第13話

翌日・みどりの日。昨日七馬が言っていたように、今日は姉の悦子と七馬でみどりの日特有のイベントに出ているのだろう。及子はそんなことを考えながら大好きな音楽をMDで聴いたりして過ごしていたのだが、突如午後2時頃、玄関に花が咲いた。

「たっだいま〜!及子〜、いる〜?」

このようなハイテンションボイスの声で自分を呼ぶのは姉の悦子しかいない。及子は少し驚きながらヘッドホンを取って部屋のドアを開けて、2階から悦子を出迎えた。

「いるよ〜。どうしたの〜?って、匠さんに七馬!?」
「どうも、お邪魔しております。」
「よっ。元気してたか?」

姉の悦子の声だけ聞こえたと思って油断していたら、そこには眼鏡をかけたクール美形な悦子のマネージャー・匠と超美男子のアイドル・七馬までいたのだ。及子が驚くのも無理はない。

「ウフフフッ!及子、降りてきてくれるかしら?あなたにおみやげがあるの!」
「おみやげ?ン〜、分かった!」

そう返事をして、及子はダダダッと階段を降りて玄関の方に行った。そこで悦子が及子に差し出したものは、桃色の小さな花が沢山咲いている観葉植物だった。

「可愛いでしょう?今日ね、イベント帰りに主催者さんからもらってきたの!」
「へぇ〜、確かにキレ〜。これ何ってゆーお花なの?」

及子がそう聞くと、悦子はきょとんとした顔をして匠に尋ねた。

「あら、何だったかしら?匠ちゃん、七馬ちゃん、覚えてる?」
「エリカ・ワルケリアです。エリカ属は観葉植物の中でも人気が高いのですが、その中でも悦子さんは良い物をいただいてきたと思いますよ。」
「わぁっ・・匠さん、さすがです!!」

匠の知識の深さに及子は感心すると、悦子が嬉しそうに笑顔で言った。

「それはそうよ〜、私の匠ちゃんだもの〜!ってゆーか、匠ちゃんも七馬ちゃんも植物大好きなのよね!!」
「はい、そうですね。」
「・・七馬君の家は、代々緑を何よりも大切にしてきた一族ですからね。植物の知識でしたら、僕より七馬君の方があるのではないかと・・・・」

意外な所でまた七馬の一面を知ることが出来た及子は言葉にこそ出さなかったものの、内心驚き関心を示していた。さすが七馬の義兄である。

「いや、そんなコトねぇよ匠さん。知識なら匠さんの方があるって。ただ、俺の方が緑に接する機会が多いだけで・・・」
「そうなの〜。ねぇ、匠ちゃ〜ん。私、お花って詳しくないの。女の子って、やっぱりこういうこと知らないとダメかしら?」
「そんなことはないですよ。ですが・・悦子さんが興味あるのでしたら、今度教えましょうか?」
「ホント!?嬉しいわ〜!匠ちゃん、大好き!!」

悦子は嬉しそうに匠に抱き着いた。匠は苦笑してそんな悦子を見つめていたが、すぐに匠が及子と七馬に軽く頭を下げた。

「申し訳ないです。及子さん、七馬君・・・・」
「あっ、いや!あたしは全然イイですよ!ラブラブな所邪魔するワケにはいきませんし・・・・取り敢えず皆、まずは家の中入ろうよ。何か飲み物入れてくるけど、何イイの?」
「ゴゴティーがいいわ!!匠ちゃんと七馬ちゃんは?」
「俺はアイスコーヒー1つ。」
「・・僕のことはお構いなく・・・・」
「そんなこと言わないで、匠ちゃん!七馬ちゃんと同じアイスコーヒーでイイ?」

