第21話

及子が絶叫してそう言うと、更に沙織は衝撃的な事実を付け加えてくれた。

「はい。ついでに、七馬もですわ。及ちゃんと七馬の方が、私より若干早くお友達でしたのよ?」
「えええぇぇぇーーーーーっっ!?ウソ、ウソッ!?んじゃあ、そしたらっ、沙織と七馬は・・・!?」
「・・入学式のあの日、私と七馬は及ちゃんにお会い出来ることを、とても楽しみにしていたのですわ。小学校を卒業するまでずっと一緒でしたもの・・・・私も七馬も、及ちゃんのことを忘れる筈がないのですわ。」
「ウソッ!?あたしと、沙織と、七馬が、小学校まで一緒だったの・・・・!?」

及子はそんなことまるで知らなかった。及子が物心ついたのは中学校の時だったから。

「はい。幼稚園の時からずっと、私と七馬は及ちゃんと共にいたのですわ。及ちゃんが交通事故に遭ってしまう日までは・・・・」
「交通事故?あたし、交通事故なんか起こしたことないんだけど・・・・」
「オホホホッ、それはそうでしょうね。及ちゃんが起こした事故ではございませんわ。巻き込まれてしまっただけですもの・・・・」
「巻き込まれた・・・・?あたしが、何の事故に?」

及子が驚いて聞くと、沙織の顔からはさすがに笑顔が消えていて、悲痛な面持ちだった。

「・・車と車の衝突事故ですわ。その時の事故で、及ちゃんはお父様と、ご自分の記憶を失くされたのですわ・・・・」
「えっ!?ちょっと待って、沙織!あたしは記憶なんて失くしてないよ!!確かに父親はあたしが小6卒業した時に事故に遭って、亡くなったけど・・・あたし、その時の事故になんか巻き込まれてないよ?」
「・・・そうでしょうね。それは、及ちゃんがご記憶を失くされてから、新たに作りかえられた記憶なのですわ・・・・及ちゃんが事故に巻き込まれてから、私と七馬はお会いすることを許していただけませんでした・・・・それからすぐでしたわ。及ちゃんとお母様が、遠い地にお引っ越しされてしまったのは・・・・」
「えっ・・・?」
「・・私と七馬は、お別れのご挨拶すらさせていただけませんでした・・・・確かに、あの時の及ちゃんは危険な状態でした。それは分かっていたのですが・・・・とても、とてもつらかったです。例え私と友達だった記憶がなくても、及ちゃんとはお別れする前にお話がしたかったのですわ・・・・!」
「さっ、沙織・・・・!?」

及子は慌てふためいて沙織の肩をそっとさすった。そう、沙織は涙を流していたのだ。

「・・申し訳ございません、及ちゃん。私、あの時のことを思い出すと、どうしても悲しくなってしまうのですわ・・・・友達として、何もしてあげられなかった・・・そのことが、悔やまれてならないのです。」
「沙織・・・・」

及子が驚いて沙織を見つめると、沙織はハンカチで涙を拭きながらも笑顔を見せた。その笑顔はいつも以上に優雅で気丈で・・・同じ女ながら、沙織がいつにも増して美しく見えた。

「・・及ちゃんのご記憶がなくても、こうしてまたお会いして、仲良く出来た・・・それは、悦子さんがこちらに残って下さったおかげでもありますし、私と七馬が、ずっと及ちゃんのことを強く想っていたからなのでしょうね。」
「沙織・・・・そっ、そういえば・・・七馬、は?」
「はい?」
「七馬も、その・・・あたしが幼馴染だってこと、沙織みたいに知ってるの?」

及子が少し顔を赤くして恐る恐るそう尋ねると、沙織はすっかり涙も消えて、いつもの優雅な笑顔を見せた。

「はい、もちろんですわ。先ほども申し上げましたが、私より七馬と及ちゃんの方が先に仲良くなっていたのですもの。及ちゃんと七馬がご一緒にいらっしゃるだけで、私まで幸せになってしまいそうな位、お2人はとても仲がよろしかったですし、楽しそうでしたわ。」
「そうだったんだ・・・・あたし、全然知らなかった。ごめん・・ごめんね、沙織・・・・」
「及ちゃん・・・・」

