第38話「子猫」
しばしの沈黙の後、ラグリアが口を開いた。
「そなたのような者と一緒にいた記憶は、私の中にはない。だが・・・・3年前のこととなると、はっきりと否定出来ないのも事実だ・・・・もう少し、その時のことを詳しく教えてはくれぬか?」
「あ、は、はい。えっと・・・・私、仮面をしていて・・視界が狭かったので、フラフラしてしまっていたのですが、その時私のことを助けて下さって・・・一緒にダンスも踊って下さいました・・・・」
そのスピカの言葉を聞いてラグリアはまた少し考えたが、すぐに口を開いた。
「・・・・それは・・人違いだな・・・・」
「え?」
「何年前であろうと、私はそのようなことをしたことがない。全くの別人だ。」
「!・・・はい・・・・」
「何を思って私の所に来たのかは分からぬが・・・・それは私ではない。断言しておこう。」
「・・はい・・・・」
「分かったのなら帰るが良い。」
とラグリアに言われてしまったのでスピカはまだ何か物足りない感じもしていたのだが、長居する訳にもいかないので、慌ててお辞儀をして踵を返した、その時だった。
「ミャ〜。」
「えっ?」
スピカが足元に何か違和感を感じたので見てみれば、そこにいたのは何と子猫だった。
「ミャウ・・・・何をしている。こちらに来るが良い。」
ラグリアはそう言い、立ち上がった。ミャウと呼ばれた子猫はラグリアを見つけると嬉しそうに「ミャ〜。」と鳴いてラグリアの方に走っていった。そのままラグリアはミャウを抱きかかえて撫でた。ミャウは嬉しそうに鳴いて甘えている。
「すまぬ・・・まさかミャウがここにいたとは思わなかったものでな・・・・猫は平気だっただろうか・・・・?」
「あ、は、はい。私は、大丈夫です・・・」
「そうか・・・・だが・・・意外なことがあるのだな・・・・」
「えっ?」
「・・ミャウは、他人をひどく嫌う。だがそなたのすぐ近くにいたな・・・・本来なら、私以外の者の傍にいることさえない・・・・不思議なものだ・・・・」
「あ、は、はぁ・・・・」
「ミャ〜。ミャ〜、ミャ〜。」
ミャウはラグリアの元からピョンと一気にジャンプし、地に降り立ったかと思うと、再びスピカの元にやってきて「ミャ〜、ミャ〜。」と鳴き出した。
これにはスピカとラグリアはもちろん、周りにいる人間達もひどく驚いてしまっていた。
スピカはしゃがみ込み、試しにミャウを撫でみたが、ミャウは嫌がるどころか、嬉しそうに甘えてくるではないか。ラグリアは驚きながらスピカの傍にきた。
突然ラグリアに傍に寄って来られたのでスピカは少し驚いてしまった。この端整な顔立ちを間近で見れてしまうと嬉しい。あの仮面パーティーの時の男性ではないとはっきり分かったものの、それでも何か嬉しかった。
「珍しいな・・・・ミャウがここまで他人になついているのを見たのは初めてだ。ミャウ、嬉しいのか?」
「ミャ〜。ミャ〜、ミャ〜。」
ミャウは嬉しそうにしっぽを振って鳴いた。
「・・・嬉しい、か・・・・そうか・・・」
「ミャ〜?ミャ〜!」
ミャウはスピカの手を離れ、再びラグリアの膝に頭をスリスリしてきたので、ラグリアはミャウを抱き上げた。
ラグリアは微笑を浮かべてミャウを撫でている。その微笑はスピカが一昨日垣間見た、あの時の微笑と同じ非常に優しいもので、スピカは思わず見惚れてしまっていた。
ミャウはとにかくラグリアに甘え、とうとうラグリアの頬をペロペロと舐めだした。
「フフッ、くすぐったいぞ、ミャウ。」
「ミャ〜。」
しっぽを振ってとってもご機嫌良さそうなミャウとラグリアを見ていると何だか微笑ましい光景である。先ほどまであんなに厳しく怖いイメージのあったラグリアを考えると想像も付かないものだった。
「・・・・そういえば、そなたの名を聞くのを忘れていたな・・・名は何という?」
「あ、はい。スピカ、と申します。」
「・・スピカ、か・・・・ミャウがいたくそなたを気に入っている。そなたの都合がよければ、またここにきて欲しい。ミャウがそなたと別れたくないと・・そう言っている。」
「えっ!?ほ、本当ですか?」
「フフッ・・・そうなのだろう?ミャウ。」
「ミャ〜!」
ミャウがまるで返事をするかのように鳴いた。こんな子猫でもどうやらラグリアが喋っていることを理解しているらしい。
「・・・そなたは、猫が好きか・・・・?」
「あ、はい!」
「そうか・・・・ならば、また来るが良い・・・・ミャウ共々、歓迎しよう・・・・」
「あ、は、はい・・・ありがとうございます!!」
スピカは深々とお辞儀をした。あまりにも嬉しかったのだ。
元々動物も植物も大好きなスピカなので、猫も当然大好きである。そのスピカの優しい心がミャウにも届いたのだろう。
結局ラグリアはスピカの探していた仮面男ではなかったが、それでもスピカは満足感があった。またラグリアと会える喜びが、そこにあったのだった。
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