第20話

それから更に1週間が過ぎた今日。何となく七馬のいない生活に慣れてきた及子だったが、やはり大好きな人に会えないのはつらい。

七馬が1ヶ月学校に来ないことを分かってても、つい七馬のことを思い浮かべては追いかけてしまいそうな自分が怖くて、及子は今日も友達と別れてから即家に帰ろうと思っていた。このまま学校にいたら、いる筈がないのに七馬のことを探してしまいたくなるからだ。

「何かもうヤダよね〜。恋の病って本当にあるのかも・・・・」

及子が自嘲気味にそう呟き、帰り支度をまとめて鞄を手にしたその時だった。「あっ、沙織様!こんにちは〜。」と言う何人かの女の子達の声が聞こえてきたのは。
気が付いてそちらの方を見てみると、沙織は挨拶してきた子達に笑顔で会釈した後、そのまま及子の所にやって来た。
いつでも沙織は優雅で笑顔を絶やすことがない。着ている洋服もいつも上品で、本当に大財閥のお嬢様なのだなぁ〜、と感心させられる。

「及ちゃん、御機嫌よう。今からお帰りでしたか?」
「あっ、沙織!うん、今から帰るつもりだったけど・・・どしたの?沙織がこっちに来るなんて・・・・」
「えぇ。及ちゃんがいらっしゃるのでしたら、私のよく行く喫茶店にご案内しようかと思いましたの。たまには及ちゃんとご一緒にティータイムを過ごしたいですわ。」

笑顔でそう言った沙織だったが、及子としては驚くべきことであった。

「えぇっ!?沙織の行く喫茶店でしょ〜!?あたしがお金払えるような所なの〜!?」
「オホホホホッ!及ちゃんったら、そのようなご心配は要りませんわ。予め担当の者に頼んで料金は支払っておりますの。」
「そうなの!?それって、かえって申し訳ないような・・・・」
「そんなことはございませんわ。及ちゃんがご一緒して下さるなら、これほど嬉しいことはございませんもの。こちらの大学に入ってからと言うもの、七馬に邪魔されてばかりで及ちゃんとまともにご一緒出来なかったのですわ。しばらく私も忙しくて、なかなか及ちゃんにお会い出来ませんでしたけれど・・・今日は都合が良かったのですわ。ですから、及ちゃんさえよろしければ是非・・・・」

そう言われてみると、確かに沙織とまともに一緒に時間を過ごしたことがない。いずれにせよ学校を出られるのなら、たまには沙織とリッチな時間を過ごしてみるのも良さそうだ。

「あっ、うん。あたしは構わないよ!ただお金のコトが申し訳ない気もするけど・・・よろしくね、沙織!」
「えぇ、及ちゃん。ありがとうございます。お金のことでしたら気になさらなくて良いのですわ。及ちゃんの為でしたら、どうってことございませんもの。そうですわね・・・後5分ほどで車が乗り場に到着すると思いますの。参りましょうか?及ちゃん。」
「うん、OK!」

こうして沙織と学校を出た及子は、少しドキドキしていた。七馬の時はいつもリムジンが来ていたが、沙織の時はどんな車が来るのだろうか?

「ねぇねぇ。沙織はどんな車に乗ってるの?」
「そうですわね〜。いくつかあるのですが、今来させるのはロールスロイスですわ。」
「ロッ、ロールスロイス〜!?」

さすがは大財閥。常人では考えられないような車の名前を平気で口にしてくれた。
しかもいつもと全く変わらない優雅な笑顔を浮かべる沙織は最強である。及子が驚いても、沙織が笑顔を崩すことはなかった。

「はい。及ちゃんとご一緒するのが、本当に楽しみですわ。」
「アハハハハ〜、そうだね〜。あたしも楽しみにしてるよ!」

と言っていた所で、ロールスロイス車が丁度やって来た。沙織と共にロールスロイスに乗り込んだ及子だったが、喫茶店は大学から思っていた所より近場にあった。
相変わらず大財閥の乗る車は外装も内装もリッチで豪華だなぁ、などと及子が思っていると、5分程度ですぐに目的地に到着したのだ。
沙織と共に車を降りると、そこには小さな喫茶店がポツンとあった。

ゴージャスな沙織のことだから、もっと大きくてすごい所に連れて行かれるのかと思ったが、意外と庶民派なのだろうか?実際中に入ってみたら、お客は数える程度しかいない。店の中もしゃれてはいるものの、あまり高級そうな雰囲気ではなかった。
しかし、メニューに書かれているコーヒーなどの値段を見ると、若干普通の喫茶店より高い感じだ。どうやら見た目以上に豆にはこだわりを持っているお店のようである。

「沙織様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました〜。」
「はい。今日もいつものを2つ、よろしくお願い致しますわ。」
「畏まりました。お作り致しますので、どうぞお待ち下さいませ。」

