第36話「新たな装い」
日が照りだした。今日も太陽が心地良く照らしている。小鳥達がさえずるだけで、他には何も聞こえない静かな朝。
昨晩スピカはレグルスと肌を重ねていながら国王ラグリアに会うことを楽しみにしていて、なかなか寝付けないでいた。それで実際朝にこうして早く目覚めてしまったのである。
スピカの胸の鼓動は既に緊張していて、ドキドキと速く波打っていた。
「いよいよ、あのお方にお会い出来るんですね・・・・もしかしたら、私の憧れの方かもしれない・・ラグリア様に・・・・・」
スピカは胸の前に手を置いて小さくそう言った。何だか希望と不安で満ち溢れた気持ちになった。こんなに何かを楽しみにして行動するなんてことはスピカにはあまりないことだったので、ひどくソワソワしてしまっていた。
せっかく目覚めたのにベッドの中ばかりにいるのも難なので、スピカは1階に下りて行くことにした。
1階に下りて行けば、いつも食事を摂るテーブルにはレグルスがいた。だがその様子が少しおかしい。ひどく苦悩に満ちた表情をしていて、口元に手を置いて何やら考え込んでいるようである。
スピカがいつも座る所には既に食事が用意されていて、ラッピングまでされているのが分かるのに・・・レグルスが座っている周りのテーブルには何も置かれておらず、閑散としていた。加えてレグルスのこの苦悩に満ちた表情が、何かスピカの気持ちも少し重くさせてしまう。
そして、レグルスがこんな表情をしているのは自分のせいであることがよく分かっていたから・・・・スピカは本当に申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。分かっていて謝りたいのだが、謝って済むような問題でもない。
暗い気持ちになってしまっていたスピカであったが、レグルスは常に自分の笑顔が好きだと言ってくれているから・・・・せめてもの罪滅ぼしで、スピカは笑顔を作ってレグルスの元に行った。
「レグルスさん!おはようございます!」
「!・・・スピカ?・・・もう起きてきたんだね、おはよう。フフッ、気付かなくて悪かったね。」
「あ、い、いいえ・・・・その・・・すみません・・・・」
スピカの笑顔は持続しなかった。すぐにシュンと暗くなってレグルスに謝った。
「・・スピカ。謝ることなんてないんだよ?仕方ないさ。私がもっとおまえに認められるような男にならなければならない話なんだから・・・・だから、笑顔でいてごらん?フフッ、朝食は用意しておいたからね・・準備が出来たら私の部屋においで。城門前まで連れて行ってあげるからね。」
「あ、は、はい。ありがとうございます。」
とスピカはとりあえずお礼を述べたのだが・・・・・・・
すぐに2階に上がっていくレグルスを見て、スピカの中に途端に複雑な思いが走った。というのも、昨日のようにいきなり外出・・とかしない限り、レグルスは毎日自分と一緒に食事を摂っていたからである。
そういえばスピカがチラッと盗み見ていた時からレグルスのテーブルの周りはすっかり奇麗に片付いていて何も置かれていなかった。その時点でスピカは違和感を感じていたというのに・・・・・改めてレグルスに悪い気をさせていることがよく分かってしまったスピカだったのだが、自分の中にある仮面パーティーの男性への憧憬を止められないのも事実だった。
だが何となくレグルスに嫌われたような気がしてしまって・・・・・チクリと胸に嫌な痛みが走ったような気がして、スピカはフォークを持ったはいいものの、急に食欲がなくなってしまった。
どうしてだろうか。この料理1つ1つにもレグルスは常に愛情を込めて作ってくれているから、余計に悪い気がしてしまってならない。スピカはいつの間にか、自分の瞳から流れ落ちてくる熱いものを感じていた。
「!・・・・レグルス、さん・・・・・!・・・」
一度流れ出した涙は止まることを知らなくて・・・・・スピカはそのまま泣き出してしまったのだった・・・・・
あれから何とか泣き止み、朝食を食べ終えたスピカはこの顔のままではいけないと思い、すぐに洗顔をした。冷たい水はスピカの顔はもちろん、悩んでいた気持ちも全て洗い流してくれるような気がする。
だがそれはほんの一瞬のことで、またすぐに現実に戻る。そしてレグルスのことを考えると自然に涙が出てしまいそうな自分が怖くて、むしろ国王様の方に考えを寄せて・・・・顔を洗って・・・・という繰り返しだった。
バシャバシャと顔を洗って、何とか見れるようになった表情にはなったと思ったので、スピカはレグルスのことを考えて胸が痛くなっても泣かないようにした。
そして自分の部屋に行き、鏡の前に座って少しお化粧をする。やはり国王様の下に行くのだから、嗜み程度のお化粧はしなければ礼儀に反するだろう。必ず目上の人の所に行く時スピカは侍女達にお化粧をされていた。
スピカもやはり女の子。お化粧自体には興味があったのでそれなりにお化粧の仕方は分かっている。
最後に薄く淡いピンク色の口紅を塗り終えた所で、鏡に向かって自分が変じゃないか確認したり、服装チェックをしたりしてみた。
