「騎士の祈り」 (2)口の中を舐られる間、息を止めてしまっていたらしい。唇が離される瞬間に、はあっ、と吐き出した息に、声帯を振るわせる音が混じる。一瞬目の前が暗くなったので、慌てて荒く呼吸をする。 「いや、息止めなくていいから」 「まあ、これからゆっくり―――な」 ―――なんだか、ぞくぞくする。 くすぐったい、のとも違う。 ―――なんだか――― 舌が腕の付け根の窪みをたどり、浮き上がった鎖骨を咥えるようにしゃぶりながら戻ってくる。左手の指が胸の筋に添ってその後を追ってくる。 「おまえは、私が、好きなのか―――ええと、その、なんだ、女性を好きだという場合と同じように、こういった類の行為の対象として見ていたわけか」 「好きだ。けど、うーん、べつにがちがちに着込んだ鎧を脱がしてみたいとか、触ったら気持ちの良さそうな髪を撫でてみたいとか、いろんなトコしゃぶったらどんな顔するのか見てみたいとか、思ったことは―――たまにしか無いから」 たまには有るのか。私はそんなこと考えてもみなかったぞ。それから、具体的な行為の列挙は止めて欲しい。 「いや、そんな真剣な顔をしなくても、冗談だから」 冗談なのか。 「女の子とは違うんだけどさ。柔らかくもないし」 そこに触られるのはいや…だ――― 「いい?」 胸のわずかな突起を肌に押し込むように指が動いている。いじられている場所に意識が集中してしまい、何を次に話そうとしていたのか、分からなくなりそうだ。 「でも、おまえがいい」 なんでそんな―――こんなときばっかり真剣な顔をするのは、卑怯というものだろう。私は今、天地がひっくり返ったような気分なんだぞ。無表情で何を考えているのか分かりにくい、と他人からはよく言われるが、おまえは何時だって簡単に私の心を読むから、それは分かっているはずだ。 「そういえば、おまえの母上は、エリミーヌ様の熱心な信者だっけな」 ―――ほら、やっぱり読まれている。答えにくいので、その手を止めろ。 「あっ、つ…」 「うちの親は教会とか、そんな熱心じゃあないからな。葬式宗教っての。俺はそういうのどうでもいいんだけど、おまえはそう言うわけにもいかないか」 「わ、私にこれを懺悔しろと―――」 それは興奮の対象になるようなことなのか。付き合いはずいぶん長いのに、私はおまえのことが理解できないぞ。 「二人きりの秘密に」 地獄に落ちる。 「落ちてくれよ、俺と。一緒に、ひとつになって。おまえが欲しいんだよ、他のやつには―――たとえリン様にでも渡したくない。おまえの一番近くにいるのは俺だ、そうだろ」 かき口説く、というよりは、駄々をこねる子供のような口調で言う。セインの目に何か強いものが浮かんでいるのを見る。 「そして、おまえの一番そばにいるのは私だ」 腹を括る。 おまえはそうやって、私の心を読むのだから、そんなに真剣な顔で訴えなくても、私の答えを知っているのではないのか。だいたい、情けないことに、私はおまえのお願いとやらを断れたためしがないというのに。 「わかった。地獄でも天国でも、おまえの望む場所に行ってやろうではないか」 見たことも無いような幸せそうな顔で、セインが笑う。そ、そんなに喜ばれても困る、ような気がするのだが。 「私はどうしたら」 びくり、と反応してしまって、それを楽しんでいる相手に向かい、嫌な顔をしてみせる。それがまた相手を喜ばせることになるのは分かっているのだけれど、生真面目に返してしまうのは性格だから仕方が無い。 どこへでも―――おまえとなら行ってやる。
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