第8話 とうとう、巧斗と約束している日曜日のデートの日が近付いてきた。由依は早くもドキドキしていたが、その時。たまたま休憩室に来ていた由依の近くで、キャイキャイと騒ぎながらお喋りしていた女性たちの会話が聞こえてきたことで、由依は自然と耳を傾けていた。 「ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ〜!!私、最近気になってる人がいるんだ〜。」 「えぇ〜!?誰、誰〜?」 「うん!営業本部の柏木さんって人。あの眼鏡かけてて長身で細身のモデルみたいな超格好良い人だよ〜!!」 由依は『柏木』という名前が出た時点で、ビクンと反応していた。 しかし、女性たちは会話に没頭していて由依のことなど全く見ておらず、尚もお喋りに花を咲かせる。 「あ、知ってる、知ってる〜!!あーゆー人の眼鏡ってマジ格好良いよね〜!!でも、噂ではプレイボーイな人なんでしょ?」 「そうなのよ〜!!でもでも、柏木さんみたいな人となら、1日だけでもいいから遊んでみたいって思わな〜い?」 「あぁ〜、分かるかも〜!!あーゆー美形と1度は一緒にいてみたいよね〜。」 「でっしょ〜!?しかも柏木さんの手、見たコトある〜?指長くてさ〜、しかも爪まで超奇麗なの〜!!」 「確かに!!柏木さんって清潔感あるけど、髪の毛の先から指先から足元まで全部奇麗だから、余計に格好良く見えるんだよね〜!!」 女性たちの言う通り、巧斗は本当に整った美形だ。 営業の仕事をしているのだから清潔感を出すのは当然と言えば当然だが、それをサラリとやってのけている感じに見えるのが巧斗のすごさなのだろう。 「ああぁぁ〜〜っ!!お嫁にもらって欲しい〜!!!ってか、まずは話だけでもしてみたいなぁ〜。」 「でもあたしたちバイトだし、社員の柏木さんがあたしたちの存在知るワケないじゃ〜ん。所属部署も全然違うし・・・」 「でも、階にしてみれば1階しか違わないワケじゃん?ってコトは、7階ではってればチャンスあると思わな〜い?」 「えぇ〜!?でも、どうやって話しかけるのさ〜。」 「それは、また後で考えようよ!!ほら、休憩時間終わっちゃう!行こ、行こ!」 「あっ、こら〜!!自分から話しかけておきながらあっさり退散しないでよ〜!!も〜う。どうせ良い案が思いつかないだけでしょ〜!?大体いっつもあんたは・・・・」 まるで嵐のような勢いで話が進み、あっという間に去っていった女性たちだったが・・・・由依の心は痛みに押しつぶされそうになっていた。 やはり、巧斗のことを慕う女性たちは多いのだ。今のバイトの女性たちだって、巧斗と面識はないようだったが、完全に巧斗のことを意識しているようだったし・・・・ 果たして本当に、自分が巧斗とデートして良いものなのだろうか?実は巧斗に話しかけてもらえたことってラッキーだったのではないかと、今頃のように由依が思った、その時だった。 いつもポケットに入れている携帯電話がブルブルと振動していたことで、由依はスッと携帯電話を取った。自然とサブディスプレイを見てみれば、メールがきたことを告げていたのだが、何とそれは、巧斗からのメールではないか・・・・!! 由依はすぐに携帯電話を開いてメールを見てみた。その内容はというと・・・・・ やぁ、由依ちゃん。お疲れ様。あの日以来会ってないけど、元気だったかな? 今、出先からメールしてるんだけど、実は仕事がもう終わっちゃったんだ。完全に落ち着いたら、そっちに戻るよ。 そこで。突然なんだけど、今夜空いてるかな?もし空いてたら、どこか食事にでも行かない? ・・・本当に突然だから、何か予定があったらもちろんそっちを優先してね。