サンタクロースってほんとにいるの?  .
 


前々日 ドライフルーツと小麦粉と大掃除

クリスマスツリーの飾りつけも済んで、カレンダーの小窓もわずかとなって。それでいながら道徳はまだサンタクロースをどうしようか決めかねている日々が流れて。
実は道徳はプレゼントはもう用意したのですけれど。
渡すか、渡さないか、どうやって渡そうか。
天化のほうはといえば、ひところほどに背伸びをしている感じはありませんけれど、それでもまあ、十分にいい子にしていました。

「サンタさんの来るのは、あさってさ?」
道徳の言葉に安心しているだけに、屈託なく信じきっている子どもの笑顔。
それでも道徳は、なぜかどうしてもサンタクロースを信じ込ませることにひっかかりを感じ続けていたのです。

そうしているうちに今朝も小窓をあけたらカレンダーの残りはあとひとつ、となったある日の朝。
紫陽洞には流麗な手跡の文が一通届けられました。

「お呼び立てして申し訳ないのですが是非にと公主さまがおっしゃっておられますわ」
「お返事をいただけますでしょうか、道徳さま?」

溌溂とした弟子たちが朝一番に届けてきたのは竜吉公主からの鳳凰山への招き。
他ならぬ公主の誘いです。特段用事があるわけでもなし断る理由は何もありません。
けれど天化を連れてくるように、とわざわざ公主が書き添えているのが気になります。

何か、崑崙中がうちのクリスマスで遊んでるような気がするよなぁ・・・。

ふと道徳はそんなことを思いましたが、とりあえず気のせいということにしてその考えを頭の片隅に片付けて。
「ああ、わかった!お伺いしますと公主にお伝えしてくれないかっ!
ところで、公主はどんな御用なんだ?!」

道徳の質問には碧雲が眼を輝かせて答えました。
「天化さんを驚かせたいから、御用は内緒でございますわ♪」
「ありがとうございます、道徳さま。それでは公主さまにお伝えいたしますわ」
「「お待ちしておりますね」」

赤雲が纏め、絶妙のタイミングで声を揃える二人。
先程の考えは気のせいではないように、どんどん道徳には思われてきましたけれど。

それでも、公主のことですから。
太公望とは違うでしょう、たぶん、きっと。間違いなく。
それで昼下がり、紫陽洞の師弟は鳳凰山へ出かけてゆきました。


「よく来たの・・・呼び立てて済まなかったな、道徳」
鈴の鳴るような声、穏やかな微笑み、公主はもちろん平生のご様子と特にお変わりはありませんでしたけれど。
透き通る瞳がとてもとても楽しそうに見受けられたのは、自分の目に色が付いているからなのかそうでないのか、道徳には判断しかねるところでした。

「焼き菓子でも作ろうかという気になったのじゃが、子どもは喜ぶじゃろうと思うてな」

お気遣いかたじけないと律儀に頭を下げた道徳を、公主は軽く首を傾げて止めました。
「早計に礼を言わぬほうがよいかも知れぬぞ?」

公主からそんなことを言われるとは思いもよらなかった道徳はもちろん驚きましたけれど、 その真意を追及する暇は残念ながらありませんでした。
「・・・・・まあ、弟子を思い煩うことから時に離れるのもよかろう。
天化はこちらに任せてゆっくりしていくがよい。細々と頼みもあるしの?」

苦笑いをしながら続けられた公主の言葉を裏打ちするように、隣の部屋からは呼び声も聞こえてきました。
「道徳さま〜お願いがありますの〜」
見ると棚を動かしてくれ、ということのようです。公主が台所に篭る間にどうやら弟子たちは大掃除に取り掛かる様子。頼んだぞ、と公主にも頭を下げられましたし、もとより力仕事は嫌いではありません。
騎士道精神?も発揮して道徳はその午後せっせと働いたのでした。

一方の台所。
「うわあ、広いさ〜」
広くて、明るくて、泡立器、パイ皿、クッキー型・・・見たことのない道具がたくさんあって。公主の洞府に来るのは初めてではありませんが、台所に入るのは当然ながら初めてで天化は目を奪われていました。

