第１０話



・・参った。どうしてか、さっきから仕事に集中出来ない。

いや、原因は分かっている。さっきおまえとしたロープレ、及びおまえが最後に見せてくれた笑顔が、頭から離れないからだ・・・・

まだ昼休み中だから、おまえが席に戻る事はないんだが・・・・ついつい、それまでおまえが座っていた無人の席を見てしまう。

今の俺の席からかなり距離があるから、こうして人が少ない昼休みだと、俺がそこを見ている事がバレなくていいんだが・・・・・

「あれ？輝、お昼休みは〜？」

今もまた、それまで清香の座っていた席を見てしまった時だった。

俺に声をかけてきたのは、昨日清香をＯＰにしてくれと言ってきた宏子だ。

「ん？あぁ、１時間ずらす。」

「えっ？そうなんだ。いつ決まったの？それ。」

「さっき、俺の心の中で決まった。」

「そう。清香ちゃんの調子はどう？」

「あぁ、特に問題はない。昼休み明けから、本番に入る予定だ。」

「そう。ありがとう、輝。清香ちゃんにも、後でお礼言っとかなくっちゃ！ところで、あなたと清香ちゃんの関係って、まだ続いてたの？」

・・その質問、今日で２回目だったような気がするが・・・・

今の俺にとって、その質問は俺のハートを抉るかのようにグサリと深く突き刺さる。そうか、おまえにも打ち明けておかなきゃならんのか・・・・

宏子は、前に俺と付き合っていたからかなのか、やたらと俺のその後の恋愛関係を気にしてくるんだよな。

「・・・絶えた。」

「えっ！？『絶えた』って、終わっちゃったってコト！？」

「・・あぁ・・・・・」

「えぇっ、そうだったの！？うわ〜・・・・じゃあ、今目星付けてる子は？」

「・・何で仕事中にそーゆー事聞いてくるんだ、おまえは・・・」

「えぇ〜？だって、昼間だからそんな急ぐような仕事ないし、あなたとは昼休み一緒じゃないから、こういう場でしか聞けないじゃない。」

ったく。これだから、女ってのは・・・・所構わず、お喋りが好きだよな。

「・・今日は一緒だろうが。」

「そうだけど。輝、私と一緒にお昼食べたい？」

「丁重にお断りだ。おまえもそうだろう？」

「まぁね〜。でも、あなたと清香ちゃんの関係には興味あったの。清香ちゃんって、多分あなたがそれまで付き合ってきた女の子の中で、いっちばん良い子だと思うのよ。違う？」

