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甘い水 (9)




高みへと突き上げられるその瞬間は、何ひとつわからなくなる。自分が誰で、抱き合う相手が誰なのかも、すべてが飛ぶ。つながる相手の脈打つ熱に焼かれ、ただ、身体に満ちる快感だけを感じる。好きな相手に抱かれ、身体の中、これ以上はないぐらいに深く入り込まれ、ぐちゃぐちゃに乱されて、幸せを感じる。抱き合う体と体がどろどろと一つに交じり合う。同じ血を分けた体が、甘く解け崩れ、一つに戻ろうとする。

放してやらない。おまえは、俺の―――

普段は意識の表面に出てくることの無い、欲、が、空白となった意識の闇に、ちらちらと舞う。色欲、独占欲―――諸々の、穢れであり清めでもある、真実の欲望が。

おまえは、俺の、ものだから。





鼻筋を辿ってくる唇に、ふわりと浮いた意識を引き戻される。
ほんの少しの間だが、放心していたらしい。

「ん―――」

力の抜け切った身体が重い。どうにか身じろぐと、いまだ繋がり合った部分から、くちゃりと濡れた水音がして、眉をしかめる。

「すげえ、良かった」

溜息まじりに囁く声がする。

「兄貴もさあ、良さそうだったよな」

ライナスが、ろくでもないことを言いながら、甘ったれて、顔を擦りつけてくる。達して力の抜けた身体を撫でてくるから、くすぐったくて、身を捩る。

「抜け」

色気もそっけもない、一言だけの命令をする。口を動かすのもかったるいのだ。
返事は無かったが、小さく鼻を鳴らすような音が聞こえた。ロイドの不興を買うのを恐れ、溜息を途中で飲み込んだらしい。絡んだ脚が解かれ、今だに相当の質量を持つものが、ずるりと抜け出されていく。

「―――っ」

内側の粘膜が、名残惜しげに、食い締めるような動きをする。塞がれていた管を、流れでていこうとする液体のぬらりとした感覚が、鈍った神経を嬲る。
ようやく自由になった器官は、自分の意志とは関係なく、ひくひくと収縮を繰り返した。身体の中から流れ出てくる液体が、尻から脚のあたりを伝う。その感触にも慣れてしまっていて、不快だとは思わないのだが、理性が戻り始めているから、少しばかり癇にさわる。低く唸って寝返りを打とうとすると、抱き寄せられ、腕を枕代わりに頭の下に差し込まれる。

「寝ちまいなよ」

んなわけにいくかよ――――親父が呼んで―――ニノが―――

義妹のことを考えて、こうなるに至った過程を思い出してむかついてくる。ニノにではない、ライナスに対してだ。

てめえ、人の弱みに付け込むようなまねしやがって―――

間近に、弟の顔があるのを睨みつける。すでに日は落ちて暗い部屋の中なのだが、ロイドは夜目が利く。ふにゃふにゃと和んだ弟の顔が、ロイドの不機嫌を察して、びくりと緊張するのを見る。

「てめえが、親父のところへ、行ってこい」

「ええ?俺はもうちょっと兄貴と―――」

「行け。行かないなら、おまえとは口を利かん」

「うわ―――わかった、わかったからよ」

ライナスがあわてて飛び起きると、頑丈な作りの寝台がぎしりと軋んだ。暗い部屋の中、服やら剣やらを身に着けているらしい騒々しい物音と、ついでに、テーブルやら椅子やらにぶち当たり、罵る声。

「うるさい」

ロイドが少し眠たげな声でそう言うと、ごめん、ごめん、と謝りながら、そろそろと扉を開けて出て行った。
急に静かになった部屋には、弟の匂いと気配が強く残っている。今だ手足に絡みついてくるような甘ったるい感覚を振り払えないまま、ロイドは目を閉じ、眠りに引き込まれる。





空を裂いて、剣が鳴った。
ベルンの貴族の屋敷の中、贅を尽くした広間でのことである。召使の手引きを受けて、たいした手間もなく、簡単に入り込むことができた。おっとり刀で屋敷の奥から駆けつける兵士たち相手に、ロイドは仕事を始める。

ロイドの目の前で剣を構えていた男が、無造作に跳ね上げた一撃に、声もなく崩れ落ちる。高く振り上げられた銀光は、ふわりと、そのまま止まってしまうかのような、緩やかな動きをする。それを隙と見たもう一人が、剣を突き出して飛び込んでくる。刃を交える間さえ与えられずに、その首が飛んで、ごろりと転がる。遅れて身体が倒れ込み、どう、と重い音をたてる。

血飛沫を散らせた刃先が、また、ふわりと宙を舞うような動きをする。惹きつけられるように間合いを詰めてくる敵は、ロイドが刀を返したとも見えぬ間に、胸から腹のあたりを切り下げられている。緩急自在、常人ではその太刀筋を見て取ることもできない。ベルンの白狼の、死を呼ぶ舞いである。ロイドの剣には、独特の溜めがあって、そこからの打ち出しが尋常ではなく速い。すらりと動く剣先は猫騙しのように相手の気を惹き、次の瞬間には残像も結ばぬ速さで切り捨てられている。
サカ風の、細身で反りのある刀を振ると、小さな飛沫となった血が飛んだ。ロイドは無造作に刀を鞘に収める。

「いやあ、いつ見ても素晴らしいねェ。いいもの拝ませてもらったよ。ほんと、おまえさんは天才!」

仕事を終えたロイドが振り向くと、暢気に拍手をするラガルトの姿があった。牙では疾風と呼ばれる男である。細身で背が高く、たいていは、少しばかり皮肉っぽい笑いを薄い唇に浮かべている。紫銀の長髪を額に巻いたバンダナで止め、盗賊風の身軽な拵えをしている。ロイドの数少ない友人と呼べる男でもあった。

「働け」

別段、怒っているわけではないが、ぶっきらぼうな口調でロイドが言う。

「俺が手ェ出したら、邪魔にすんだろ。だいたい、仕事の邪魔をされたくないからって、俺のこと連れてきたんじゃねえのかい。このぐらいの人数なら、おまえさんの憂さ晴らしの相手にはちょうどいいだろうよ、なァ」

ラガルトが、にやにやと笑いながら言う。
図星といったところなので、ロイドは何も言い返さずに、身を翻して歩き出す。

牙のアジトへと引き上げてきたところで、廊下の奥から、デカイ図体の弟と、その半分ほどの背丈の華奢で可愛らしい義妹が、並んで何やら妖しい物体を捧げ持ってくるのが見えた。真っ黒な粘度の高そうな巨大な固まりが、ライナスが持っていてさえ大きな皿にどーんと鎮座している。まだ相当の距離があるというのに、うさんくさい色と形をした固まりは、奥歯が疼くようなだだ甘い匂いを放っていた。ロイドは自分の顔からざっと血の気が引いていくのを感じた。

「逃げろ」

「へっ?」

呆然とするラガルトに一言だけを残し、ロイドは身を翻して駆け出していた。

「あっ、兄貴、待てよっ」

「ラガルトおじさん。あたし、ライナス兄ちゃんと一緒にケーキ焼いたんだよ。みんなで食べようね」

「兄貴〜!」

うるせェ、呼ぶな。
俺はまだ死にたくない………というより絶対死んだほうがまし―――俺は、しばらく旅に出るから…追うな、ついてくるな、馬鹿野郎!!!

ベルンの白狼と呼ばれた男は、この日生まれて初めて尻尾を巻いて、戦場から逃げ出したのである。



END



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