第8話



「・・・それでは、ありがとうございました。私、館澤が受付させていただきました。失礼致します。」

「・・はい、OKです!完璧ですよ、館澤さん!」

「ほ、本当、ですか?私、本当にちゃんと出来てました?」

「はい、大丈夫ですよ!もっと自信を持って下さい、館澤さん!」

「あ・・は、はい。ありがとう、ございます・・・・」

 

ロープレ第2弾終了〜。ちょっと緊張したけど、何とか無事に出来たよ〜。

でもこれ、相手が丸山さんだからじゃないかな〜?丸山さんも少しイジワルな質問とかしてきたけど、本物のお客さんは、ここまで正確にサービス理解してるとは思えないから・・・・

 

「それじゃあ、続けてロープレしちゃうと館澤さんも疲れちゃうでしょうから、5分休憩したら、また続けてロープレしましょう!」

「はい、ありがとうございます!」

「いいえ!それじゃあ、また5分後に!」

 

丸山さんがそう言って席を立ち上がったのと、そこに管理本部の方から出てきた鹿嶋さんがやって来たのは同時の事だった。

あっ、ようやく鹿嶋さんが出てきたよ〜。結構長かったなぁ〜。何話してたんだろう?

 

「お疲れ様です、鹿嶋さん!」

「お疲れ様。どうだ?丸山君。館澤さんは?」

「あっ・・はい!今の所は、完璧です!」

「そうか。じゃあ、引き続きよろしく頼んだぜ?」

「はい!」

「館澤さんも、よろしくな?」

「あ・・はい。」

 

・・やっぱり、鹿嶋さんのこの微笑みは、世界一色っぽくて格好良いと思う。

鹿嶋さんと別れて2日目。まだ鹿嶋さんと一緒にいた事は忘れられないけれど、昨日よりは気持ちが浮ついてないと言うか、仕事に集中出来る気はする。

それに、丸山さんも鹿嶋さんも、私に『自信を持って』って言ってくれた。私、自分が思ってるより、ちゃんと仕事出来てるのかな?

うん、頑張ろう。私がそう思った時、丸山さんが戻ってきた。あれ?もう5分経ったっけ?

 

「・・館澤さん。突然ですけど、付かぬ事をお聞きしてもいいですか?」

「えっ?はい、何でしょうか?」

「・・鹿嶋さんなんですけど・・・・それまで、館澤さんの事を名前で呼んでましたよね?でも、先ほど『館澤さん』と呼んでいたので、俺驚いちゃって・・・・何かあったんですか?」

 

ウッ。丸山さんにそう聞かれると、答えづらいんだけど・・・・

当の鹿嶋さんはと言うと、自分の席について、パソコンに向かってお仕事している。

そんな鹿嶋さんの仕事してる真面目な姿は格好良いなぁ、なんて見惚れつつ、私はどう答えようか迷うに迷ったあげく、返事を濁してみた。

 

「えぇ、はい。ちょっと・・・」

「そうなんですか・・・・俺、お2人がお付き合いしてるのは、知ってたんですけど・・・・」

「えっ!?そうなんですか!?」

 

ウソッ!?どうして丸山さんが知ってるの!?だって、鹿嶋さんの事を名前で呼ぶ人って、私以外にも何人かいるんだよ?

それに、この関係は隠そうって事で、私と鹿嶋さんは、会社以外の所でデートとかするようにしてた。それが、どうして?まさか、なつみちゃんが言ったとは思えないし・・・・

 

「・・はい。俺、見ちゃったんです。街中のデパートで、お2人が仲良く一緒にショッピングしてるの・・・・」

「そうだったんですか・・・丸山さん、すみません。何だか、かえって気を遣わせてしまったようで・・・」

「そんな事ないです!考えてみれば、鹿嶋さんはよく館澤さんに話しかけて様子を伺ってましたし、今もそれは変わらないので、続いてるのかな?って思ってたんですけど・・・・すみません。俺、すごく迷惑な質問しちゃいましたよね・・・・」