悦子がそう言うと、匠は目を閉じてスッと眼鏡を持ち上げた。何も言わなくてもそれが匠の肯定の印であることは、恋人の悦子にはよく分かっていた。

「じゃあ、及子!ゴゴティーとアイスコーヒーよろしくね〜!!さ、匠ちゃん、七馬ちゃん!上がって、上がって!」
「邪魔するぜ〜。」
「・・お邪魔致します・・・」

及子は取り敢えず観葉植物を玄関の脇に置いてから飲み物を用意するべくキッチンの方に行ったのだが・・・幸せそうな悦子が、何となく恨めしかった。
もちろん悦子が姉で、自分とは全く違うアイドルであることを及子はよく分かっているつもりだが・・・今及子が叶わない恋をしているからこそ、既に意中の人と結ばれた悦子が尚更羨ましかった。
しかもその相手は、自分の恋している人の義兄だ。及子はカップに飲み物を注ぎながら溜め息をついた。

「ハァ〜。あたしも姉さんみたいに可愛い!って思えるような女になりたかったな〜・・・・」

いくら及子と悦子が姉妹とは言え、顔立ちは明らかに悦子の方が可愛らしいのは妹の及子がよく分かっていた。実際及子はそれまでモテた経験もない。今までそのようなことを悔やんだり悩んだりすることはなかったが、七馬に恋をしてしまってからはやはり異性にどう見られているのか気になるのは当然のことだった。
そうして及子は内心暗くなっていたのだが、リビングから3人の談笑する声が聞こえてきたことで気持ちを入れ換えて、笑顔でカップを手に取り、持っていった。

「七馬、匠さぁ〜ん、アイスコーヒーで〜す。姉さんはゴゴティー。」
「ウフフッ、ありがとう!及子。」
「サンキュ。もらうぜ。」
「すみません、及子さん。いただきます・・・」
「及子?あなたは何か飲まないの?」

このまま3人の所にいても邪魔なだけだろう。イベント帰りの3人なのだから、恐らく今日の反省会などもあるに違いない。
そういえば昨日七馬は豪華ディナーを、とか言っていたが、なぜこうして及子の家に来たのだろうか?ふとその疑問が頭をよぎったものの、結局及子は何も聞かずに答えた。

「いや、あたしはイイんだ。匠さん、七馬、ゆっくりしてってね!」
「はい。ありがとうございます、及子さん。」
「・・おまえ、どっか行くのか?」
「えっ?いや、自分の部屋に戻ろうかと・・・・」
「んじゃ、俺も一緒に行ってイイか?」
「はぁっ!?何で!?」

及子が驚くのをよそに、七馬はアイスコーヒーのグラスを持って立ち上がり、及子の傍にきた。たったそれだけのことなのに、及子はつい顔が熱くなってしまった。

「何でって・・悦子さんと匠さんの邪魔出来ねぇだろ?なぁ?匠さん。」
「あぁ。僕のことはいいんですよ、七馬君。」
「ダメだぜ?匠さん。そうして遠慮ばっかしてちゃ、良いコトないって。それに・・・」

七馬が匠の耳元で何か囁いているようだ。及子と悦子には何も聞こえなかったが、話し終えてから匠は目を閉じ、眼鏡を持ち上げた。

「・・分かりました。七馬君がそこまで仰るのでしたら・・・・」
「匠さん、たまには素直になれって。んじゃ、行くぜ?及子。おまえの部屋でアイスコーヒー飲めるよな?」
「えっ!?い、一応は・・・・」

及子がそう返事をすると、七馬は笑顔を見せた。

「んじゃ、決定だな。悦子さん、匠さん。また後で。」
「うん、七馬ちゃん!及子のことをよろしくね!」
「ありがとうございます、七馬君。及子さんも・・・」
「あっ、いえ!どう致しまして!そんじゃあ、七馬。こっち・・・」

成り行き上仕方ないことなのかもしれないが、及子は七馬を自分の部屋に案内した。こちらの家に越してきてまだそれほど経っていないことで、物が散らばっていることはない。ホッと安心しながら、及子は七馬を部屋の中に迎え入れた。


  

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