勝った・・・のか?
「予の負けだ、黄天化」
王の剣は折れ、胸を切り裂いた手応えがあった。
「さぁ、予の首を切って衆目の前にさらすがいい。それで殷は終わる」
それで、殷は終わる。
それがオヤジの志したもの。殷を倒し、周を造る。
いま首に突きつけているこの剣を、振り下ろしさえすればいいのさ。
それで。
それで?
それで父を越えた証になるというのか。
父を越えるとは、何だろう。
有り難いことに、目の前の紂王は、確かに強かった。
あのオヤジですらやられたっていうのも、わかる。
倒したかった。
そして、何とか自分は勝ったのだ。それは確かに、この手の中にある真実。
でもだからって。
父を越えた証になるのだろうか。
ついさっきまでそう信じてたさ。
オヤジの志を引き継ぐこと。すなわち、この手で殷を倒すこと。
それが自分のなすべきこと、考えに考えてそう行き着いたはずだった。
だからどうしても自分で戦って勝ちたかった。
太公望師叔の意向を無視してまでも。
それを成し遂げたはずなのだ。
けれどいま、オヤジを超えたと思い切れないのは何故だろう。
霞む目に禁城が映る。
赤い雨の中、聞太師を殴ったオヤジの姿が重なって見えた。
オヤジ・・・なんで戦ったのさ?
殷を倒し、周を造るため。
考えてたどり着いたその答えは間違いではないはずだけれど、正しいのか。
飛刀を手放し、素手で聞太師に向かっていったオヤジ。
敵うワケなんてねーのさ。
けど、あのとき、オヤジにはそうする譲れない理由があったのだ。
俺っちがいま、こうして戦う理由は何だろう。
オヤジを越えること?それは、こんなことさ?
目の前の紂王は、確かに強かった。勝つことに拘りたいくらいに、強かったのさ。
だから、わかることがある。
「感謝するさ、紂王・・・俺っちの最後の相手になってくれてよ・・・」
オヤジは聞太師に、力で勝とうとしたのではなかった。
力が必要なかったわけじゃない。
でも、力を競ったわけじゃなかったさ。
オヤジは聞太師に何かを伝え、そして太公望師叔に後を任せた。
譲れない志のために、それがオヤジがしたことだった。
「あーたの首を切るのは俺っちじゃねーのさ・・・
あとはスースに・・・太公望師叔に全部任せるよ・・・」
オヤジは、己ひとりの勝ち負けに拘ったわけじゃなかった。
ああ、と今になって思う。
太公望師叔は、どれだけ重いものを背負ってきたのだろう。
オヤジからも、たぶん聞太師からも。
コーチたち十二仙からも、王サマからも、楊ゼンさんからも。
殷郊サマとか。
・・・周兵のみんなから、仙道の皆から、―――俺っちから。
周を造るってのは、そーゆーことになるんだ。
「わがまま言っちまったからなぁ・・・
これからはスースの言う通り、静かに余生を送るさ・・・」
紂王を倒したからって、それが全てじゃない。
倒すことも必要だけど、それだけじゃ終わらない。
倒せた今になって、・・・、違う、倒せたからこそ。俺っちはそれに気がつく。
「いいのか・・・」
「いいさ・・・俺っちにももう戦う理由がねぇから・・・」
戦わなければ気がつかなかった俺っちを、オヤジはどんな顔して見るだろう。
思い浮かべたオヤジの顔は、豪快に笑っていた。
俺っちも、まっすぐオヤジに笑いかける。
ホントに、紂王には感謝するさ。
そして、太公望師叔にも。戦わせてくれて、感謝してるさ。
考えられるだけのことを考えて、やれるだけのことをやった。
オヤジにも、コーチにも、誰にだってそう言って笑える。
ドッ、と鈍い音を立てて、激痛が走った。
胸の奥から、血塊が込み上げて来る。
―――これは、助からない。殷兵の声を遠くに聞きながら、それだけは明確に分かった。
「へっ・・・この死に方は考えてなかったさ・・・」
紂王サマが、俺っちを気遣わしげに見ている。
「天化・・・天化!」
あー、スースだ。
なんか泣きそうな顔が、目に浮かんだ。見えねぇけど。
「天化・・・すまぬ・・・すまぬ・・・」
師叔、別に謝らなくていいのさ。そう言いたいけど、もう、声もでねぇさ。
でもさ、スースなら。俺っちが何考えたか、この状況見てたぶん分かるさね?
だからスース、後は任せたさ。
俺っちの笑い顔がスースにも見えるといいのにと思いながら、俺っちは意識を手放した。