でも、もし空いてたら返事をもらえると嬉しいよ。 それじゃあ、もう少しの間仕事だろうけど、あまり根を詰めすぎないように頑張ってね。 「うそ・・・これって、今日柏木さんに会おうと思えば会えるってこと・・・・?」 由依は、今あるこの現実が信じられなかった。つい今しがた、バイトの女性たちが巧斗のことを噂していた時に、当の本人からのメール。しかも、それは食事へのお誘いメールだ。 こんな嬉しいことがあっても良いのだろうか?日曜日のデートの前に、巧斗に会えるなんて・・・・そう考えただけで、先ほどまでのドキドキが更に高くなっていた。 「やっぱり柏木さんってすごいなぁ〜。さり気なく私のことを気遣ってくれてて、嬉しい・・・・私も、そんな柏木さんに失礼のないようなメールを書かないと!」 由依は『返信』のボタンを押してから、文章を書き出した。 柏木さん、お疲れ様です。おかげさまで、私はとても元気です。 お仕事、早く終わられたみたいで良かったですね! それから、お食事の件なのですが・・・私でよろしければ、喜んでご一緒させていただきます! どうか、お気を付けて戻ってきて下さいね。また後でお会いするのを楽しみにしています。 「こんな感じでいいのかなぁ〜?ウゥッ、失礼な所とかないよね?もう1回確認、と・・・」 由依は、何度も自分で打ったメール文面を読んで確認をした。本当は巧斗に会えることが嬉しすぎて、今でも夢のようだと思っているのだが、あまりにもそれを押し出すのは良くないような気がした。特にメールは文字で伝えるものだから、話す時より気持ちがリアルに出そうなのが怖い。 しかし、嬉しすぎて舞い上がった由依は、何度文章を確認しても浮かれすぎていて正常な判断が出来そうになかった。取り敢えずこれで大丈夫だろう、と最後は半ば投げやりな感じでこの文面のまま巧斗にメールを返す。 「・・今から楽しみだなぁ〜。でも、柏木さん大丈夫なのかな?出張から戻って疲れてる筈なのに・・・って、いっけない!!そろそろ戻らないと、圭吾君に怒られちゃう!!」 由依ははたと時間の流れに気が付き、すぐに携帯電話をポケットにしまって駆け出したのだが、その心はいつになく晴れ晴れとしていたと同時に、期待と嬉しさに満ち溢れていたのだった。 時は流れて、17時50分。管理本部では、早くもほとんどのメンバーが帰り支度を始めていた。 18時が定時なのだが、ここの管理本部メンバーは基本的に皆残業が嫌らしい。それだけ仕事が出来る優秀なメンバーとも言えるが、同時に優れすぎていて、由依は未だにその考えに追い付いていなかった。 「あーっ、疲れた〜。帰ったらドラえもん見なきゃ〜。」 「えっ!?橋谷さん、ドラえもん見てんの!?」 「トーゼン。だって〜、あたしの人生目標ドラえもん2号作るコトだから。」 「すごいですね!さすがです、姉御!」 「フフン。もっと褒めなさい、下僕。」 「おいおーい。ハッシー、俺まだ仕事中なんだけど〜?」 そこでマッタをかけたのは圭吾だった。由依も仕事をしていたものの、もう少しで完成しそうだったので特に何も言わず、管理本部メンバーの会話に耳を傾けることになる。 「あ、つまり静かにしろってコト〜?だって〜、あたし茅場君と違って残業したくないし〜?定時に上がんないとドラえもん見れないし〜。」 「結局おまえの思考はドラえもんにつながんのかよ・・・」 「とか言っちゃって〜、本当は茅場君もドラえもん見たいんでしょ〜?」 「んなワケねぇだろ!!俺はハッシーのようなオタクじゃないの!!」 「オタクじゃなくてもドラえもん位見るわよ〜、失礼ね!・・・ほら、下僕。