沙織の先ほどの涙に触発されたのか、及子の目から熱い涙があふれて止まらなかった。それに及子は、沙織の昔の話を疑えなかった。

「・・あたし、あたしね。自分でも中学の時の記憶からしかないのが、何となく変な気はしてたんだ。でも、姉さんや母さんが『気にしなくてもいい』って言ってくれてたから、本当に気にせずに、今まできちゃって・・・・」
「及ちゃん・・・いいえ。本当は、失ってしまった記憶のお話をするのはよろしくないことなのですわ。ですが、及ちゃんにはいずれ、本当のことを知っていただきたかったのです。私や七馬が及ちゃんとお会い出来た時、どれほど嬉しかったことか・・・・」
「沙織・・・・!ごめん、ごめんね!あたし、何も知らずに、ただ成り行きのままこうしてきて・・・沙織や七馬を、苦しめて・・・・!」
「そんな・・・むしろ私は、及ちゃんを苦しめておりませんか?私も七馬も、普通の方とは異なりますわ・・・・それをよく分かっていたからこそ、及ちゃんの存在が、私たちには何より嬉しかったのです。」
「えっ・・・?沙織。それ、どういうこと?」

及子がようやく落ち着き、涙を拭きながらそう尋ねると、沙織は穏やかな笑顔を見せた。

「及ちゃんは、私や七馬を特別視しなかった・・・同い年の友達として接して下さったのです。正に今の及ちゃんの状態ですわ。」
「アハハハハ〜。沙織・・・それって、あたしが単に七馬や沙織のこと、よく知らなかっただけなんじゃあ・・・・?」

及子が苦笑しながらそう言うと、沙織は一瞬驚いたものの、すぐにまた笑顔を見せた。

「オホホホホッ。そうだったのでしょうか?・・例えそうだったとしても、普通に接して下さったことが、私や七馬にとって嬉しかったのですわ。」
「そうだったんだ・・・・でも、良かった。あたし、沙織と七馬の役に立ってたんだね・・・」

及子がようやく笑顔を見せると、沙織も笑顔で頷きながら答えた。

「それ所ではありませんわ。私と七馬にとって、及ちゃんは癒しの存在でしたもの。及ちゃんがいて下さらなければ、ずっと暗い人生を送っておりましたわ。」
「いっ、いやいや!!そこまでスゴイことはしてないと思うんだけど・・・」
「いいえ。及ちゃん、どうかご謙遜なさらないで下さい。私も七馬も、及ちゃんが大好きですわ。何か困ったことがありましたら、遠慮なく仰って下さいね?私達、昔からのお友達ですもの。ね?及ちゃん。」
「沙織・・・うん、ありがと。あたしも、沙織と七馬が大好きだよ。」

そうして及子と沙織は笑い合った。今まで以上に沙織と親密になれた上に自分の過去を知ったことは、及子にとって何より大きかったのだった。

 

 

その日の夜。沙織の豪華なロールスロイスに送られて、及子は1人で家の中にいたのだが、どうしても考えてしまうのは昔のことや七馬のことだった。

「あたしと七馬と沙織が、幼馴染だったなんて・・・・しかも、沙織と七馬は初めからそのことを知ってたんだよね?・・・じゃあ、姉さんも?」

及子のことをよく知りながら、七馬はもちろん、沙織とも仲が良いのは姉の悦子である。昔のことについて決して触れようとしなかった悦子だが、沙織からこのような話を聞いてしまった以上、姉の悦子に色々確認したいことがあった。
だが、悦子は七馬と共に映画の撮影をしていることを及子は知っていた。七馬自身が言っていたこともあるが、テレビや雑誌にも今回の映画のことが大々的に取り上げられているからである。大財閥のお坊ちゃま・七馬の初主演映画な上に、悦子を始めとした有名芸能人が多数出れば無理もないことだ。
及子はそのことを考えると、溜め息が出ると共に嫉妬を覚えてしまった。七馬と一緒にいるであろう悦子に・・・・