「・・・何が言いたい？」

「要するに・・フラれたんでしょ？輝。あなたは本当に身勝手な人だから・・・・」

・・それに関して自覚はしていたが、今の俺にとって、その言葉はひどくショックだな。

だが、確かにその通りなんだよな。特に、付き合ってた後半からはデートでさえ、当日になってドタキャンしたり、時間をずらして欲しいって言ったっけ。

理由としては、単純にそういう気分じゃなかったり、他の事をしたかったり・・・・・本当に自分勝手な理由だった。

だから、おまえと別れる事も、そう遠い未来の話じゃないと思っていた。おまえと別れる事は、俺の想定内だったんだが・・・・

おまえを失って、気付いたんだ。それでも待ってくれたおまえの優しさ。そして、そんな俺を許してくれた、おまえの愛を・・・・・

「・・はっきり言ってくれるな、おまえも・・・・」

「えっ？他に誰かから言われたの？」

「あぁ。だが、その事に関しては自覚しているつもりだ。これからは、出来るだけ他人に合わせるようにする。」

「・・・ウソ。」

「はぁ？」

「あなたから、そんな協調性あふれる言葉を聞けるなんて思わなかった・・・・・さすがに、懲りたみたいね。」

「・・そういう事になるな・・・・・・なぁ、宏子。」

「ん？何？」

この際だから、聞いてみようか。おまえと清香は、俺にとって似たような存在って事になるからな。

「・・俺が心を入れ替えて、もう１度やり直したいと言ったら・・・・おまえは、着いてきてくれるか？」

「えっ・・・まさか、それって本気じゃないわよね？」

「おまえに対しては、な。」

「あっ、なるほど。清香ちゃんの方ね！うぅ〜ん・・・・心を入れ替えるのも大事だけど、一番大事なのは、相手を愛する事じゃないの？」

｢・・・・・・・・・・・・・・・・｣

言葉が出なかった。宏子の言う通りだと思ったからだ。

そうか。確かに、付き合っていた時はおまえに愛の言葉も囁かなかったし・・・・この『愛する』という気持ちが、おまえの心を動かしてくれるだろうか？

「愛し愛される関係。それがやっぱり、恋人同士にとって一番大切な事だと思うなぁ〜。まぁ、私はそれにプラスして、お金持ちな人だと助かるけど♪あなたはその点バッチリだったし、見た目も完璧だったんだけど、やっぱその性格の悪さって言うか、自分勝手な所と、女好きな所に難があるのよね〜。」

「・・悪かったな。」

性格の悪さは自覚してるっての。

それに、女好きなのはしょうがないだろうが。どの女も魅力的なんだから。

とは言え、今の俺には、清香がどの女よりも輝いて見える。おまえをより一層大事にしたいと、今はそう思うんだ・・・・

「あっ、今ちょっとムスッとしてるでしょ〜？怒られると怖いから、に〜げよっと！じゃあ、またね〜！」

「あぁ・・・・」

勝手にしてくれ。逃げるおまえを捕まえて怒ろうなんて気は毛頭ないんだ。宏子も半分遊び感覚でやっている事だし。

それより、そろそろ清香が帰ってくる時間だな・・・・まぁ、最初は丸山君が面倒を見てくれているから大丈夫だろう。そう考えるだけで、胸の中に嫉妬という名の痛みが広がるが。

これは仕事だぞ？丸山君には何の罪もないのに、本当に俺は何を考えているんだか。恋をすると、こんなにも心が狭くなるものなんだな・・・・

さて。後１０分ほど、残りの仕事を済ませてから飯食いに行こうか・・・・・

さて、ようやく昼休みなんだが・・・・１時間違いになったのは、久しぶりのような気がするな。

だが、悪い気分ではない。自己満足感は否めないが、少しでもおまえの役に立てたと考えれば、この１時間違いの昼休みでさえ、いとおしく思えてくる。不思議なものだぜ。

昨日は偶然会った菊井君と飯食いに行ったが、さすがに今日は１人でいたい。この小さな幸せを、１人でかみ締めていたいからな・・・・

俺がそう思いながら、下りのエレベーターを待っていた、その時だった。

「めっずらし〜。鹿嶋さんも、今からお昼〜？」

「ん・・・？ってか、阿山さんもこの時間に昼休みなのか？」

「そうなの〜！お昼前に、ちょっとミスやらかしちゃったＯＰさんの後処理してたら、この時間になっちゃってさ〜。鹿嶋さんは・・・今新システム作ってる真っ最中だから、あんまＯＰさんの面倒は見てないんだよね？」

「あぁ。そんな事があった事すら知らなかった。クレームか？」

今話しているこの女性は阿山さん。俺と同じ立場の人なんだが、俺より先輩だから、やっぱり仕事に関しては一枚上手という印象があるな。

実際、仕事がよく出来る人なんだ。だから、阿山さんを尊敬しているＯＰは多いようだし、俺も阿山さんのそういう点を見習いたいと思っている、んだが・・・・

丁度下りのエレベーターが来た所で、俺と阿山さんは揃ってエレベーターに乗りながら、話を続けた。

「ン〜、まぁね〜。でも、説得したらちゃんと聞いてくれたから、まだ良いお客さんだったよ〜。それより！鹿嶋さん、１つ質問していい？」

「ん？あぁ。何だ？」

「フフフフ〜。昨日の残業の時さ〜、鹿嶋さんすっごく寂しそうな顔してたから、気になっちゃって〜。あれって、どうして〜？」

・・参った。まさか、阿山さんからそんな事を聞かれるとは思わなかった・・・・・見られてないようで、実はちゃんと見られてたんだな・・・・

だが、阿山さんに本当の事を言う気はない。このエレベーターの中で、これまで下ってきた階からの人たちも乗ってきている訳だし、清香と付き合っていた事も、この人の前では隠していたから。

