| もしもクレオパトラの鼻がもう少し高かったら 2 |
親父の周りに、人がたくさんいる。 あんちゃんに、太公望。 それから、旦がいて、南宮カツと武成王がいて、仙道、とかいう奴らが何人かいる。 誰もが息を殺して、親父のわずかな表情の変化を、 それは俺も同じだろうが。 俺は少し離れてただ立っている。
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親父が帰って来てから寝込むまで、あんちゃんと親父はいつも一緒に居たように思う。 城下の視察をし、兵の鍛錬を見、山のような書類を読んだかと思えば 常に共に。 親父がいない間この国はあんちゃんが切り盛りしてきたわけだから、 ほんとには一緒にいないときだって、 むかし、親父が国を治めていたときは、全然こんな風じゃなかった気がするんだけど。 ひとつの国の主であるってことは、どーやらとてつもなく大変なことらしい。 あんちゃんの脇に映る親父を横目に俺は城下へ遊びに出る。 俺はそこにいたって役に立たねーって分かってるから。 政の手伝いなら旦がするさ。 俺がやるよりよっぽど確実だ。 ま、次男坊があんまり有能でも困るだろ? 、なんて科白は言ってみるだけ。 どーせ試してみなくたって俺はあんちゃんに敵わねーし。 あんちゃんは、ますます親父に似てきてる。 あーゆーのを賢人の風格、ってゆーのかな、と俺でも思う。 あんちゃんが完璧であればあるだけ、俺の手伝いなんかいらねーだろ? だから俺は今日も豊邑の街へと出かけていく。 西伯侯の息子が遊び歩いて、と咎める視線を向ける奴もときどきいるけど。 別に気になることじゃない。 そーゆー奴はあんちゃんを知らねえんだから。 あんちゃんは一人で立派に親父の跡が背負えるから。 だから俺は遊んでて構わねえだろ? 旦が好きで政を手伝ってるのと全く変わらねえ。 あんちゃんはこんな俺を分かってくれる。 街へ向かう俺に、しょうがないな、と優しく笑う。 それ以上何を求めることがある? そして親父は。 あんちゃんと共にいる親父は。 親父は、俺を見ない。 ・・だからどうだってワケじゃねえんだけど。 親父が帰ってきてから今日までに、俺何回親父と話したっけか? いや、だからどうだってワケじゃねえんだけど。 あんちゃんと話してる親父だって、旦と話してる親父だって、 俺が親父とたいして話してないのって当然なんだよな。 親父が俺たち兄弟を、おんなじように愛してくれているって事実、 ちょっとだって疑うわけじゃねえんだけど。
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「父上!」 あんちゃんの押し殺した、けれど切迫した声に、俺は現実へと引き戻される。 親父は意識を取り戻したようだ。 親父の顔が微かに動いてあんちゃんを探す。 あんちゃんを見つけた親父の目は少し緩んで今度は太公望を探す。 「太公望、」 微かな声が軍師に国を頼む。 太公望はここにいるどんな奴でも落ち着かせるような、そんな笑顔で頷く。 親父の視線はあんちゃんに戻る。 「伯邑考、太公望を父と思って敬うがよい」 ええ、とあんちゃんは答える。 でもあんちゃんにとって親父は親父だけだ。絶対。 そして親父の視線は宙をさまよった。 「困ったな・・もう何もすることが無い・・」 呟きをひろうことのできた者は幾人いるだろう。 親父は満足して逝くのか。 そんなあんちゃんは俺の誇りでもある。 ふっと親父の眼の色が鈍くなった。 「父上!」 あんちゃんが今度は押し殺したでもない声で叫ぶ。 世界が急にざわざわと動き出す。 俺は少し離れてただ立っている。 間際に一瞬親父が俺を見てくれたと思ったのは、 |