「姉さんは良いなぁ〜。七馬と1ヶ月も一緒にいられるなんて・・・・あたしはただ、黙って待つことしか出来ない。どんなに姉さんや七馬に会いたくても、それは出来ないんだ・・・・せめて、せめて姉さんと、話だけでも出来ればいいのに・・・・!」

及子は悔しくて涙が出そうだった。及子は今や必須アイテムとなった携帯電話を持っていない。それは単に携帯電話が苦手だからというただ1つの理由だったが、こういう時に携帯電話があれば便利なのに、と思うと余計に悔しかった。
恨めしくなって、思わず家にある固定電話を見た、その時だった。トゥルルルと電話の音が鳴ったのは。
あまりにナイスタイミングで及子は驚いたが、鳴ったからには出なければならない。ドキドキしながら及子は受話器を手に取った。

「はい、大藤です・・・」
「あっ、及子〜!!ウフフフフッ!お姉ちゃんです!元気にしてた〜?」
「ええぇぇっ!?ねねね、姉さん!?ど、どうして・・・・!?」

実際話したいと心から思っていた姉・悦子からの突然の電話に、及子はこんな偶然もあるものかと驚きながら喋った。
既に頭の中では何も考えることが出来ず、ただ為すがままの状態だった。

「ウフフフッ!だぁ〜ってぇ〜、ここ最近あなたの声を聞いてなかったから、寂しくなっちゃって〜!!毎日1人で大丈夫?怪我はしてない?」
「えっ!?う、うん。それは何とかね・・・姉さんも、元気にやってたの?」
「えぇ、もちろんよ!特に今回は七馬ちゃんと一緒だから、とっても楽しいわ〜!!」
「あ・・うん。そっか・・・・」

及子は七馬の名前が出た途端に、胸がチクンと痛むのを感じた。自分も七馬と一緒にいたい。声を聞きたいのに・・・・

「あら?及子。元気がないわね?もしかして、七馬ちゃんの声が聞きたい?」
「えっ!?いっ、いやいや!別に、そんなことは・・・・!」

素直になれなくて及子は思わず否定してしまったのだが、悦子が「ちょっと待っててね!」と言うものだから、及子はビックリしてしまった。

「えっ!?ちょっと、姉さん!?もしもし?姉さん!?」
「おいおい、俺は悦子さんじゃねぇっての。俺と代わること、悦子さんから聞いてねぇのか?」
「ギャアアァッ!!か、かかか、七馬!?」

ビックリしていた所に更なる驚きが及子を襲った。今一番声を聞きたかった人、その存在を確認したかった七馬が電話に出たのだから。

「・・そんなに驚くコトねぇだろが。それより、元気だったか?」
「えっ!?う、うん。まぁ、元気だよ・・・七馬も元気?」
「あぁ、まぁな。俺は滅多なコトじゃ風邪ひかねぇし。」
「そ、そっか。アハハハハ〜!確かに七馬と一緒にいるようになってから、七馬が病欠したのは見たコトないかも〜。」
「だろ?おまえも元気そうで良かったぜ。後2週間位したら学校行くから、そん時はよろしくな?」
「えっ!?あぁ〜、うん。そうだね・・・・」

及子のテンションが突然落ちたことで、七馬は少し驚いたようだった。

「どうしたんだよ?おまえ。急に声低くなって・・・」
「えっ!?いっ、いやいや!何でもない、何でもないよ〜!」

目当ての七馬と思いがけなく話が出来たことて、及子は素直になろうと思っても結局それが出来なかった。
本当は、今すぐ昔のことについて聞きたかった。沙織の言っていたことを改めて確認したかったが、無理であることも重々承知していた。

「ふぅ〜ん・・・まぁ、いいけど?取り敢えず、安心したぜ。おまえと話せて良かった・・・・」
「えっ?な、何で?」
「何でって・・・そりゃあ、それまで俺はおまえと毎日一緒だったから?おまえの元気な声聞いて安心したってコトだよ。」
「そっか。あの・・あのね、七馬。」
「ん?何だ?」