店主であろう男性が沙織にそう挨拶すると、及子にも軽く会釈していった。及子も慌ててお辞儀すると、沙織は出されたお冷を少し飲んでから笑顔を見せた。

「オホホホホッ。及ちゃん、少し驚かれてらっしゃるようですわね?」
「えっ!?うっ、うん。何とゆーか、思ってたよりアットホームなお店かなぁ?と思って・・・・」
「そうですわね。ですが、このお店のコーヒー豆は大変良く厳選されたもので、それはそれは味わい深いのですわ。ケーキも美味しいですし、人もあんまりいらっしゃいませんし、及ちゃんとご一緒に色んなお話も出来ますし・・・私にとっては、非常に都合の良い場所ですわ。」
「アハハハハ〜、そうなんだ〜。ってことは、沙織はよくこのお店に来るの?」
「えぇ。ゆっくり落ち着きたい時には、よくこちらに参りますわ。特に喧騒から離れたい時は、必ずと言って良いほどこちらに来てしまいます。」
「ふ〜ん。やっぱり沙織も、色々大変そうだね・・・・」

及子がそう言って少し水を飲むと、沙織はゆっくりと首を横に振った。

「そんなことはございませんわ。私より、及ちゃんの方がおつらくないですか?」
「えっ?ええぇぇっ!?あたしが!?何で!?」

及子が驚いてそう聞くと、沙織は穏やかな笑みを絶やすことなく、優雅に答えた。

「及ちゃんは、こちらに越して来られたのでしょう?慣れない環境で七馬にひどいことをされているのだと考えると・・・・」
「いっ、いや、沙織。それは誤解だと思うんだけど・・・?」
「あら、そうでしたか?及ちゃん、七馬に本当にひどいことはされておりませんの?私、及ちゃんの身の上が心配なのですわ。」

沙織が不安そうにそう言ってきたことで、及子は嬉しいながらも少し困ってしまった。
自分を気遣ってくれることが嬉しい一方で、沙織が完全な誤解をしてしまっているからだ。及子は「う〜ん・・・」と唸ってから、考えをまとめて沙織に言った。

「沙織がどう思ってるかは分からないけど・・・七馬は、あたしにとっても優しくしてくれてるよ?ひどいコトなんてされてないから大丈夫!心配しないで。」
「及ちゃん・・・・そうでしたか。分かりました・・・・・少しは、安心して良いようですわね。」

沙織がそう言ったその時、先ほどの男性がお辞儀をして注文の品をゆっくりと置いた。
そういえば及子は沙織が何を頼んだのかよく分からずにいたが、今こうして出された物を見てみたら、コーヒーとケーキのセットであった。
しかもケーキは及子の大好きなイチゴの乗ったショートケーキだ。及子は思わず「うわぁっ・・・」と声を漏らして目を輝かせてしまったのだが、それをバッチリ沙織は見ていた。

「オホホホホッ。及ちゃん、ショートケーキがお好きでしたか?」
「うん!あたし、ケーキなら断然ショートケーキなんだよね〜。ラッキー!いっただっきま〜す!」
「私も、いただきます。」

そうして2人でコーヒーを飲んだりケーキを一口食べたりした。及子はケーキの美味しさとコーヒーの濃厚な味わいに思わず感動してしまった。

「うっわぁ〜っ。生クリームがとっても美味しい〜!!このスポンジも柔らかいし、コーヒーはとっても濃くて美味しいし・・・沙織、さっすが良い店知ってるね!」
「お気に召して下さって嬉しいですわ。七馬やテルもここを知っておりますから、今度は4人でこちらに行くのも悪くなさそうですわね。」
「そうだね!うん、おいし〜!!」

生クリームは従来のケーキと違ってムカムカする感じがしないし、コーヒーの味も市販のインスタントとは比べ物にならない濃い味わいがあった。
沙織に感謝しつつ及子がゆっくりケーキを食べていると、沙織も落ち着いたようで、コーヒーを少し飲んでから及子に声をかけた。

「・・及ちゃん。先ほど私は、及ちゃんにお聞きしましたわね?『おつらくないですか?』と・・・」
「えっ?うん。どうしたの?沙織・・・?」

いつもの沙織なら優雅な笑顔を見せているのに、今は違った。何かを決心したような、強い意志をその瞳に宿していたのだ。
及子が少し驚いて沙織を見つめると、沙織もそのままの表情で及子を見つめた。

「及ちゃん・・・及ちゃんは、元々この七宝市琥珀区に住んでいらっしゃったのですが・・・そのことは、ご存知でしたか?」
「えっ!?さっ、沙織がどうして、そのこと知ってるの?」

及子が驚いてそう聞くと、沙織は胸の真ん中に両手を当てて目を閉じた。

「及ちゃん・・・・及ちゃんは、そのことをどなたからお聞きしましたか?」
「えっ?姉さんだったよ?あたしが大学合格が分かった日に、姉さんと電話で話して、それで・・・・そっか。だから沙織も知ってたの?」
「いいえ、私は悦子さんに聞いたのではないですわ。初めから知っていたのです・・・・」
「えっ?それ、どーゆーコト?沙織。何で・・・!?」

なぜ沙織がそんなことを知っているのだろうか?しかも「初めから」とは、どういうことなのだろうか?
疑問だらけで及子はどこから突っ込んで良いか分からなかったが、沙織はそれまでの表情から一転して、いつもの優雅な笑顔を見せた。

「オホホホッ。それは、私が及ちゃんのことを、小さい頃から大好きだったからですわ。」
「小さい頃から・・・・?」
「はい。私と及ちゃんは、幼馴染なのですわ。」
「えっ・・・・?ええぇぇーーーーーっっ!?マママ、マジで〜〜!?」


  

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