第42話「不安を抱いて」
「・・・話しづらいか・・・」
「!・・・・」
スピカがとても困っている表情をしているのを見かねたラグリアはそう言い、クッキーを食べる。
「ミャ〜。ミャ〜?」
いつの間にかスピカの肩の上にチョコンと乗っているミャウが鳴き声を上げる。
スピカは何をどう話していいか分からず本当に困ってしまったのだが、何とか口を開いた。
「えっと・・・・私、その・・・・私を誘拐した方が、悪い人だと、思ってないんです・・・・」
「・・ほう・・・・もう少しそのことを詳しく聞かせて欲しい。」
「あ・・えっと、その・・・・私、その・・・こんなことを言っては不謹慎かもしれませんけれど・・・・楽しいんです。その・・もちろん、お父様やお母様に会いたい気持ちはあるのですけど・・・・その方と過ごす日々は・・・・そんな寂しさを埋めて下さいました・・・・いつも、私に優しくして下さいました・・・・」
「・・・理解に苦しむが・・・・つまりその者とは仲良く暮らしていると・・・そういうことか?」
「あ、はい。そうなんです。」
とスピカは返事をした。ラグリアは何か考え込んでしまっている。当然のことだろう。普通犯罪に巻き込まれれば何かひどい傷を受けるのが事実だ。殺されることだってままある。
それが外傷もなく、あげく「楽しい生活だ」などと言い出したのだから困るのも無理はない。
「・・・スピカ。私は・・この国を統べる者として、罪人には刑を処さねばならない。」
「!・・・は、はい・・・・」
「だがそなたには・・・被害意識が感じられぬ・・・・むしろ、その者といて楽しいと言うのだから・・・・あるいは・・その者を捕らえる必要が・・私にはないのだろうか・・・・?」
「・・・はい・・・・」
「・・だが・・・そなたの両親は、極刑に処すべきだとしている・・・・・そなたは一人娘らしいな。」
「!・・はい・・・・」
「・・そなたの両親の気持ちを、私は汲み取りたいと思っている・・・・だが、そなたのその発言が・・私を迷わせる・・・・」
「・・・は、はい・・・」
「・・本当にその犯罪人といて・・・そなたは何も被害を被っておらぬのか?分からぬな・・・・では何の為にそなたを誘拐したのかが・・分からぬ・・・・」
「あ、は、はぁ・・・・」
それはむしろスピカが聞きたいことであった。なぜ自分が誘拐されなければならなかったのか。レグルスは単純に「おまえを愛しているから。」などと言っていたが、何か違う気がする。もっと根底に何かがある筈。だがレグルスの考えていることはさっぱり分からないし、聞いても教えてくれないのが事実だった。
と、それまでスピカの肩に乗っていたミャウが地に飛び降り、何やら部屋のドアにガリガリ爪を立てて引っかきだした。それはミャウが外に出たがっている証拠だと分かっていたラグリアは席を立ち、ドアを開けてミャウを廊下に出させる。
ミャウは走ってどこかに行ってしまった。ラグリアはミャウがいずれ帰ってくるだろうと思い、少し部屋のドアを開けておき、再び席に座った。
スピカは色々な考えがグルグル頭の中で回っていて、どうすればいいかよく分からなかった。ただラグリアのつむぎだす言葉を待つのみである。
「・・・スピカ。あらかじめ宣言をしておく。3日後に、そなたの両親にこのフェラールに来てもらうことになっている。その時には、そなたと・・・犯罪人とを、この城に連れて来なければならぬ。」
「!!・・・はい・・・・」
「その時、私は処遇を決めなければならない。そなたのことと、犯罪人のことと・・・・恐らく犯罪人には何がしかの刑を処することになるだろう。そしてそなたには・・・両親と共にヴァルロに戻ってもらうことになるだろう。」
「・・・は、はい・・・・」
「それで・・・全てが丸く収まる筈だ・・・・全てが、な・・・・」
「・・は、はい・・・!」
「・・・あさっての夜、そなたのもとに使者を出そう・・・そなたの今いる場所を、これに書いて欲しい。」
とラグリアは言い、紙とペンを置いたのだが・・・・スピカはもちろん今自分が住んでいる場所なんて全然分からなかった。
「あ、あの、私・・・今どこに住んでいるのか、分からないんです・・・・」
「簡単な地図で構わぬ。分かるように書いてくれればそれで良い。」
「えっ?え・・っと・・・・」
実はスピカ、このような地理系統の知識はほとんど持ち合わせていなかったりする。
特に歩く時周りを気にしていないし、レグルスがいるから全部任せてしまっていたのも事実だし・・・・満足に自分の住んでいるヴァルロでさえ何がどこにあるのかよく分からないというのに、フェラールという外国では余計に分からず、スピカは困ってしまった。
「あ、あの・・・・私、よく分からないです・・・・道とか、覚えてないんです・・・」
「何・・・・?それは困ったな・・・・」
とラグリアが言った時、ミャウが部屋に戻ってきた。しかもミャウの口元を見ていれば、何か紙切れをくわえているではないか。
ラグリアは不審に思い、ミャウを抱き上げて、ついでにミャウのくわえていた紙切れを取って見た。
「ミャ〜ッ!」
何か目的を達成したように嬉しそうに鳴くミャウは、スピカの所にピョンと飛んで行き、スピカに甘えた。スピカはついついそんなミャウが可愛くて頭を撫でてしまった。
ラグリアは冷静な表情で紙切れを見ている。それから目を閉じ、何か深く考えているようだった。
「ミャ〜?ミャ〜ッ!」
ミャウが鳴く。ラグリアは目を開け、ミャウを見て微笑を浮かべ、その頭を撫でた。
「ミャ〜ッ。」
ミャウはラグリアに頭を撫でられるのが嬉しいみたいで、しっぽを振って甘えた声を出す。
「・・・スピカ。使者のことは心配いらぬ。こちらで手配した。」
「えっ?」
「そなたのよく見知っている者が、そちらに行くことだろう・・・・・では、3日後に会おう。」
「あっ、は、はい!」
「あぁ。では謁見の広間まで送ろう。」
「あ、ありがとうございます!その・・ご馳走様でした。」
「構わぬ。そうだな・・・・いずれこの件が落ち着いたら、また来るが良い。ミャウがそなたを待っているだろう。」
「あ、は、はい!」
そうして2人は部屋を出て歩き出した。ミャウはラグリアの足元にピッタリと着いて歩いた。一緒にスピカのことを見送ってくれるらしい。
廊下を歩き、謁見の広間に着いたラグリアとスピカ、ミャウは最後に軽く挨拶を交わし、そしてスピカはレグルスの待つ公園の方へと行ったのだった。
3日後、何が待っているのか、不安を抱きながら・・・・・・・・・
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