第16話

ゴールデンウィーク明けの大学。何となくだらけた気分の中で今日の講義が終わった。

「はぁ〜、ようやく終わったよ〜。1日長かったな〜。」
「ま、休み明けだからな。」

及子がだらけた感じで机にベターッと横になる。七馬はそんな及子を見て微笑みながら一言そう言ったのだが、相変わらず七馬の人気ぶりと言ったら凄まじいものがある。及子がこうしてだらけている間にも複数の女の子達が七馬の所にやって来て、「七馬様、また明日!さようなら〜!」と、敢えて七馬の所に行って挨拶していったり、「七馬様大好きです〜!」と言って七馬に抱き着く人がいたりと様々だ。
今、七馬の元に来ているのが正しく後者の女の子達だった。3人位で一緒に来て、それぞれ七馬に抱き着いて「好きです!ファンですからね!」など言いながら帰りの挨拶をして去って行くのだ。全く嫌がらずに動じない七馬はスゴいな〜、と思いつつ、同時に女好きかと思うと及子の心がチクチクと痛んだ。
5分位して人波が落ち着いてから、七馬は「フゥッ・・・」と溜め息をついて前髪をかき上げた。その仕種1つでドキッとさせるような男らしさと色気を感じさせる七馬を見て、及子はいつもドキッとさせられていた。
今もそうだ。しかしそのドキドキを七馬に悟られてはいけないので、だらけたフリのまま敢えて七馬の方を見ないでいた。

「おい、大丈夫か?おまえ。ボーッと机に突っ伏して・・・・」
「ん、何とかね。はぁ〜、何か動きたくないかも〜。先帰ってイイよ?七馬。」

大抵七馬は帰りを及子に合わせてくれているのだ。そして七馬はリムジンを学校に迎えによこし、及子の家まで送ってくれる。すっかり七馬の召使・七馬がいつも「爺」と呼ぶ白髪の老人とも親しくなっていた。

「別にイイよ、急ぎの用事とかねぇし。おまえと一緒に俺もだらけるかな・・・ハァ〜。」

そうして七馬も机に横になり、及子を見つめる。七馬のどこか色っぽくとてもカッコ良い余裕の表情で見つめられると、及子はつい顔が赤くなってしまう。

「あ、あのさ、七馬。あたし、見るような顔してないから・・・」
「何言ってんだよ。謙遜すんなって。」
「謙遜じゃない!!とにかく、あんま見ないで欲しいの。いいや、あたしこっち向くから・・・」

及子は恥ずかしくなって七馬に背を向けた。お願いだから突っ込みはなしにして欲しい、と及子は思ったのだが、そういう訳にはいかないようだ。

「何だよ。照れてんのか?」
「照れてない!」
「ムキになってる所が、いかにもそれっぽいぜ?」
「ウゥッ・・照れてないってば照れてないの!!第一あんた、あたしをからかっててそんなに楽しい!?」

及子が七馬の方に向き直ってそう聞くと、七馬は少し驚きながらも断言した。

「別に、おまえのコトからかってるつもりねぇんだけど。」
「はぁ!?ちょっとあんたね〜、いい加減にしなさいよ!また1週間前と同じコト言わせる気〜!?」
「だから、俺はおまえのコトからかってるつもりは一切ねぇっつの。これが俺の地なんだからどうしようもねぇだろが。」
「・・・あんた、つくづく女の子誤解させてそうだよ?それ・・・・」

及子がそう呟くと、七馬が難しそうな顔をした。

「そうか?別にんなコトねぇと思うんだけど・・・・」
「自覚ないし・・・・んまぁ、イイや。体休めたし、帰ろっと!」

さり気なく七馬に突っ込みを入れつつ、及子はようやく立ち上がった。七馬も及子にならって立ち上がる。

「んじゃ、俺も一緒に帰るぜ。わりぃんだけどさ〜、今日は爺が他の用事でこっちに来れそうにねぇんだ。だから、今日は歩きだけどイイか?ちゃんとおまえんちまで送るから。」
「はぁっ!?い、いや、別にイイって!!だって七馬んちって、あたしんちとは逆方向でしょ!?」

七馬と一緒に帰るようになってから、すぐにそれは聞いていたことだった。車だからまだ良いようなものの、歩きとなるときついのではないのだろうか?
それに、及子はつい期待してしまいそうになるのが怖い。七馬が、もしかしたら自分のことを好きなのではないかと・・・・・

「別に、そんなの関係ねぇだろが。とにかく帰ろうぜ?」

そうして七馬が歩き出したことで、置いてきぼりになりたくない及子はつい七馬の背中に付いて歩いた。本音を言えばとても嬉しくて、「ありがとう」などと言うべきなのかもしれないが、どうしても素直になれなくて言おうにもタイミングを逃して言うことが出来なかった。
そんな自分を及子は反省しつつ、七馬と大学を出て外に出たのは良かったのだが。

「ゲゲェ〜ッ。雨ぇ〜!?聞いてないんだけど・・・・」
「マジだな・・・今日って天気予報って雨だったか?」
「うぅん。降水確率は10パーだったよ?何この雨・・・通り雨だよね?」

そう、外は雨が降っていたのだ。勢いが強く、傘なしではとても歩けそうにない。

「・・どうだろな。あぁ、そういえば俺、置き傘してたんだった。」
「はぁ!?」

丁度大学の出入り口前から少し歩いた所に傘置き場があるのだ。七馬はすぐに傘を持って及子の所に戻ってきた。

「これで帰れるな。行くぞ?」
「はぁ!?い、行くって・・何!?相合傘!?」

こんな嬉しいことがあって良いのだろうか。及子が顔を赤くしてワタワタと手をバタつかせながらそう言うと、七馬はフッと余裕の笑みを浮かべてみせた。

「トーゼンだろ?別にイイじゃん。雨のせいで風も冷たくなってるから、くっつけば少しは暖かいだろ?」
「くっつけばって・・・ダ、ダメダメ!!そんなコトしたら、あたし七馬ファンの人全員に殺されるから!!」
「ハハハハッ!んなコトあるワケねぇだろが。イイから変なコト言わずに傍に来いよ。」

そうして七馬は傘を広げて及子を見た。どうやらこれは諦めるしかないようだ。いや、もちろん及子としては嬉しいハプニングではあるのだが、どうもドキドキして落ち着かない。
それでも何とか心を落ち着かせようと、及子は1回深呼吸をしてから七馬の隣に行った。それから七馬が傘を持って、2人で一緒に歩き出す。雨の勢いは強く、傘に当たる雨の音もとても激しかった。

「何だろうね、この雨。強すぎ!」
「そうだな・・・ま、おまえとこうして歩けるなら別にイイか。」
「はぁ!?か、七馬。それどーゆー意味!?」

及子が驚いてそう聞くと、七馬は余裕の微笑を浮かべてから、いきなり及子の肩を抱いて引き寄せてきた。ただでさえ近かった七馬との距離が余計に近くなって、及子のドキドキが一気に激しく強くなった。

「どーゆー意味もこーゆー意味もねぇよ。そのまんまの意味だっつの。」
「あ、あのね〜!それは分かったから、この肩に置いてる手は何!?」
「さみぃんだよ。おまえが傍にいれば暖かいだろ?」
「あたしはあっついってば!離してよ!!」

及子がムキになってそう言うと、七馬は優しく微笑んだ。その七馬の微笑を見て、及子は胸が痛くなった。どうして七馬の微笑はこんなに及子の胸を打つのだろうか。やはり七馬のことが好きで、誰よりもカッコ良いからだろうか?


  

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