第9話 「いや〜、すまんね〜、由依ちゃん。あぁ、ドアは開けていいよ。エレベーター前まで一緒に行こうか。」 「あ、はい。分かりました・・・」 ということで、ドアを開けて由依と耀は一緒に外に出た。残っていたのは圭吾ともう1人の男性のみだったが、2人とも不思議そうな顔をして由依と耀を見送る。 そして不思議な目線で耀を見ていたのは、由依も同じだった。一体、耀はどうしたというのだろうか? 「・・・どうしたかね?由依ちゃん。そんな、宇宙人を見るような目で私を見てもらっても、私はれっきとした人間なんだがね〜・・・」 「あ。す、すみません、部長!ただ、突然どうなさったのかな、と思って・・・」 「ハハハハハ。そうだったね・・・・由依ちゃん。君が午後の休憩から帰ってきた時、時折嬉しそうに微笑んでいたのが見えたものだから・・・・この間言っていた、お目当ての彼とデートでもするのかと思ってね。」 「!!」 まさか部長の耀にそれを言い当てられるとは思わず、由依はただ驚いて口を金魚のようにパクパクさせることしか出来なかった。そんな由依を見て、耀は優しく微笑む。 「当たりかな?由依ちゃん。」 「は、はい・・・部長。その、すみません!」 「おや?謝る必要なんかないよ、由依ちゃん。恋する気持ちを、蔑ろにして欲しくないからね。横にいる圭吾君が、少し可哀相な気もするが・・・・」 「えっ?圭吾君が、ですか?」 なぜ、そこで突然圭吾が出てくるのだろうか?由依が分からずに耀に尋ねると、耀は再び優しい微笑を見せた。 「おっと、失言。それじゃあ、デートを楽しむんだよ?由依ちゃん。お疲れ様。」 「は、はい!お疲れ様です、部長!」 こうして、部長の耀に挨拶をした所で、由依はエレベーターのボタンを押した。耀は階段から他の階に行くようだ。 なぜ、耀には分かってしまうのだろう?由依としては、精一杯嬉しい気持ちを押し隠していた筈なのに・・・・舞子と言い、耀と言い、管理本部メンバーは勘に鋭く、頭の良い人たちばかりで、由依はすごいなぁ、と感心する他なかった。 そしてエレベーターが来たと同時に、由依は携帯電話をチェックする。あれからサイレントモードにしていた為、メールがきていても分からなかったのだが・・・・確認してみれば、案の定1通のメールがきていた。もちろん差出人は巧斗だ。 エレベーターに乗りながら、由依は逸る気持ちを抑えてメールを見た。『会社の前で待っているから、18時過ぎに会おうね。』というメールの内容だ。 ということは、既に巧斗が会社の前にいる可能性が極めて高いということになる。こんな時に限って、いつも速く感じるエレベーターが遅く感じるのだから不思議だ。 間もなく1階に到着した由依は、半ば駆け出す感じで外に出ようとしたのだが、その時。2人の男女が寄り添っていることに由依は気が付いた。しかもよく見てみれば、男性の方は巧斗ではないか・・・・!? 由依はズキンと胸が痛くなるのを感じた。なぜ、どうして、巧斗は女性と一緒にいるのだろうか?しかも、女性の方は長い金髪が印象的な美女だ。 顔立ちは明らかに日本人だから染めているのだろう。しかし、金髪がよく似合う女性で、巧斗と腕を組んでいる様は非常に絵になっている。 声をかけたくても、この雰囲気では出来そうにない。もしかして、今日の食事にはこの女性も一緒に行くのだろうか?てっきり巧斗と2人きりだと思っていた由依だったが、それは誤解だったのだろうか? 由依が心の中であせったのと、ふいに巧斗が由依の方を振り向いたのは同時のことだった。まさか巧斗と視線が合うとは思わず、由依は驚く他ない。 一方の巧斗の方も少し驚いていたようだったが、すぐに腕を組んでいる女性に何か話しかけていた。しかし、女性の方は更に巧斗の腕を放すまいとするかのように、先ほどより強く巧斗の腕に寄り添っている。 果たして、これはどうすれば良いのだろう?由依が諦めた方が良いのだろうか?それとも、向こうの女性が諦めてくれるだろうか?どうすればいいか分からず、由依はただ痛む胸を手で押さえて状況を見守ることしか出来なかった。 程なくして、動いたのは巧斗と女性の方だった。巧斗にしては珍しく、少し怒りを帯びた表情をしているのを見た女性が、巧斗の腕から離れたのだ。それから一気に女性は駆け出していた。 あっという間の出来事だった。金髪の女性が去ったのと、巧斗のあの眼鏡の奥から感じた怒りを帯びた瞳・・・・それは由依の心をとらえて離さなかったのだが、すぐにウィーンと自動ドアが開いて由依の方に来たのは、怒りという感情をまったく感じさせない、それまでと同じ微笑を浮かべた巧斗だった。 「由依ちゃん、ごめんね。お待たせ。」 「柏木さん・・・!