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1 織姫と牛飼のお話あれこれ
1-1a 羽衣天女→無理難題
1-1b 羽衣天女→逃げる織姫
1-2  天帝の采配
★ 七夕のお話 ★

2 雨と逢瀬
3 お星さま
4 竪琴のお話
5 終わりに 
 昨年の七夕報告では
  ・ 織姫 織女(訂正。)・牽牛という星の名前が現れるのは春秋戦国時代。 
  ・ 漢代に織姫と牽牛の恋愛物語が出来はじめたらしい。
と、申し上げました。

 今回はその「恋愛物語」のご報告です。
 つまりは発と邑姜の知るはずのない、だけど私たちの七夕には欠かせない甘く苦い物語。
 そしてそれは所により人により様々に異なってもいるのです。
 亭主の知る物語(亭主が今回選んだ物語)とあなたの知る物語、よろしければ比べてみてくださいませ。
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1 織姫と牛飼のおはなしのあれこれ

 「牛飼」でなくて「彦星」でもいいのですが(というかその方が一般的ですよね)、
「ひこぼし」では何をやっている人か分からないので・・。「男」と呼んでいるようなものですから。
(でも万葉集のころからでてくる由緒ある名前なんですけどね)
 でもって牽牛はあまりにも固いので。ここでは「織姫」と「牛飼」でご報告させていただきます。

 なおこれらは日本語です(はい?)。
 中国の伝説に出てくるときはまず「織女」と「牽牛」。
 でもどうせ韓国語やらタイ語やら追い切れやしないので、どこでも構わず「織姫」と「牛飼」にしております。
 どうかご了承くださいませ。

 なお以下のお話とパターン分けは民俗学のちゃんとした分類に基づいているわけではありません。
 また、現にある伝説パターンが網羅されているわけでもまったくありません。
 専門の方がご覧になったら眉をひそめられるには違いないと思うのですが、しろうとの亭主が「自分にとって七夕伝説とはこれだ」と思ったもの、それから七夕を書いて遊ぶためにはこれくらいは押さえておかなきゃと思ったものを挙げています。
 これまたご了承くださいませ。

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1−1a 羽衣天女→無理難題

 さて、邑姜ちゃんはこんな話を語っておりました。
 縦に切った瓜から流れ出た大水が、恋人たちを両岸に裂く。

 出会いの場面をすっ飛ばしてはおりますが、瓜のために分かたれるのはだいたい「羽衣天女→無理難題」型のお話で、亭主が馴染んでいるのはこの形。
 まずはそこから見ていくことにいたしましょう。
 
 牛飼は湖で天女が水浴びをしているところを見かけました。
 そのあまりの美しさに一目で惚れた牛飼は天女の羽衣を隠してしまいました。
 羽衣がなければ天女は天へ帰ることができず、牛飼の妻となりました。

 ある日天女は隠してあった羽衣を見つけ、天へと帰っていきました。
 はい、ここで終わるのが悲恋の物語、「羽衣」ですね。
 「羽衣」が「七夕」とくっつけば、もちろん天女が織姫です。
 そして有り難いことに織姫さまは、牛飼が天へと上がる方法を教えてくださったりなさいます。

 私に会いたければ畑にこれを蒔いてくださいな、と別れ際に織姫は瓜の種をくれました。
 これを蒔くと瓜は見る見るうちに伸び、天まで届きます。牛飼はその蔓を登っていきました。


 織姫と牛飼は再会を喜びましたが、天帝は天女と人が結ばれることを許しません。
 「明日一日でこの一町歩の荒野を切り開けぬなら織姫の婿とは認めない」などと無理難題をおっしゃいます。
 その夜織姫は牛飼に「荒野の四隅だけを切り開いていらっしゃい」と教えてあげました。

 牛飼は織姫の言われたとおりにいたします。
 すると不思議なことに天帝が検分に来たときには荒野がすべて切り開かれているのでした。
 「ううむ、しかしまだだ。明日一日でこの土地をすべて耕せぬなら地上に帰るがよい」


 今度も織姫の助けによって、牛飼は難題を解決することができました。
 そしてまあ彼はいくつかの難題を解くわけですが。
 ちなみにここでの難題は耕すことや穀物をより分けること運ぶこと、それから虫の害に耐えることなど。

 ・・・と言いますか織姫さん、これだけ牛飼のことを思われるなら何故お帰りになったのですか?
 やはり仙界の清浄な空気の中でなければ生きることができないのでしょうか。
 郷愁は愛情よりも強いのでしょうか。
 いえもちろん喧嘩別れの七夕伝説よりこちらの方がよっぽど好きではありますが。
 もしかすると牛飼も天に上がらせて、そして永遠に共にと思われたのか。