及子は心に決めて、ゴクリと唾を飲み込んで口を開いた。

「あのね・・・七馬が学校に戻ってきてから、聞きたいことがあるの。」
「はぁ?今じゃダメなのか?」
「うん・・・何と言うか、ゆっくり落ち着いて話したいことだから。」

及子がそう言うと、七馬は驚いていたようだが、その後納得してくれた。

「へぇ?ふぅ〜ん・・・・OK。んじゃあ、学校行ったらゆっくり話そうぜ?あの時みたいにデートしながら帰るのも、悪くねぇな。」
「デ、デートって・・・・!?」
「ハハハハッ!約束な?んじゃあ、悦子さんに代わるぜ?」
「えっ!?あっ。う、うん・・・・」

なぜか及子は強く否定出来ず、そのまま七馬に従ってしまったのだが、すぐに悦子の声が聞こえてきた。

「もしもし?及子〜?」
「あっ!うん、姉さん。もしもし〜?」
「ウフフフッ!七馬ちゃんとデートの約束だなんて、イイわね〜!及子〜。関係ない私がドキドキしちゃったわ〜!」
「ね、姉さん!?違うから!それは断じて違うから〜!!」
「んも〜う!及子ったら照れてるのね!!あなたもそろそろ、素直になったらどう?いつまでもそんな態度でいたら、七馬ちゃんに嫌われちゃうわよ?」
「ヒャアッ!!ちょっ、ちょっと姉さん!!今そこに七馬がいるのに、そんなコト・・・!」
「ウフフフッ!心配しないで。実を言うとね、あなたと話してた時から七馬ちゃんは監督に呼ばれてたの!だ・か・らぁ〜。今は七馬ちゃん、ここにはいないわ!安心してね?」

悦子からその言葉を聞いて及子はホッとしたものの、悦子に『嫌われちゃうわよ?』と言われたことで、及子の心が抉られたのも確かだった。

「そうだったんだ、良かった〜。ところで姉さん。ちょっとだけ、聞いてくれる?」
「あら、なぁ〜に?」

及子は再び心を決めると、胸元に手を置いて深呼吸しながら話を切り出した。

「あのさ。今日、沙織から聞いたんだけど・・・あたしと七馬と沙織って、昔から友達だったの?」
「あ・・・・及子。そう・・沙織ちゃんが、そのことをあなたに話したのね?」
「うん・・・ねぇ、どういうこと?姉さん。沙織から一通りの事情は聞いたけど・・・今までのあたしの記憶って、何だったの?偽物の記憶だったの・・・・?」
「及子・・・・!そうよね。あなたももう大学生だし、七馬ちゃんと沙織ちゃんに会った時点で、私が最初に話しておけば良かったかもしれない・・・・・・及子。私が今度帰って来た時、そのことについてお話しましょう?これは、電話で話すようなことじゃないわ。」

確かに、姉の悦子が言うことは最もだった。及子は納得して、頷きながら返事をした。

「うん、そうだね。じゃあ、あたし姉さんと話すの楽しみにしてる。後2週間位で撮影は終わるんでしょ?」
「そうね!でもそれは、最後まで主役の七馬ちゃんの話ね〜。私はメインの1人ではあるけれど、七馬ちゃんより早く収録が終わるわ。そうね〜・・・・ペースにもよるけれど、どんなに遅くても1週間後にはそっちに戻れると思うの。ウフフフフッ!じゃあ、それまで大変な思いをさせちゃうかもしれないけれど、元気でね!及子。帰って来たら、またね!」
「うん。ありがと!姉さん。じゃあ、また。」
「えぇ、そうね!お休みなさい、及子。」
「うん、お休み〜。姉さん。」

こうして電話は切れたのだが・・・・悦子と七馬の2人と話せたことは、及子にとって一番欲しかった安らぎと温もりをもたらしてくれたのだった。


  

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