「騎士の祈り」 (1)
「やめろ、よさないか、ばか者」
ケントは声を殺しながら、服の中に忍びこんでこようとする手を止めようともがく。
「良いじゃないかあ、減るもんじゃなし」
圧し掛かってくる男は、どうにもふざけたことを言いながら、いたずらの域はとうに越えた行為を止めようとしない。潜められたケントの叱責の声が、宿屋の一室に響いた。
夜半である。
アラフェンからカートレー領内にはいってすぐ、キアランへ十日ばかりの距離を残している。急ぎキアランの城へと向かう道中、日暮れにはまだ間があったが、キアランの公女を中心とする一行は、小さな町で宿をとった。実質的に一行を差配しているのは、キアランの騎士であるケントだった。サカからタラビル山を越えるあたりでは野宿も余儀なくされたが、女性のいる旅だから、急ぎとはいえ、できる限り宿に泊まるようにしている。
道中の難所は過ぎていた。生真面目なケントも、少しずつ、道中の危険に対する緊張を解きつつある。相棒のセインにいたっては―――
部屋から忍び出て行こうとした男の襟首を捕まえて、部屋の中に引き戻す。いったいこれが何度目になるのか、数えるのもいやだ。辛抱強いケントも、さすがに口調が荒くなる。
「二度とこの部屋から出られないようにしてやろうか、貴様。キアランの騎士の名に泥をぬるのもたいがいにしろ。我々はリンディス様をお守りするのが任務なのだぞ」
「いや、だからね、我々がお守りする姫君がたの様子を確認してこようと思ってさあ」
あきらめ悪く、ドアの取っ手を離さない男は、口答えをする。
「貴様が確認にいくまでもない」
時折、楽しそうな高い笑い声が聞こえてくるのは、女性陣の部屋からである。二人ずつ部屋を取ってあるのだが、どちらか一方に集まって、おしゃべりに興じているらしい。旅の途中にあっても、なんとも暢気で華やかな気配。この男は、それに惹かれて、花に向かうミツバチよろしく、俺も混ぜて〜とかなんとか、やろうとしたに決まっている。
「寝ろ」
「ちぇー」
セインは部屋にある窓際の寝台のほうに転がった。緑がかった茶葉のような色の髪。くるくると表情のかわる緑色の目をしている。
その目が閉じられ、一瞬表情が消える。眠るのか、と思ったが、目を閉じたまま、ケントに話しかけてくる。
「なあ、リンディス様は、お美しいな」
ケントももう一方の寝台に腰掛ける。
「不謹慎だぞ、我らの主となられるお方だ」
「だからこそ、美しいものは美しいと褒め称えているのさ。あのようなお方にお仕えできるのは騎士の誇りだ」
「そうだな―――」
アラフェン候に向かい、自分の故国を侮辱するものの手は借りぬ、と言い放った少女の凛とした面持ちを思い出す。
「ふふん」
セインは寝台に頬杖をつき、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「なんだ」
生真面目な顔でケントが聞く。
「おまえ、惚れたろ。リン様に」
「ば…ばかもの、何言って―――」
寝台からはね起きたセインが、ケントの座っている寝台へと移ってきた。
「俺は惚れたね。たいしたお嬢さんだ。剣の腕もある」
間近に、顔を覗きこまれる。
「なんだよ、隠すなよ。俺はおまえに隠し事をしたことはないぜ」
「それは、おまえが、べらべらと何でも話したがるだけではないか」
「―――ふうん」
「何だ」
「顔が赤い」
ケントは思わず顔を背ける。誰が好きだの、話をきかせろだの、年端のゆかぬ子供でもあるまいに、と馬鹿馬鹿しく思う一方、本当に照れている自分を恥ずかしくも思う。こういう話はともかく苦手だ。
「おまえは、可愛いな」
「うるさい」
するり、と後ろから腕が巻き付いてきた。
「なにを―――」
他人に触られるのも苦手だ。ひどく緊張する。
「ちょっと、練習してみるか、俺と」
何の―――と問いかける間もなく、そのまま後ろに倒される。いつの間にかベットに乗っていたセインが、倒れた身体の両脇に膝をついて圧し掛かってくる。
そして―――
「やめろ、よさないか、ばか者」
ケントは寝台に仰向けに押し倒されている。身体の上に乗っかってくるセインに本気で逆らってみたものの、要領よく体重をかけられ、腹のあたりを跨れている。起き上がれるものではない。
するり、と腹を撫でられる。その手が、上衣をめくりあげながら、胸元まで上がってきた。
「やめろというのに」
声が裏返る。触られるのには慣れていないのだ。どうにもくすぐったくて身を捩る。肋骨のあたりを指がたどってきて、胸のわずかに尖った部分を摘まれる。自分の身体としては、ほとんど意識したことのない部分を、他人の指に触られて初めて認識する。そこからぴりっとした感覚が走った。かっ、と頭に血が上る。
「なんで―――」