「・・・そのものずばり、だな。」

「ふ〜ん。鹿嶋さんが寂しくなるなんて事あんの〜？女の子達から大人気なのに〜。」

「もちろん。阿山さん、俺を何だと思ってるんだ？」

「ん〜？めっちゃ女の子キラー☆」

・・・そんな、ウインクされて人差し指立てながらノリノリで言われても・・・・どうすりゃいいんだ？コレ・・・・

エレベーターから降りた後だからまだ良いようなものの、エレベーターの中でコレされてたら、さすがに少し引いたかもしれんな・・・・

「・・・・それ、反応しづらいんだが・・・・・・」

「えぇ〜っ！？ここは〜、『フッ、当然だろ？』とか言って格好良くキメる所じゃな〜い！も〜う、鹿嶋さんったらどうしちゃったの〜！？ノリまで悪くなっちゃって〜、らしくな〜い。」

「・・悪い。今の俺は、ノリが良くないみたいでな。また今度にしてくれるか？その時は、阿山さんの言った通りにするから。」

「じゃあ、今ここで練習してみなよ！」

「はぁ？『練習』って、何を？」

「フフフフ〜。鹿嶋さんは、めっちゃ女の子キラー☆☆☆」

・・・この人は、一体俺で何がしたいんだ？

まぁ、仕方ない。ここは、阿山さんの言った通りにしてみせるか。

俺はわざとらしく前髪をサラッと手でかき上げてから、鼻で笑ってみせた。

「フッ、当然だろ？」

「キャーーーーッッ！！そうそう、それそれ！！やっぱ鹿嶋さんは〜、その色気と格好良さとノリでなきゃ！」

「・・・そうなのか？」

阿山さんの中の俺って、今のような感じなのか？それは、ちょっと・・いや。かなり違うと思うんだが・・・・

・・・いや、待て。必ずしも『違う』とは否定出来ないな・・・・それこそ、新入社員としてこの会社に入った時は、今以上に好き勝手振る舞っていた。まぁ、あの時は若かったからな・・・・

阿山さんは、そんな俺の入社時からずっと見てきた訳だから・・・・多少なりとも、昔のこういう悪ノリ感があるんだろう。

「ウンウン！鹿嶋さんは、今も十分格好良いんだけど、昔のような冴え渡る格好良さが最近見られなくなっちゃったから〜、あたしちょっと気になってたんだよね〜。」

「そうか・・・・まぁ、俺も歳を取ったんだよ、阿山さん。」

「そうみたいだね〜！ところで〜、鹿嶋さんは、これからどこに食べに行くの〜？」

「あぁ。ちょっと、その辺で・・・・」

「そっか！じゃ、あたしはあっちに行くから。また後でね〜！お疲れ様〜！」

「あぁ、お疲れ様。」

フゥ〜、何とか撒けたか・・・・正直ホッとした。

そう、阿山さんは決して悪い人じゃない。むしろ良い人なんだが、この独特のノリが、何とも言えん人だよな・・・・

そういえば、前に飲み会で、阿山さんは昔から付き合っている彼氏がいる、と言ってたっけ。今も、その人と上手くやってるんだろうか？

なんて・・・どうして俺が、そんな事を気にしなければならんのか。他人の事は関係ないだろうが・・・・・

恐らく、羨ましいんだろうな。愛する人と、長く付き合っているという事実が・・・・

おっと。あまり、余計な事考えてばかりもいられんな。どれ、いつもの所に飯食いに行こうか。