

「ということは、他に何か方法があるってことですか?」

「そうだなぁ〜・・・・そればかりは何とも言えん。自力で見つけるしか、な・・・ただ、無理に忘れようとするのは良くない。好きな人のことを考えて仕事でミスをしたからと言っても、私は由依ちゃんのせいにしないよ。」

「そっ、そんな!仕事の時にボーッとするのは厳禁ですよ〜。」

「そうは言ってもなぁ〜・・・由依ちゃんは、これからその『煩悩』とやらを仕事中に全く出さない自信があるかね?」

「ウッ。そ、それは、ないです・・・・」

由依が正直に答えると、耀は「うんうん」と言いながらゆっくり頷いた。

「そうだろう?だから、私は責めないよ。私自身、経験済みだからね・・・」

「森上部長・・・・」

由依がそこまで言った時、圭吾がこちらに戻ってくるのが見えた。どうやら一服終えたようだ。

「森上部長!お疲れ様です。」

「おぉ〜っ!お疲れ、圭吾君。一服してきてたのかね?」

「はい。部長は、今からこれですか?」

圭吾がそう言って煙草を吸う仕種をすると、耀はゆっくり頷いた。

「あぁ〜。一服しに来たんだが、由依ちゃんと話していたらつい長くなってしまった。ひょっとして、圭吾君は由依ちゃんの『煩悩』の正体を知っているのかね?」

「・・・『煩悩』、ですか?」

圭吾が分からないと言った感じでそう言うと、耀は朗らかに笑った。

「ハハハハッ。どうやら、圭吾君ではないみたいだな・・・・由依ちゃん。」

「は、はい?」

「若い時は、大いに『煩悩』に悩むと良い。後々それが、君を良い方向へと導くから。そして、このことはあまり圭吾君に言わない方がいいよ。彼がやきもちを妬いてしまうから。」

「!ぶ、部長!?」

「・・何のお話でしょうか?」

「ハハハハハッ。それじゃあ、私は一服してくるよ。また後でね、由依ちゃん、圭吾君。」

「は、はい。お疲れ様です・・・・」

「お疲れ様です・・・」

こうして、耀はゆっくりと席を立って喫煙室の方に行ってしまった。その後姿を見送る由依と圭吾だったが、すぐに圭吾は由依の方を見た。

「・・なぁ、由依。今、部長と何の話してたんだ?」

「うん。私が、『煩悩振り払ってる』って言ったら、『無理して忘れなくて良いし、それが原因で仕事をミスしても私のせいにしない』って・・・」

「ハハハハハ・・・部長、相変わらず心広すぎ。」

「確かに・・・しかも、同情されちゃった・・・」

「まぁ、何だかんだ言って部長は経験豊富だからな〜。んじゃ、そろそろ仕事場に戻るか?由依。」

「うん。ご馳走様でした。」

こうして、由依は圭吾と一緒に仕事場に戻ったのだが・・・・気になったのは、管理本部長・耀の言葉だ。

耀は先ほど由依と話をしただけで、由依が誰かに恋をしていること、そしてそれは圭吾ではないことを言い当てた。

「・・私、柏木さんに恋をしているのかな・・・?」

まだ分からない。巧斗のことは気になるが、これが好きか嫌いかと問われると、よく分からなかったから。

取り敢えず、今は仕事が最優先だ。由依は気持ちを切り替えて仕事に励んだのだった・・・・・・


  

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