 最後に天帝は牛飼に瓜を差し出しました。
 「うむ仕方がない。これが切れれば織姫と結ばれること許してやろう」
 喜んだ牛飼は織姫の言葉を待たずに瓜を切ってしまいました。縦に。

 すると瓜からは大水が流れ出て、織姫と牛飼はその川の両岸に分かたれてしまいました。
 天界では瓜は横に切るものだったのです。

 しかし引き裂かれた二人があまりに嘆き悲しむので、天帝は年に一度二人の逢瀬を認めてやりました。

 とりあえずここまで。幼いころの記憶とネットでの検索から亭主が今回選んだのはこんなお話です。
 「選んだ」というよりは「自分のなかで固まった」と言ったほうがいいでしょうか。「つくった」と。

 「選んだ」と「つくった」の境界はあいまいです。
 本に載ってる話と自分が聞いたことのある話ってしばしば多少違います。
 亭主も複数の七夕物語なり羽衣天女の物語なり無理難題の物語なりを読みまた聞いていますので、それらは最早ごった煮となっております。
 さらに隙間を埋めるべく情報を探せば、あふれんばかりに手に入ります。

 そして何時の間にかそこには自分の「知っている」、つくったつもりでない固まったお話がそこにある。
 単に情報の海の中からできあがったお話を「選んだ」だけではないのですよね。
 でも私の創作ではない。これを知っている、これしかない、これが(自分の中で)正しいというものだけを、必然として拾ったのがこのお話。

 とにもかくにもこれが亭主の織姫と牛飼です。

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1−1b 羽衣天女→逃げる織姫

 さてさきほどの織姫と牛飼は、何はともあれ相思相愛だったのですが。
 こちらは押しかける男と逃げる女。

 はじめは同じく天女の羽衣のお話です。
 そして羽衣を見つけて天に帰った織姫は、もう牛飼の顔なんて見たくもありません。

 この牛飼に天に上る方法を教えてくれるのは、彼の飼っている牛さんです。
 おお、牛飼たる職業設定が生かされていて結構なことです。
 「牛飼」でなくて「犬飼」のお話もあるようです。
 まあ相思相愛(1a)の物語で天に昇る方法その他を牛や犬が教えてくれたり、あるいは彼らの存在が役に立ったりするものもありますが。

 ちなみにここではなるべく人物の性格に破綻を来さないように1aと1bのエピソードを振り分けております。

 牛さんのお蔭で天に昇った牛飼は織姫を追いかけます。
 織姫は逃げ、牛飼と自分の間に金のかんざしで線を引きます。
 するとそこには大きな川ができて、織姫と牛飼は川の両岸に分かたれたのでした。
 なおも牛飼が追おうとすると天帝の使いが現れて、ふたりは年に一度だけ逢うことと定めたのでした。


 つまり妥協案ですね。織姫はしぶしぶ年に一度は牛飼と会うのです(苦笑)。
 こちらの方が話の筋は通っていると思うのですが、・・・悲しいので採用せず。

 簪で川ができる話も1aのパターンにあったりします。
 無理難題の最後が鬼ごっこ。簪を貸してもらって鬼と自分との間に線を引くように言われていたのに間違える、と。
 いろんな組合せがあるものです。
 どの組合せもそれを聞いて/話している人にとってはきっと必然なのですよね。
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1−2 天帝の采配

 ひょっとするとこれがいちばん一般的かもしれません。
 羽衣天女とは関係なく、天上の織姫と牛飼のお話。

 織姫は毎日せっせと機織をしておりました。
 遊ぶということを知らない織姫に天帝はこれまた働きものの牛飼を契らせてやりました。
 ところが一緒になった二人は遊んでばかりでちっとも働かなくなりました。
 怒った天帝は二人を天の川の両岸に引き裂き、年に一度だけ逢わせることとしました。


 引き裂いたら今度は泣いてばかりでやっぱり働かないので、年に一度だけ逢わせることにしたというお話も。
 とにもかくにも働きなさい、という教訓が強いような。
 「織姫」「織女」も「牛飼」「牽牛」も職業を表す名前ですから(「彦星」はたぶん違うんだけどさ・・・)労働に関わる説話になるのはごく当然でもあるのですが。
 昨年のご報告にあるように技芸(職業能力)の向上を祈る祭りですし、1aのように名前が内容に全く関係ないほうが変かも知れません。無理難題の内容にすこし反映されてはいますけれどね。