あたしをオタク扱いした茅場君を罰してあげて。」 「いや。それは、ちょっと・・・・」 『ハッシー』こと橋谷舞子(はしやまいこ)は、会社の金銭面や道具類の発注など、庶務的な事務の担当をしている社員の女性だ。そして彼女の下にいる『下僕』とは、斉藤稜(さいとうりょう)。彼が舞子のサポート役なのだ。 「何よ〜。あなたって茅場君のこととなると、途端に引き気味になるわね。」 「そりゃそうですよ〜。だって茅場さんですよ〜?姉御、分かってます〜?」 「分かってるも何も、茅場君はただひたすら暑苦しい情熱を内に秘めている日本男児じゃない。」 「あ、姉御。それは・・・・」 「ブッ、アハハハハハッ!!さすが橋谷さん!見てないようでちゃんと見てるね!」 「だ〜か〜ら。あたしはそんじょそこらのヤツとはココが違うの。ココが。」 舞子はそう言って、自らの頭にトントンと指を置いてそれを示した。 確かに舞子の器量の良さと頭の良さは人並みを超えている。稜ほどではないが、密かに頼れる姉御肌として、由依は舞子のことを尊敬していた。 「ウゥッ、姉御はいつ見ても格好良いですね〜!!さすがです!!」 「まぁね、トーゼンでしょ?・・って言ってる間に、18時になったわね。それじゃあ、お先〜。ほら、下僕。あんたも行くわよ?」 「はい、姉御!!じゃあ、お先に失礼しまっす!」 こうして、18時を少し過ぎた時に舞子と稜が帰った。他のメンバーも少しずつ帰っていく中、圭吾は由依に声をかける。 「由依。頼んでたリスト、仕上がりそうか?」 「うん、後ちょっと。圭吾君は、まだお仕事していくの?」 「あぁ〜。ハッシーが今週の出張メンバー表送りつけてよこしてさ。これって来週まとめて出せば良いモノなのに、『今回は早く終わったから』とかってもう旅費算出してきやがったんだよ〜。だから、こいつらの勤務時間チェックだな・・・」 由依はそれを聞いてドキンとした。それは、紛れもなく巧斗のことも含まれているのではないだろうか? 巧斗も、由依のメールに『早く終わった』と書いていた。だから仕事の早い舞子は、既に旅費の計算を済ませてしまったのだろう。 「そうなんだ・・・私も手伝う?」 「いや、大丈夫だ。おまえは取り敢えず、そのリスト完成させてくれれば、後は上がってOK。」 「そう?・・いつもごめんね、圭吾君。」 「気にすんなって。あ〜、でもこれは予想してなかった。マジかよ〜・・・しかも月曜の朝一部長にデータ出すとかってあり得ねぇし!!!それまでは来週中ならいつでもイイ、みたいな感じだったのにさ〜。ったくハッシーめ、謀ったな・・・」 「アハハハハ。圭吾君が橋谷さんのこと、『オタク』とかって言ったからなんじゃあ・・・」 「それはついさっきの話だろ〜?ハッシーがこのメール送ってきたの、2時間以上も前の話だぜ〜?マジであり得ねぇっての!ったく・・・その内ハッシーに仕返ししてやる!!ぬぅわ〜にが『暑苦しい情熱』だ!!情熱持ってちゃわりぃのかよ!?」 由依のすぐ隣で見えない炎を燃やしている圭吾は、どこか迫力があった。これが圭吾の昔からの強さとすごさだよなぁ、などと思いながら、舞子の言っていることは確かに当たっているかも、などと思っている間に指を動かしていた由依は、仕事を完成させた。 それを圭吾に報告すると、圭吾は親指をビッと立ててウインクしてみせた。 「OK!んじゃ、上がっていいぜ?由依。また来週な!」 「うん、ありがとう!それじゃあ、お先しま〜す!お疲れ様です!」 「おう、お疲れ!」 「お疲れ様で〜っす!」 「お疲れ・・・って、おっと由依ちゃん。ちょっと待ってくれるかね?」 「えっ?」 |