あの、私。良かったんでしょうか・・・?」 「大丈夫、由依ちゃんが気にする事はないよ。」 「えぇっ!?で、でも気になっちゃいますよ〜!!ひょっとして、お付き合いしている彼女さん・・ですか?」 由依がそう尋ねると、巧斗は面白そうに笑ってそれを否定した。 「フフッ・・まさか、そんなことないよ。今付き合ってる子はいないし・・・・付き合いたい子なら、すぐ目の前にいるんだけどね。」 「そうなんですか?目の前って・・・・えっ??」 由依の目の前には巧斗がいる。それ以外、今ここには誰もいない。とすると、巧斗が付き合いたい子というのは・・・・? 「・・由依ちゃん・・・」 由依の耳元で低く甘く囁かれる巧斗の美声。自分の名前を呼んでもらうだけで、こんなにもドキドキするものだろうか? 「!は、はい!?」 「アハハハハッ。本当に、由依ちゃんにはかなわないな・・・・それより、まずは今日のお礼をしないとね。来てくれてありがとう。」 「いえ、そんな!こちらこそ、ありがとうございます!まさか、柏木さんと日曜日の前にお会い出来るなんて、思ってもいなくて・・・」 「そうだね。俺も、まさかこんな早く仕事が終わると思ってなかったものだから、予想外だったんだけど・・・せっかくだから、由依ちゃんに会いたかったんだ。」 「えっ?私に・・ですか?」 由依が驚いてそう聞くと、巧斗はコクンと頷いて、再び由依の耳元で甘く囁いてみせた。 「そう。君に会えなくて、寂しかったから・・・」 「キャッ!!か、柏木さん・・・!?」 「どうしたの?由依ちゃん。そんなに顔を赤くして・・・ひょっとして、由依ちゃんも俺に会いたいって、思ってくれてた・・・?」 初めて出会った時以上に、巧斗の低く甘い声が由依の耳元に炸裂する。まるで由依の芯を射抜くかのように、巧斗の美声が深く入り込んできていた。 巧斗の声は・・・そう。言ってみれば、どこかエロティックなのだ。だからこそ、由依の心を掴んで離さない。 もうすっかり、由依は巧斗に魅せられていた。ルックスはもちろん、その声が由依の心をドキドキさせてくれる。それは、紛れもない恋の予感だった。 「あ。柏木、さん・・・」 「由依ちゃん?どうしたの?大丈夫?」 「すみません。私、その・・・」 「ん・・・?」 「・・柏木さんの声に、酔ってしまったようで・・・柏木さんの声が、あまりに素敵すぎて・・・」 まさか由依にそんなことを言われるとは思わず、巧斗は驚いたようだ。しかし、すぐに微笑んで由依を見つめた。 「ありがとう、由依ちゃん。もっと、俺に酔ってくれていいよ・・・」 「キャアッ!!ですから柏木さん、そんな甘い声で囁くのは禁止です〜!!」 「どうして?だって、そうすれば俺に酔ってくれるんだろう?」 「そうされなくても、柏木さんには酔っちゃいますから〜!!」 「えっ・・・?」 ほんの少しの間。由依も巧斗も、今由依が言ったことを頭の中で反芻していたのだが・・・・よく考えてみれば、これは告白に近いものではないだろうか?これでは巧斗に誤解されてしまうと判断した由依は、即座に口を開いた。 「あ。その、柏木さん!今の、何でもないです!!すみません!!」 「何でもないの?それは、残念だな・・・・それじゃあ、もっと由依ちゃんを酔わせられるように努力するよ。」 「柏木さん!?そんな、努力なんてしなくていいですから〜!」 「どうして?由依ちゃんがその気になってくれるなら、尚更努力するに限るよ。」 なぜ、巧斗はこのような甘い言葉ばかり由依に投げかけてくるのだろうか?これでは、嫌でも期待してしまうではないか。巧斗の気持ちを・・・・ 由依は、先ほどの巧斗の甘い囁きを受けたことで、完全に自覚していた。巧斗に恋をしていると・・・・だからこそ、余計に期待してしまうのだ。 「柏木さん・・・そんなことばかり言われたら、私、期待しちゃいそうで怖いです・・・」 「由依ちゃん・・・・その話は、後でしようか。」 「えっ?」 「ここで立ち話するようなことじゃないから・・・・それに、俺は由依ちゃんと食事がしたかったし、そろそろどこか食べに行かない?」 そういえば、確かにこれから巧斗とどこか食事しに行く筈だったのに、先ほどの金髪の女性やら巧斗の甘い囁きやらですっかり忘れていた。 それに気が付いてみれば、仕事が終わった由依のお腹は良い感じに空いている。そろそろ美味しい物を食べたいと思っていた時に巧斗との食事・・・それは、由依にとってとても嬉しいことだった。 「そうですね、行きましょう!柏木さんのお勧めのお店とかってありますか?」 「うん、あるよ。そこでいいの?」 「はい、ご一緒させて下さい!」 「了解。それじゃあ、行こうか。こっちだよ。」 |