「さて、では始めるとするか。天化、菓子は好きかの?」
「大好きさ!ときどき太乙さんが持ってきてくれるやつさ!」
公主はころころと笑いました。
「あれも甘いものが好きだからのう。道徳は作ってはくれぬか?」
「コーチも作れるのさ?・・・あ、ジャムはこの間作ったさ!あと甘いのは・・・果物は甘いさ♪」

「ジャムも果物も菓子とは少し違うのう・・・まあよい、道徳が作れぬのならなおさら好都合というもの。
天化が覚えて帰ってこんど道徳に作ってやるとよい」
「わかったさ!」
聞きようによっては不穏な公主の呟きを聞いたのか聞いてないのか天化は元気に返事をし、二人は早速仕事に取り掛かりました。

公主が作ろうとしているのはミンスパイ。
サンタクロースの好物なのじゃよ、と聞かされて天化はますますはりきって食材に向かっています。
干し葡萄、黒すぐり、オレンジにシナモン、ナツメグ、檸檬にりんご、アーモンド、そしてブランデー。もちろん砂糖も。

「時計回りに混ぜるのじゃよ?」
逆に混ぜると運が逃げてしまうから。
他愛ない伝統も、公主が口にすればきっとそのとおりなのだと思えてきます。
果物を火に掛ける間に今度はパイ生地。
粉を篩って、混ぜて、練って、休ませて。そして麺棒で広く伸ばして。
「天化、そんなに力を入れて伸ばしたら破れてしまうぞ?もうすこし、気楽にやるがよい」

そんなこんなで二人は楽しんで仕事を進め、ついには22個のパイをオーブンの中に閉じ込めました。
「ふむ、後は焼きあがるのを待つだけじゃな」
道徳たちもそろそろ戻ってこよう。天化、お茶の準備を手伝ってはくれまいか?
「もちろんさ!」
だいぶ台所の勝手も分かってきたので、茶葉の在りかだけを尋ねると天化はてきぱきとお茶の用意をはじめました。公主は手を出さずにその様子を眼を細めて見ています。

「天化」
「何さ?」
ふと公主は天化を呼び止めました。
「天化はお茶を淹れたり、菓子を作ったり、料理をするのは好きかの?」
「好きさ!おいしいさ♪」
「ふむ。天化の作ったものを道徳に食べさせるのはどうじゃ?」
「それも好きさ!コーチは何でもすごいおいしそうに食べるさ」

返事を聞くと公主は天化の頭に手を伸ばしました。
「それなら、そなたたちのところにはサンタクロースが来るじゃろう。
楽しみに待っているとよい」
頭を撫でられた天化は、少し照れて頷きました。

お茶の支度が済んで、そうしてパイも焼けたころ、道徳と碧雲たちが台所を覗きました。
「公主さま、今日の予定のところは大体・・・あら、いい香りですわ!」

焼きたてのパイと熱いお茶。
パイはとてもとても甘くておいしくて、五人は和やかに舌鼓を打ちました。
帰りがけ、公主は天化に土産だといってパイを山と持たせました。ええ、道徳が首を傾げるほどたくさん。残ったパイのほとんどすべてを。

「日持ちはするからの、食べる前にはまた軽く焼いてやるとよい」
「でも公主、こんなに?」
道徳の問いを公主ははぐらかせます。
「道徳、私はそなたに遣ったのではなく天化に遣ったのじゃぞ?」
「公主さま、ありがとうさ!」

「公主さまにいろんなこと教えてもらったさ〜」
帰り道、そう言って機嫌のいい天化に道徳はあれこれとあの手この手で尋ねたのですが、天化ははしゃぐばかりで決して口を割らないのでした。




うわもうイブなんですけど(^^ゞ、これは23日のお話。
っていうか長い。何でだ〜。
ミンスパイの写真はこちら。…もちろん卵とかバターとか入ってます、ごめんなさい。
時計回りは(北半球では)太陽の回る向き。それで逆を避けるみたいですね。
すでに1日遅れの進行ですが、明日は軽い・・・予定は未定。

2006.12.24

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