「いえ、そんな!むしろ、すみません!丸山さんに、気を遣わせちゃって・・・・」

「いいえ、そんな事ないです!・・・って、うわっ!すっかり時間過ぎちゃいましたね!じゃあ、始めましょうか。館澤さん、心の準備はいいですか?」

「は、はい。何だか、別の意味で緊張しちゃうんですが・・・・」

「アハハッ、大丈夫ですよ!頭の中、お仕事モードに切り替えて下さいね!じゃあ、もう1回最初からやってみましょう!」

「はい!よろしくお願いします!」

 

こうして、マニュアルを基本とした、私なりの喋り方で丸山さんとロープレをしていく。

丸山さんは本当のお客さんらしく、『ちょっとよく分からないんですが〜』とか、『何かそれって難しくないですか?』とか切り返すのを、私が何とかつなげていってる感じ。

私が今回喋る事になるのは、既契約のお客様が対象。だから、全く知らないお客様に話すより、幾分かは楽なんだけど・・・・

某サービスにある物の中で、『ケータイ番号登録すると更におトクになりますよ』っていう案内兼登録件数獲得の為に電話をかけていて、この業務は『利用促進』って呼ばれている。

登録が無料で、この電話で即出来ますって言っても、いきなりこんな電話きたら、やっぱり驚かないかな〜?私が客だったら、『考えさせて下さい!』とか言って煙に巻いちゃいそうだけど・・・・

なんて、そんな事考えてちゃダメダメ!何とか登録にこぎ付けた所で、ロープレ完了〜。フゥ〜、段々やる気が出てきました。

 

「はい、OKです!ただ、1点だけ。館澤さんって、お客さんが引いちゃうと、自分も身を引いちゃいません?」

「あっ、はい。お客さんも、嫌がってるなって思っちゃうので・・・・」

「う〜ん・・・・でも、このサービスを使う事で、もっとお客様にとってより良いサービスを提供出来るんだって考えると、このおトクさを伝えたい!って思いませんか?」

「あ・・・それは、確かに・・・・」

「ですよね!なので、お客さんが引いてもこっちは引かないで、もっとこのサービスの魅力を存分に伝えちゃって下さい!むしろ、今回のサービス使わないと損しますよって勢いで!そうじゃないと、なかなか獲得は出来ませんから!」

 

あ、なるほど・・・・確かにそうだよね。私が引いちゃダメだよね・・・・

 

「はい、分かりました。」

「それじゃあ、今度俺思いっきり引いてみますから。どんどんサービスアピールしてみちゃって下さいね!」

「えぇっ!?そっ、それは、ちょっと・・・!」

「大丈夫です、このサービスの魅力は沢山あるんですから!それを、俺に分かりやすく伝えてみて下さい。じゃあ、最初の名乗りから、よろしくお願いしますね!」

「は、はい・・・・」

 

ヒィ〜!丸山さんにそう言われたら、頑張るしかないじゃないですかぁ〜。

よぉ〜っし!丸山さんの言う通り、頑張ってこのサービスの良さを一杯伝えてみよう!
















気が付けば、もう昼休みか・・・・ずっとパソコンの画面ばかり見てたから、何だか体が固まっちまったようだ。

俺が立ち上がって首を回したり、軽く体を動かしていた、その時だった。『鹿嶋さん、お疲れ様です!』と言って、丸山君がこっちに来たのは。

 

「お疲れ様。どうだ?館澤さんの調子は。午後にはいけそうか?」

「はい、バッチリです!ただ、1回目だけは、俺がモニタリングして隣に付いててもいいでしょうか?」

「あぁ、構わない。よろしく頼んだぜ?」

「はい!」

 

さすが丸山君だな。あの笑顔から察するに、清香をほぼ完璧な状態に持ち込んだようだ。

さて、その清香はと言うと・・・・ん?まだ席に座っているのか?