なんで、こいつは、自分にこんなことをするのだろう。珍しく真面目な顔をしていたセインが、口元で笑う。
「なんでかなあ」
触ってくる指を掴んで外そうとしたら、いたずらをしていた指が、自分の指にからみついてきた。繋がった手を、ベッドに縫い留められる。見慣れた顔が、息のかかる近さまで降りてきて、そのまま唇を寄せられた。
「なっ―――」
柔らかい感触があって、ぬるっとしたものが唇を這う。相手の舌で唇を舐められているのだと気づいて驚く。息が苦しい。
脇腹のあたりを掌が撫でていって、するりとした暖かさを感じる。くすぐったいのと同時に奇妙にざわざわする感覚が背骨のあたりを伝わってくる。その手が素早くベルトを外して、ズボンの中に入り込んできた。指が下腹のあたりの皮膚をなぞり、脚の付け根の線にそって降りてくる。
非難の声をあげようとした口に舌が入り込み、口腔の中を生き物のように動いて探ってくる。身体のあちこちから、今まで知らなかった感触をあたえられて、ケントはひどく混乱する。
これが性行為に類するものだというのはわかっている、が、なんでセインと自分が―――貴様は女好きなんじゃなかったのか、男でもいいのか、というか、私を女の代わりにする気なのか。
じたばた、と暴れていると、いきなり、身体の中心を掴まれた。身体を捻って、唇と掌から逃げようとする。
「さわるな、ばか、あっ」
掌が、捩るように動いて、刺激を与えられる。
羞恥というよりは、あまりにも動揺して心臓が跳ね上がりそうだ。
「いやだって、離せこの…っ」
擦られる、というか、指が別々に動く感じで捏ねられている。嫌だ、と思うのに、その辺が熱くなって、硬くしこってくる感じがある。
「ちょっと、じっとしてなよ。女の子にされてるとでも思ってさ」
「思えるか!だいたい女性がこんなこと―――」
「するだろ、普通」
えっ、するものなのかっ、とうろたえたのが顔に出たらしい。セインがいつもの調子で笑った。
「する」
セインはにやにや笑っている。
「ここ、さあ―――」
握りこんだままゆるゆると上下される。明らかに快感と言えるものを、その刺激から感じてしまって、ケントは唇を噛んだ。
「自分で擦るぐらいはするんだろ」
それは―――こんな場所で話し合うようなことじゃないだろう。
「こうやって」
くびれたあたりを指先が捻るように揉みこんでくる。
「あっ」
先端のわずかな窪みのまわりを、ぐるりと撫でられた。ぬるっとした感触があって、思わず目を瞑る。
「―――んっ」
自分の声が、いつもと変わってしまってるのに気づく。掠れて、鼻に抜けた声。
「子供のころ、誰かと擦りっことか―――するわけないか、おまえじゃ」
「わかってるなら、聞くな、あっ、いやだ、本当…っにいやだから、放せ」
「そうでもないだろ、ほら」
擦ってくる手の動きが激しくなる。
それは、男なんだから、そうされれば気持ちがいいに決まっているけれど、ああ、もう、放せというのに―――
息が上がる。人の手でそんなふうにされるのは初めてだった。自分がどういう反応を返すのかわからないから、酷く不安だ。
「ん…っ」
大きく呻いてしまったところで、手を放される。無理やり煽られて、放り出された体が、ひくひくと動くのを止められない。
「なあ」
声をかけられるから、無理やり目をあける。
「俺はお前が好きだよ」
何を言い出すんだ、貴様。
「お前が好きなのは、女の子だろう。出て行くのを止めたからと言って、意趣返しに私をこんなやりかたでからかうな」
心底情けなくて声が震える。
「うん、女の子はみんな大好きさ。でも、それ全部足したのより、おまえのほうが好き」
ケントは心の中で頭を抱えた。
「そんな、おまえが、すべての女性に言いそうな口説き文句を、私に信じろというのか」
「そおねえ。言うかもね」
セインが笑う。
「でも、俺、おまえに嘘はついたことないだろう」
そ…それは―――そうだが―――
ぐい、と脚の間に入り込まれ、覆いかぶさるように、顔を覗き込まれる。
「いやなんだよ。おまえを、盗られるの」
こいつは、何を言っているのだろう、と思う。こんな、今まで見たこともないような真剣な顔をして。
「リン様に全部持っていかれるのがさ。だから、その前に、俺がおまえを手に入れちゃえばいいかと思って」
なんなんだ、それは、全然理屈になってないぞ。こういう場合、私はどうしたらいいんだ。だいたいおまえは、私がこういうのは苦手だって知ってるじゃないか。
心の中で、思いがぐるぐると渦を巻くが、出口が見えてこない。
目を閉じないままで、口付けられる。抱きしめてくる腕を振り払えない。
私は今、どういう顔をして、こいつの目に映っているのだろうか。
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