「うん、一応・・・大丈夫、ですよね・・・・それじゃあ・・・レグルスさんの所に・・行きましょう。」
スピカは意を決して立ち上がり、部屋を出てレグルスの部屋のドアをノックした。すぐにレグルスがガチャッとドアを開けて出迎えてくれた。
「やぁ、スピカ。おや・・・?フフッ、いいね・・・おまえは化粧の仕方を分かっているね・・・」
「えっ・・・?そ、そうですか・・・・?」
「フフッ。おまえ位にまだ若ければ化粧なんてしなくてもいいから、もちろん素のおまえも可愛いけど・・・・こうして見てみると、いいね・・・・本当に奇麗だよ。襲いたくなってしまうね。」
「えぇっ!?そ、そんな、レグルスさん・・・・・」
男性に誉められれば女性は誰だって嬉しい。スピカは顔を赤くしてしまう。だがレグルスはそんなスピカを見て、少し意味ありげな微笑を浮かべている。
そのレグルスの微笑が何か気になってしまって、スピカは尋ねる。
「あ、あの・・レグルスさん?」
「ん〜、スピカ。いつも通りの髪型でもいいんだけど・・・・かる〜く後ろでまとめてみようか。いいよ、私がやってあげるから。おまえはここに座ってごらん。」
とレグルスは言ってスピカを自分の部屋に招き入れ、小さな鏡をスピカに手渡したかと思うと、クローゼットの中から女性もののクシやらピンやらリボンを取り出してきたのだから驚きである。
だがその驚きも一瞬のことで、すぐにレグルスは手馴れた手つきでスピカの長い髪をゆっくりとブラッシングしていった。
髪をクシでなでてもらうことはスピカは好きだったが・・・・レグルスの手つきは本当に優しくて、ついリラックスしてしまいそうな感じだった。
「前々から思っていたけど、おまえの髪は1本1本が本当に細いよね・・・・フフッ、おまえそのものだね。」
「そ、そうですか?」
「あぁ。でも・・こういう髪は好きだよ・・切ったりはしないのかい?」
「あ、そうですね・・・・ですけど、それだと・・失恋しちゃったみたいですから・・・・」
「フフッ、それもそうだね。」
「あの、レグルスさんはどうなんですか?ヘアースタイルとか、気を遣ってらっしゃる方ですか?」
「う〜ん・・まぁ、それはね〜。程ほどには気にしてるけど・・・・そうだね〜。おまえほど長くないから、そういう意味では凝ってないね。」
「あ・・はい。あ、あの、ところで・・レグルスさん?」
「ん?何だい?」
レグルスはスピカとこうして話していながらもどんどんと作業を進めている。手つきが本当に器用だし、髪の毛を痛くしたりしないし・・・・レグルスが本当にこの道のプロではないかと思えてしまってならない。
「あの・・・レグルスさんの本職って・・・美容師さんですか?」
「フフッ。そんな風に見えるかい?」
「え、え〜っと・・・そう言われてしまっても困るのですが・・・・」
「フフッ、それはそうだろうね〜。その手の質問に関しては、困らせることしか考えてないから。」
「レグルスさん・・・ですけど・・どうしてですか?どうして・・本当のことを、私に教えて下さらないんですか?」
スピカは話の流れと、前々からずっと聞きたい思いとが相まってこの疑問を口に出すことが出来た。レグルスは少し無言でいたが、それから口を開いた。
「本当のことを知って・・おまえはどうするつもりなんだい?仮に私のことを全部知ってしまったとして・・・・おまえがこうしてずっと私と一緒にいてくれるかどうかは・・分からないからねぇ〜・・・」
「えぇ〜っ!?」
「・・・あぁ、でもそのことで弱気になっているという訳ではないからね?私は私なりに理由があっておまえに話していないだけだよ・・・・フフッ。まぁ・・その話はもうやめようかスピカ。私にとっては、ラグリア並に苦手な話題だからね・・・・」
と言ってレグルスが作業を進めていく内に、もうずいぶんとヘアースタイルの方が決まってきていた。ゴムで軽く後ろで1本にまとめた後、両脇から真ん中に向けて編みこみをする。それらを赤いリボンで結ぶ。
スピカは小さな鏡しか手渡されていないからよく分からないが、こんな風に誰かに髪を結ってもらうこととお洒落したこと自体久しぶりなものだったから、自分のことながら妙に興奮してしまっていた。
レグルスはリボンの向きやら何やらの微調整をしている。レグルスは本当に細かい所までよく気が付いてくれてスピカは何だか嬉しかった。
「フフッ、こんな所かな・・・・じゃあ、おまえの部屋にある化粧台で見ておいで。きっとおまえにはこの髪型が似合っていると思うよ。」
「あ、はい・・分かりました!ありがとうございます!レグルスさん!」
とスピカはレグルスにお礼を言ってから、すぐに自分の部屋に行き、鏡で自分を見る。
「うわぁ〜っ・・・・わ、私・・・・?」
思わず目を疑ってしまいたくなる位だった。髪を結うだけでこんなにも印象が変わってしまうものなのだろうか。自分で思うのも難だが、いつもよりは明らかに可愛いんじゃないかとスピカは思ってしまっていた。
これなら国王ラグリアの元に行っても恥ずかしくはないだろう。スピカは改めてレグルスに感謝するのだった。
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