第9話

それから午後のオリエンテーションが終わり、及子はすぐ帰ろうとした。それはもちろん、七馬と会わないようにする為である。沢山人のいる中をかいくぐり、「すみません、通りま〜す!」などと言いながら及子がとにかくダッシュで帰路を急いでいた、その時だった。

「ちょっと待てよ。」
「ギャーーーッッ!!な、何!?」

後ろからいきなり声がかかったかと思うと、及子は同時に腰を抱き締められていた。驚いて慌てて後ろを振り向けば、そこにいたのは花束を抱えていた七馬だった。

「やっとつかまえた・・・おまえ、逃げ足速いよな。」
「!あのね〜!!それより何!?何か用!?」
「・・・1つ聞きたいんだけど。俺の存在って、おまえにとって迷惑?」

七馬はいきなり及子にそう聞いたかと思うと、一気に七馬は及子を抱き締める力を強くした。それと同時に及子の背中から、何か恐れを抱いて震えている七馬を感じてしまった。
それは微々たるものだったが、及子にはその震えが感じ取れたのはもちろん、及子にとって七馬は迷惑な存在などではなかった。むしろ傍にいて欲しい人だったから、及子はさすがに素直になって言った。

「そんなことないよ。迷惑だなんてことないよ?」
「・・・そう、か?んじゃ、何で昼休みに逃げたワケ?」
「アウ。そ、それは・・急用で・・・」
「急用にしちゃ、随分タイミング良すぎねぇ?」

七馬に低い声でそう言われて、及子はウソをついている罪悪感からと七馬の怖さにビクンと震えてしまった。その及子の大きい震えは七馬にしっかり伝わったようで、七馬は息をついて及子から離れた。

「敢えて、理由は言わねぇのか・・・・」
「ウッ・・えっと、七馬。その花束は・・・・」
「ん?あぁ、他学科のヤツらからもらったんだよ。」
「うん。その・・誕生日プレゼント、なんでしょ?」
「まぁな〜。「今年は花が欲しい」って宣言はしたけど、トラック3台分以上もらっちまったからな〜・・・・さすがにそこまで予想してなくて我ながら驚きだぜ。」

規模の違いすぎる発言に、及子は耳を疑った。

「はぁっ!?トラック3台分!?」
「そうだぜ〜?おかげで今日、爺たちに学校と家まで数回往復させちまって、悪いコトしたな〜・・・」

爺とか言ってる時点で普通の人とはかけ離れた生活をしていることがよく分かる。及子は自分とはかけ離れた七馬の現実に苦笑するしかなかった。

「アハハハハ。大変だったんだね?」
「俺は別にそうでもねぇけど、大量の花束持たせて家往復させた爺たちの方がよほどきつかったんじゃねぇ?宅配便でも昼の時点で10箱分の花束届いたとか言ってたし・・・・」
「うわ〜っ。さすが国民的アイドル・・・・」

及子はもう感心することしか出来なかった。七馬は及子のその言葉に苦笑する。

「フッ、別にそれ程でもねぇよ。それ言うなら悦子さんもだろ?」
「そうだけど・・・多分、姉さんの場合そこまですごくないと思う。」
「そうか?」

と話していた所で、数人の女の子達が七馬の所に走り寄ってきた。皆ミニスカートをはいた茶髪の女の子で、どの子も可愛い。及子はつい「ミニスカートのはける女の子ってイイよね〜」なんて思ってしまう。
及子は背が低いし、あまり自慢出来るような体型ではないのでスカートははいてもロングスカートだけだったし、普段はズボンばかりだ。因みに今日はロングスカートである。

「七馬様〜!!お話中にすみません!お誕生日おめでとうございます!プレゼント受け取って欲しいんですけど!」
「キャーッ!七馬様〜、おめでとうございます!!あたし、七馬様の大ファンなんです〜!!これからも応援してますから、頑張って下さいね〜!!」
「ハッピーバースデー、七馬様〜!!大好きです〜!!」

そうして、三者三様の花束を七馬にプレゼントして寄越した。七馬はそれを笑顔で受け取り、女の子達も満足そうに七馬と談笑している。1人取り残された感じの及子は、女の子達への嫉妬を感じながら少しの間曖昧に微笑んでいたりしたが・・・・七馬から逃げるなら今しかないと、及子の頭にそのような考えがよぎった。
思い立ったら即行動。及子はクルッと背を向けて歩き出し、小走りした。心を痛ませながら・・・・

「七馬には、やっぱりあーゆー女の子達の方がお似合いだよね。あたしとじゃ、釣り合うワケないじゃん・・・・」

それに悦子は言っていた。七馬には付き合っている女の子がいると・・・叶わない恋だけはしたくなかったのに、どうして七馬に心引かれてしまうのだろう。やはり特別美男子だからだろうか?それとも性格の良さか・・・どちらのような気もする。
及子は走るのをやめてハァッと溜め息をついた。それから寂しい気持ちが一気に広がる。大好きな人の誕生日にプレゼントの1つもあげれないなんて・・・と、悪いことばかり考えていたその時。いきなり及子は後ろから腰を抱き寄せられていた。

「ひょえぇっ!?」

自分でも間抜けな声を出してしまったと驚きながら後ろを見てみれば、そこにいたのは、及子を抱き寄せていない手で4つほど花束を持っている七馬だった。その表情は怖く、怒っているようだった。

「・・おまえ、何考えてんだよ。どうしてすぐに俺から離れるワケ?」
「えっ!?いっ、いや。邪魔しちゃ悪いと思って・・・・」
「・・・俺のせい、か。悪かった・・・・じゃあ、今度は邪魔されなさそうに所に行こうぜ。俺に断りなしで帰るなんて、許さねぇからな?」

七馬に囁かれるような感じでそう言われてしまい、及子は一気に顔が熱くなるのを感じながら七馬の方を見た。

「なっ・・何で帰るのに七馬の許可が必要なの!?」
「俺がおまえと一緒に帰りたいからだよ。」
「はぁっ!?」

何でこうも殺し文句を連発してくれるのだろうか。及子は驚くと同時に、顔を赤くして七馬を見ることしか出来なかった。

「・・おまえ、その顔はナシ。このまま俺と一緒にいたいならイイけどさ。」
「一緒にって・・・ダーーーーッッ!!!七馬!!手ぇ離して!!あたし、腰太いんだから!!!フンッ!!」

及子は興奮した勢いの力に任せて、七馬の手を一気に引き剥がしてゼイゼイと息をついて七馬を見た。七馬は驚いていたものの、すぐに面白そうに笑い出す。

「ハハハハハハッ!!おまえ、マジ面白すぎ!!別に腰太くねぇだろが・・・あぁ、それよりさ。おまえ多分分かってると思うけど、今日俺の誕生日でさ。祝ってくんねぇ?」
「い、祝うって!?何すりゃイイの!?」

痛い所を突かれたと思いつつ、七馬自身に言われてしまってはどうしようもない。及子がそう聞くと、七馬は少し考えながら言った。

「そうだなぁ〜・・・俺、欲しいプレゼントがあるんだよ。」
「な、何?あたしが買えそうなモノなの?」
「買うとかそーゆーモンじゃねぇよ。俺が欲しいのは、おまえのキスだから。」

七馬は笑顔でそう言ったのだが、及子は笑顔など浮かべられる状況ではなく、一気に顔と体が熱くなるのを感じた。


  

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