 で、労働に関わる話である以上、その労働が普及していなければ当然お話も広まらないわけですよね。
 鉄製の犂を牛に引かせる農法が普及したのは春秋〜戦国時代、紀元前6世紀ころから。
(木製の犂だったらどうなんだろう?)
(でも解説は「これを牛耕農法といいます」だから鉄より牛に重点があると見ていいんだろうか)
 で、これは発っちゃんより500年は後のお話。
 いまさらですがごめんなさい。

 機織の方は牛耕農法よりは古いと思いますが、どこからが「機」なのかもちょっとよくわからなくて。
(編みと織りの違いは縦糸と横糸があるかどうか、ってこと?で、織るための道具は全部「機」?それでいいのかな?
 ああ、ごめんなさい。

 で、これはこれなりに亭主にもなじみがあったのですが。
 これを選ばなかったのは、教訓臭いからではなくて、流れ水のイメージに全く迫力がないからなのでした。
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2 雨と逢瀬

 さて織姫さまと牛飼さんの出逢いと別れをあれやこれやと見てきましたが、 いずれも七月七日に二人は逢瀬を許されます。
 天の川にかささぎの橋が架かるのは韓国由来の伝承らしい。
 そして亭主はかささぎはまっ白だと思いこんでいたのですが、違います。
 頭と羽根は黒、腹は白のこんな鳥。きれいでしょ?(広島自然画報さま)

 ところでここで問題は、かささぎの橋が架かるのは晴れた日か雨の日か。
 雨の日には天の川の水が増えるのでかささぎが橋をかけるのだという説はたくさんございます。
 これだと晴れても降っても逢えるのですね。
 でも晴れたら裾を濡らして川を歩くの?(深さはそれどころじゃないだろう。)

 昼の雨は再会のお喜びの涙、夜の雨は別れのお嘆きの涙とも。
 水が穢れを払うとこの日に雨を望む地域も。
 笹が天の川の水を掬って雨を降らせるという雨乞いの伝承すら。

 この日の雨は必ずしも嫌われものではないのです。

 それはたぶんやっぱり農耕のお祭りだからで。
 特に梅雨にあたる新暦の七夕はともかく、旧暦の七夕は今年は8月15日、暑い暑い盛りです。
 暑いのはともかく日照りで干乾びてしまったらたいへんです。
 雨を望むのもむべなるかな。

 でもやっぱり亭主としては星が見えた方が嬉しいのですが。
 雨が降ったら逢えないというお話ももちろんあります。
 星と結びついたお祭りでもある以上これもまた当然ですね。
 雲の上はいつだって晴れなんですけどね。

 さて旧暦七月七日は半月です。
 織姫さまは月の船に乗って天の川を渡るというお話もございます。
 これだと天の川の増水ではなく船が手に入らないから雨の日は逢えなかったりするのでしょうか。
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3 お星さま

 それではこのあたりで基本のおさらいをいたしましょう。
 空に居ます織姫さまはこと座のべガ。こちらの解説が視覚に訴え断然充実。
 牛飼さんはわし座のアルタイル。(ともにMiraHouseさま星のるつぼ
 申し上げるまでもなく二人を分かつのは天の川です。

 こと座のべガは琴を飾る宝石ともいいますが、織姫さまと見れば琴の本体は瓜畑。
 この日お二人は瓜畑で逢瀬を楽しんでいらっしゃるので、7日の夜には瓜畑に入ってはいけないとか申します。
 (織姫が川向こうに渡るんじゃなかったのか?)
 あれは機織り機って話もあるけどね。

 織姫さまと牛飼は二人の子をなしたと言い、瓜畑のつけ根の星(瓜畑のうちいちばんべガに近い星)と べガから見て瓜畑とは対称にある星(その三つで三角形ができます)は、たなばたさまの子供です。

 1bのパターンで、牛に「織姫が3人の子を産むまで羽衣のありかを教えてはいけませんよ」と言われていたにもかかわらず、二人目の子が生まれた時点で安心した牛飼は織姫にせがまれ羽衣のありかを教えてしまいます。
すると即座に織姫は両腕に2人の子を抱えて天に帰ってしまいました。
 これは子が3人だったら一度には抱えられないという話。
 なんとなく、怖かったり。

 アルタイルにも二つの近しい星があり(これらはだいたい一直線に並びます)、それは彼の連れている牛。

 あ、今夜2002年7月7日の午後11時ごろ、織姫さまはほぼ天頂においでだそうです。
 晴れている地方の方、ご覧になられてはいかがでしょう(・・これを何時にアップするんだ?いま8時半なんだけど)。
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4 竪琴のお話

