7 鏡に向かう



勝った・・・のか?

「予の負けだ、黄天化」
王の剣は折れ、胸を切り裂いた手応えがあった。

「さぁ、予の首を切って衆目の前にさらすがいい。それで殷は終わる」

それで、殷は終わる。
それがオヤジの志したもの。殷を倒し、周を造る。

いま首に突きつけているこの剣を、振り下ろしさえすればいいのさ。


それで。

それで?

それで父を越えた証になるというのか。


父を越えるとは、何だろう。


有り難いことに、目の前の紂王は、確かに強かった。
あのオヤジですらやられたっていうのも、わかる。
倒したかった。
そして、何とか自分は勝ったのだ。それは確かに、この手の中にある真実。

でもだからって。
父を越えた証になるのだろうか。

ついさっきまでそう信じてたさ。
オヤジの志を引き継ぐこと。すなわち、この手で殷を倒すこと。
それが自分のなすべきこと、考えに考えてそう行き着いたはずだった。
だからどうしても自分で戦って勝ちたかった。
太公望師叔の意向を無視してまでも。

それを成し遂げたはずなのだ。
けれどいま、オヤジを超えたと思い切れないのは何故だろう。

霞む目に禁城が映る。
赤い雨の中、聞太師を殴ったオヤジの姿が重なって見えた。

オヤジ・・・なんで戦ったのさ?


殷を倒し、周を造るため。
考えてたどり着いたその答えは間違いではないはずだけれど、正しいのか。
飛刀を手放し、素手で聞太師に向かっていったオヤジ。
敵うワケなんてねーのさ。

けど、あのとき、オヤジにはそうする譲れない理由があったのだ。

俺っちがいま、こうして戦う理由は何だろう。
オヤジを越えること?それは、こんなことさ?

目の前の紂王は、確かに強かった。勝つことに拘りたいくらいに、強かったのさ。
だから、わかることがある。
「感謝するさ、紂王・・・俺っちの最後の相手になってくれてよ・・・」

オヤジは聞太師に、力で勝とうとしたのではなかった。
力が必要なかったわけじゃない。
でも、力を競ったわけじゃなかったさ。

オヤジは聞太師に何かを伝え、そして太公望師叔に後を任せた。
譲れない志のために、それがオヤジがしたことだった。

「あーたの首を切るのは俺っちじゃねーのさ・・・
あとはスースに・・・太公望師叔に全部任せるよ・・・」

オヤジは、己ひとりの勝ち負けに拘ったわけじゃなかった。
ああ、と今になって思う。
太公望師叔は、どれだけ重いものを背負ってきたのだろう。

オヤジからも、たぶん聞太師からも。
コーチたち十二仙からも、王サマからも、楊ゼンさんからも。
殷郊サマとか。
・・・周兵のみんなから、仙道の皆から、―――俺っちから。

周を造るってのは、そーゆーことになるんだ。

「わがまま言っちまったからなぁ・・・
これからはスースの言う通り、静かに余生を送るさ・・・」

紂王を倒したからって、それが全てじゃない。
倒すことも必要だけど、それだけじゃ終わらない。
倒せた今になって、・・・、違う、倒せたからこそ。俺っちはそれに気がつく。

「いいのか・・・」

「いいさ・・・俺っちにももう戦う理由がねぇから・・・」

戦わなければ気がつかなかった俺っちを、オヤジはどんな顔して見るだろう。
思い浮かべたオヤジの顔は、豪快に笑っていた。

俺っちも、まっすぐオヤジに笑いかける。
ホントに、紂王には感謝するさ。
そして、太公望師叔にも。戦わせてくれて、感謝してるさ。

考えられるだけのことを考えて、やれるだけのことをやった。
オヤジにも、コーチにも、誰にだってそう言って笑える。




ドッ、と鈍い音を立てて、激痛が走った。
胸の奥から、血塊が込み上げて来る。
―――これは、助からない。殷兵の声を遠くに聞きながら、それだけは明確に分かった。

「へっ・・・この死に方は考えてなかったさ・・・」
紂王サマが、俺っちを気遣わしげに見ている。



「天化・・・天化!」

あー、スースだ。
なんか泣きそうな顔が、目に浮かんだ。見えねぇけど。

「天化・・・すまぬ・・・すまぬ・・・」
師叔、別に謝らなくていいのさ。そう言いたいけど、もう、声もでねぇさ。

でもさ、スースなら。俺っちが何考えたか、この状況見てたぶん分かるさね?

だからスース、後は任せたさ。
俺っちの笑い顔がスースにも見えるといいのにと思いながら、俺っちは意識を手放した。


大好きです。

<前の話 目次へ
▲書斎へ
▲▲正門へ

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル