二律背反



「・・くそっ、もう一度さ」
「今日はここまでだ」

共に修行をするようになってから数え切れないほど聞いたその科白を口にし強い目で睨み付けてくる天化に、俺はそっけなく告げた。

「俺っちまだまだ出来るさ!」

知ってる。でも俺がここまでと言ったらここまでだ。
天化の目を見て何も言わずに踵を返すと、それ以上言い縋ったり追いかけたりはしてこなかった。

とはいっても天化が納得したわけではなく、気負い立つ心はそのままで。
いましがたの視線の鋭さも変わっていないことくらいは背中を向けていてもわかる。
おそらく俺が立ち去ったあと、独りでさらに自分の体を苛めて帰ってくるだろう。
それはここ数ヶ月続く日常。
もっと、もっとといつまでも強さを求める心の、その正体の半分は焦り。
俺に見えている天化の心が、天化に見えるのはいつだろう。

見えているのかもしれない。
それでも、どうにもならないのかもしれない。

どちらでも構わない。
俺は手を貸さない。

ただ天化は強さを求め、そして求めているのは自分であることを理解している。
それでいい。

ここ数ヶ月、天化はどれだけ稽古を重ねても満足しない。
まあ、それはそうだろう。天化自身、手応えがないからだ。
自分が強くなっていると感じられず、果てしなく手探りを続けている。
確かにその認識は正しい。いわゆる伸び悩み、だ。

修行を積めば必ず何度でもこんな状態になることがある。
自分が伸び悩んでいることに気付いただけ、進歩だと言ってもいいくらいだ。
それはあくまで天化を外から眺めている俺の評価。

本人にとってはそれどころではない。俺が先の評価を口にしても、慰められることはないだろう。
伸び悩んでいる。それはわかっている。強くなりたいのに。
だから、焦っている。強くなりたいから。
伸び悩む原因が強さを求めていることにあるとは、気が付いていないだろうな。
俺に向かい合うとき勝ち気が強すぎる。攻め急ぐから隙が出来る。
上だけを見ているから、道程の遥かさに焦る。
小さな進歩を褒めてやるのはひとつの解決になるかもしれないが、いま、俺はそうしない。 その時期は過ぎたのだ。
いずれにせよ天化はもう、言葉による解決を求めてはいないはず。
そして、そうであってくれなくては困るのだ。

強さを求めている。
自分ひとりで求めるしかないことを知っている。
それは言葉ではなく肉体の動きとして求めるものだと知っている。

それでいい。
どんなに伸び悩んでも、そこから逃げていないから。

それが原因なんだけどな。
いま、強くなりたいという欲を忘れて、俺に勝ちたいとか思わずに、焦らずに、何も考えずに既に身に付けていることをそのままなぞれば、目下俺が課している課題は易々とクリアするだろうけれど。
だけど俺もお前もそんなことを望んでいるわけじゃない。
強さを求めることを忘れるのは、まだまだずっと先でいい。
俺にとってさえそれはまだ遥か先だ。仙人らしくなかろうと、構わない。

だから、悩むしかない。
俺は手を貸せない。
ただひたすら強さを求め続けるのなら。

強さを求めなくなったなら、いまの課題はこなしても次の次のそのまた次に、きっとどこかで立ち止まるから。
伸び悩むしかない。伸び悩めばいい。
天化は慰めを求めているわけじゃない。

悩み、焦り、勝ち気に逸り、それでもその中でいつか、動くことができるようになるだろう。
あるいは荒ぶる感情の波を、細波ほどにはなだめることができるようになるだろうか。
それとも。

どちらでも構わない。
悩んだ向こうにあったものなら。

焦るな、とは言わない。勝とうとするな、とも言わない。
まして強くなろうとするな、などと言えるわけがない。
それが正解であっても、だ。

目の前の問題を解決する、もっとも速い解だとしても。
欲を捨て悠久の時を生きる仙道としてそれが紛れもない正解だとしても。

俺は、未だそれを正解だと思わない。
師表たる十二仙、そんな存在でありながら。

手は貸さない。
悩むといい。

鋭く荒れたその瞳を、俺は愛しいと思っている。



TENさま、しみじみと素敵な師弟をありがとうございます!

嘘報告を書かなくちゃと思ったのにそちらをほったらかしてこのお話を。
しかも書き上げたら紫陽花が出てきていない。
それでも、亭主としましてはまさに紫陽花の話のつもりです。
当初リクエストの品に盛り込むつもりだったところ(でも入りきらずどうしようかと(^^ゞ)、
その最中にこの素敵絵を頂戴しましたおかげでするっとひとりでに分離独立。
大体いつも詰め込み過ぎなんですから、間違いなく切り離すのが正解です(苦笑)。
重ね重ねTENさま、ありがとうございます。

紫陽花、雨の時期に咲き誇り、ひどく雨が似合う花でありながら、名に太陽を抱く花。
それを二律背反と思うことから、この話も紫陽銀珠も書いています。

・・でも「二律背反」の使い方、間違ってます。単に矛盾するだけでは二律背反とは言いません。
二律背反、即ちアンチノミー[(ドイツ) Antinomie]とは、辞書(三省堂 大辞林 第二版)によると
二つの相矛盾する命題である定立とその反定立が等しい合理的根拠をもって主張されること。
「世界には因果律のほかに自由がある」と「世界には自由はなくすべて因果律による」など。
さらに詳しくお知りになりたい方はこの辺りでカントharappa.com)についてお調べください。

紫陽花は自然いっぱいの素材集さまより。

03.06.29. 水波 拝

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