複数のOPが立ち上がって昼休みに入る中、おまえは昼休みに入ったにも関わらず、必死にマニュアルを目で追っていた。

一生懸命だな・・・・そんなおまえを応援したい。それ位は、上司のする事として、別れても許される・・よな?そう考えたら、いても立ってもいられなかった。

 

「お疲れ様。」

「あっ!はい、お疲れ様です。」

「どうした?もう昼休みだが、飯食いに行かないのか?」

「はい。もう1回だけ、復習しておきたくて・・・・」

 

ひたむきだな。そんなおまえを、とても愛しいと感じる。

こうして頑張っているおまえを見てしまった以上、上司の俺が手伝わない訳にはいかない。おまえの事を、助けてやりたいんだ・・・・

 

「そうか。なら、俺がロープレの相手をしようか?」

「えっ?いいんですか!?」

「おまえが構わないのなら。」

「あ・・あの。お願い、してもいいですか?」

「もちろん。じゃあ、おまえの心が決まったら始めてくれ。」

「はい・・・・・」

 

おまえは返事をして少ししてから、ほぼマニュアルの通りに話を進めていった。

だが、大幅に変えている箇所も見受けられるな。この辺は、丸山君のアドバイスがあったんだろう。なかなか上手く出来ている。

 

「このサービスを登録するのは、すぐに出来るんですか?」

「はい。このお電話で、すぐに出来ます。お決まりでしたら、よく使われる携帯電話番号を仰っていただければ、すぐにご登録させていただきます。」

「そうですか。これって、いくつまで指定とかあるんですか?」

「はい。3つまで、よく使われる番号を登録出来ます。」

「・・じゃあ、1つ目です。090・・・・」

 

俺も入社した時は、こうして必死にマニュアル見ながら、徐々に自分で改変していったっけ。

最も、俺が入社した時はこの1課すらなかったし、もっぱら受信側で、かかってくる客の電話対応をしていたんだが・・・・

いいな。おまえの一生懸命な姿は、電話を受けた客にも伝わるだろう。その一生懸命さに、客が惹かれる時もあるし・・・・良い雰囲気だ。

 

「・・それでは、ありがとうございました。私、館澤が受付させていただきました。失礼致します。」

 

ロープレ終了。経過時間は・・・5分ちょっとか?

あまりイジワルな質問しなかったのもあるが、時間的にもこれ位スムーズに進めば丁度良いな。

 

「・・よく出来てる。頑張ったな。」

「は、はい!ありがとうございます。」

「そこまで出来てるなら、心配する事はない。まだ、少し自信なさそうなのが気がかりだが。おまえは出来るんだ。だから、もっと胸を張っていい。」

「はい・・・鹿嶋さん、ありがとうございます!」

 

わざわざお辞儀されても、かえって困るんだが・・・・本当に、おまえはひたむきだな。

もっと早く、おまえのそんな魅力に気付いていれば良かった。もちろん、付き合ってた時から可愛い子である事に変わりはなかったんだが・・・・今になって、その可愛さが更に出てきたような気がする。

・・いや、違うな。おまえは、何も変わってない。俺の気持ちが、変わったんだ・・・・おまえを深く愛しているから、ますますそう感じるんだろう。

 

「いや、大した事はしていない。それより、昼休み大丈夫か?」

「あ・・はい、大丈夫です!その、すみません。鹿嶋さんも、お昼休みですよね?」

「あぁ。だが、俺は後からいくらでも時間が取れるから問題ない。だから、おまえは早く行ってゆっくりして来い。おまえの休み時間は、俺みたいにずらせないんだから。」

「はい・・・・あの、鹿嶋さん。」

「ん?どうした?」

「その・・・・本当に、ありがとうございました!」

 

参った。そんな風に、深々とお辞儀されても、な・・・・

本当は抱き締めたい所だったが、さすがに職場でそんな事は出来ない。ポンと清香の肩に手を置くのが精一杯だった。

 

「!・・・」

「礼はいい。それより、早く休んで来い。藤沢さん、待ってるんじゃないのか?」

「あっ、はい・・・・!鹿嶋さん、本当にありがとうございました!行って来ます!」

「あぁ。」

 

やっと行ったか。こうして、おまえの笑顔を見られる事が、今の俺にとってどれほど幸せな事か。おまえは、想像もしてないだろうが・・・・

礼を言うのは、俺の方だよな。ありがとう、清香・・・・・・


  

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