甘い水 (8)
淫らがましい吐息が、日の落ちた暗い部屋に満ちている。
喘ぎ続けた喉が痛かった。思考も感覚も、薄く一枚幕がかかったように遠く鈍くなっている。時折、強い快感がその幕を貫いてきて、身体を痺れさせ、さらに思考を乱される。
「ん、ああ、ふ…」
ロイドはうつ伏せに上体を伏せ、後ろから腰だけを高く抱え上げられ、獣のかたちで突き上げられている。深く入ってきたものを、きつく締め付けてやると、首の後ろで低い唸り声がした。尖った犬歯で首筋を噛まれて、掠れた悲鳴を上げる。抱き合う身体は飽きることなく、貪り、貪られ、を繰り返している。乱れきった自分を晒すことへのためらいは、すでに消えている。
こうやって弟と抱き合うとき、一度吐き出して頭が冷えたところで、大抵はロイドのほうが嫌を言うのだ。食い足りない犬のような顔をしても、ライナスは兄の言うことに逆らいはしない。
それでも時折、こんなふうにたがの外れた交わりを続けることがある。ロイドが本気で嫌だと言っていないからだ。ロイドのほうが欲しいと思っている時は、ライナスはロイドを放そうとしない。
―――何やってんだか……
そう思いながら、もっと、とせがむ。この弟とずっとこうやって繋がっていられれば良いのに、と思う。互いに対する執着なら、きっと、自分のほうが強い。
馬鹿だ――――本物の馬鹿――――
心の片隅に追いやられた、理性の欠片がぶつぶつと呟く。
熱を持った粘膜を、強く擦られ身悶え、喘ぐ。
なんでこんなに、この弟を、愛しいと思うのか。最奥まで入りこまれ、揺さぶられて声を上げながら、まだ足りないとすすり泣くぐらいに。
敷き布を掴み、何度目かの高い波に押し流されるのにまかせようとしたとき、扉を軽く叩く音がした。上げかけた声を殺すのに、とっさに寝台に顔を押しつける。
「兄ちゃんたち、いないの」
高く澄んだ、少女の声がする。
部屋のすぐ外からの、義妹の問いかけを聞いて、すうっと頭の芯が冷えていく
ニノ――――
義妹が扉のすぐ外側に来るまで、全く気づかなかった自分の鈍さに舌打ちをする。ニノは人懐こいが、ロイドやライナスの私室に足を運ぶことはほとんど無い。人の邪魔にされることに、敏感な子供だ。あえてここまで来たからには、相応の理由があるに違いない。義妹の様子からして、部屋の中の物音を聞かれてはいないようだと判断し、ロイドはほっと息をつく。
つながりを解こうともがき、敷布を掴んでずり上がろうとするのを、腰をつかんで止められる。外れかけそうになったところを、思い切り引き寄せられ、ぐっと抉られた。
敷布を噛んで、必死で声を殺すが、喘ぎが鼻に高く抜ける。片手が前に回ってきて握りこまれ、逃げようとする動きを止められる。
「ばっ…なに―――」
声を潜めてライナスを叱ろうとするが、ねじ込まれたまま腰を回されて、言おうと思った言葉が溶けて消える。
「放さねえよ。兄貴がこんなになってるのに、もったいねえもん」
荒れた声が、楽しげに囁く。
身体をよじって逃げようとすると、かえって自分から犯されるような動きをしてしまうことになり、上がる声を抑えるのに、自分の指を強く噛む。震える身体の中を、小刻みに揺らすように行き来され、ぬるぬるとたまらない快感を感じる。
「ちっとぐらい声出したって、聞こえねえって」
ロイドは自分で自分の口を塞いだまま、頭を振る。
そんなわけがあるかっ―――ニノがすぐそこにいるんだぞ。そんな気になるかっつうんだよ。いやだ、放せ、馬鹿―――
「おう、どうしたあ、ニノ」
くちゃくちゃと粘った音をたてて交わりを続けながら、ライナスの声は震えることなく、いつもの陽気さで義妹に問いかける。
「あっ、ライナス兄ちゃん。父さんがね、ご飯だから兄ちゃんたち呼んでこいって」
明るく大きな声で返事があった。
親父が呼ぶなら、仕事の話か―――と僅かに正気に戻りかけたところで、太い指で性器の先端をぐるりと撫でられた。かろうじて声は殺すが、喉が、くっ、くっ、と短く鳴った。
―――てめえ…ほんとに、あとで―――
達しかけていたところを、かろうじて止めているというのに、絞るような動きで前をこすられ、腰を引けば奥をくちゃりとかき混ぜられ、開放を即される。ビクンと背中が跳ね、痺れるような切ない感覚が、突き上げられる場所から広がってくる。
「わかった、兄貴とちっとばっかり用があるんだ。済ませたら行くからよ」
震える身体に、ゆっくりと大きく出入りを繰り返される。頭の中が痺れ、目の前にちかちかと光が弾けた。どうしようもならなくなって、指を噛んだまま、ただもがく。
「うん、父さんに言っとくね」
「ありがうとよ、ニノ」
たん、たん、と跳ねるような軽い気配が遠ざかっていく。心底ほっとして、せめて文句の一つもと口を開いたところ、思い切り腰を引かれ、深くねじ込まれる。硬い腹の感触が、ぴしゃりと尻にぶつかってきた。
「あ――――」
止めようも無く、声が上げる。
背骨を一気に駆け上がる、ぞくぞくとした震え。
「や、アァ、あ、ライナス―――」
激しい動きでがくがくと身体を揺さぶられ、熱っぽい粘膜を手荒く擦りたてられる。
唇から間断なく意味不明の音が漏れ、ひくり、と自分の内側が震えるのを感じる。口が開き、手足が攣りそうに痺れる。
「甘い、あ、だめだ、ァアアアッ」
突き上げられ、甘く溶けくずれながら、とろりとした液体を吐き出す。気持がよくて、自分が何をしているんだか分からなくなる。腰から頭頂までを貫いた快感は、身体のなかに、気だるく広がって満ちる。ひくつく内部が中にある熱い固まりをしゃぶるように締め付け、そこを押し広げるように、さらに抽送を繰り返される。
はやく―――
そう言ったつもりが、意味のある音にはならなかった。
「や…もう、あ……」
滑り落ちようとする意識を引き止められ、さらに快感の中へと押し上げられる。自分の意志ではないのに、身体の思わぬ場所がひくひくと震えるのが切ない。弟の体が背中に覆いかぶさってきて、一番深いところに、熱を注ぎ込まれる。受け入れた部分が悦びにひくつき、抱き込まれて声も出せぬまま、白い闇に落ちるように意識が飛ぶ。
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