 いきなりギリシャ神話に移ります。
 これはべガと言うよりこと座のお話ではありますが。
 そして思いっきり有名どころですので解説の必要もないかもしれませんが、それでも。
(やっぱり細部には多々違いがありますけど)。
 
 オルフェウスは竪琴の名手でした。また妻エウリュディケを深く愛しておりました。
 ある日エウリュディケは毒蛇に噛まれて命を落とし、嘆き悲しんだオルフェウスは冥界へと出かけます。

 三途の川の渡し守カーロンは、オルフェウスの爪弾く悲しみの音色を哀れみ生者を決して渡さないはずのステュクス川を渡してやります。
 地獄の門の番犬ケルベロスも美しい竪琴の響きに眠り、ついにオルフェウスは冥界の王ハデスの御前に着きました。
 妻を返してほしいと切々と訴え、悲しみに満ちた竪琴を弾くオルフェウスにハデスの妻ペルセポネの心が動きます。
 愛する妻のとりなしにハデスは条件つきでオルフェウスの願いを許しました。
 「エウリュディケは返してやろう。しかし地上にたどり着くまでおまえは決して振り返ってはならぬ」

 オルフェウスは妻の幽かな足音を聞きながら振り返らずに歩いてゆきました。
 ところが地上まであとわずかというところ、不意にエウリュディケの足音が聞こえなくなったのです。
 彼は思わず振り向いてしまいました。

 そこには松葉が降り積もり、空気のように軽い彼女の足音を消していたのです。
 一瞬だけ見えた妻の姿は「もうこれきりです。さようなら」とのか細い声と共にかき消えました。
 悲しんだオルフェウスは再び冥界へと下りて行きましたが、後悔がわずかに竪琴の音を曇らせたのか、渡し守は二度と彼を渡してはやりませんでした。

 絶望したオルフェウスはステュクス川に身を投げました。
 彼を哀れみまたその才を惜しんだゼウスはその竪琴を天に上げ星に変えたということです。


 さてこれだけ書いて亭主が申し上げたかったことはといえば。
 ステュクス川は天の川のことである、ということなのでした。
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5 終わりに

 私がここで思うまま、記憶と情報に基づいてつなげつくったお話を、 私の子どもはそれこそがたなばたさまのお話だとおそらく思い。
またその記憶と外からの情報ですこしだけ違った話を語るでしょう。

 ネットの上で民話ができる時代です。(そしてそれがベストセラーになっちゃうような。)
情報はすぐに得ることができ、それはすぐに伝達され、そして人の意識は影響されます。

 逆に言えば口伝の継承、地域性の継承はとてもとても難しい。
 上記は亭主の中である程度固まった(譲れない)織姫と牛飼の物語。
 これは確かに確かに私のほんとうの七夕のお話。
 けれどこれが亭主の出身地xx県xx市の七夕の物語と言われたら、ものすごく私は困ります。
 明らかにこれはそういうものじゃない。

 そして私には出身地xx県xx市の七夕の物語はもうわからない。

 それは亭主だけではないはずで、また亭主も地域の話のわかる昔に帰ろう/帰れるなどとは思ってもなく
これは申し上げるだけ甲斐のない話かもしれません。
 そもそも亭主はこうやってなにかを調べて自分の中でイメージを固めていくことが大好きなのですし。
 それでもこんなふうに「つくった」民話を語るとき、その性質についてはこれだけの言い訳をしたくなる。

 以上はどこの地域のものでもなく、なにか1冊の本に基づくものでもなく、亭主の織姫と牛飼のお話です。
 読んでくださってほんとうにありがとうございました。

参考リンク先
横浜こども科学館 > 天文民俗学のページ > 日本の星の伝説 > 七夕の民俗と星
星の神殿 >  七夕  > 起源・説話・詩歌など
どちらも昨年も使わせていただきましたが何度拝見しても奥が深いです。
また文中で使わせていただきました 広島自然画報 MiraHouse
あとgoogleのイメージ検索で、カササギ
オルフェウスの竪琴については検索をかければかけるだけ山のように出てきます。
見た限り外れも少ないようです。あちらこちら利用させていただきました。

あと全然関係ないのですが今回の七夕一押しページはこちら七夕茶会

文責は水波にございます。
誤りなど気づかれましたら私まで掲示板やメールで教えていただければ幸いです。
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ただし最終的には情報のご利用はご自身の責任で。
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