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「騎士の祈り」 (2)





口の中を舐られる間、息を止めてしまっていたらしい。唇が離される瞬間に、はあっ、と吐き出した息に、声帯を振るわせる音が混じる。一瞬目の前が暗くなったので、慌てて荒く呼吸をする。

「いや、息止めなくていいから」

「どうすればいいんだ」

「鼻で呼吸すればいいんだよ」

そういうところまで意識が回らなかったんだ。
笑われるのかと思ったが、相手は存外真面目な顔をしている。

「まあ、これからゆっくり―――な」

な、ってなんだ。貴様、私にこういうことを覚えろというのか。それはその、いつか学ばねばならんことだろうとは私も思う、思うが―――

口付けの間、首の後ろを支えていたセインの手が、肩のあたりをなぞってくる。唇がその後を追ってきた。熱く、濡れた感覚が、筋にそって動いていって、肩先の辺りにしゃぶりつかれる。少し尖った骨のあたりを歯に挟み込まれ、舌先が皮膚をぐるりと舐めた。
指は肘の裏、皮膚の薄いあたりを摘んだり、掻いてみたりしている。

―――なんだか、ぞくぞくする。

くすぐったい、のとも違う。
セインの右手は、ケントの左肩をきつくも無く、緩くも無く、掴んでいて、掌と肩の間、逃げていかない熱がたまってくる。

―――なんだか―――

舌が腕の付け根の窪みをたどり、浮き上がった鎖骨を咥えるようにしゃぶりながら戻ってくる。左手の指が胸の筋に添ってその後を追ってくる。
ケントは眉を寄せた。寒くも無いのに身震いしそうになる、そんな感覚がざわざわと、触れられている皮膚を伝う。

このままだと、ただ流される。
そういうのは、いやだ、とケントは思う。理由もなく流されるのは自分の性に合わない。

「おまえは、私が、好きなのか―――ええと、その、なんだ、女性を好きだという場合と同じように、こういった類の行為の対象として見ていたわけか」

身体をたどって下りていこうとしている指を止めるためにも、とりあえず、聞いてみることにする。なんだか声が上ずっているような気がするが、しかたがないだろう。

「好きだ。けど、うーん、べつにがちがちに着込んだ鎧を脱がしてみたいとか、触ったら気持ちの良さそうな髪を撫でてみたいとか、いろんなトコしゃぶったらどんな顔するのか見てみたいとか、思ったことは―――たまにしか無いから」

たまには有るのか。私はそんなこと考えてもみなかったぞ。それから、具体的な行為の列挙は止めて欲しい。

「いや、そんな真剣な顔をしなくても、冗談だから」

冗談なのか。

「女の子とは違うんだけどさ。柔らかくもないし」

止まっていた手がするり、と胸を撫でるから、びくりと反応を返してしまう。

「胸もないし」

掌があるあたりから、いきなり強い刺激がくる。

「なっ…っ」

そこに触られるのはいや…だ―――

「いい?」

胸のわずかな突起を肌に押し込むように指が動いている。いじられている場所に意識が集中してしまい、何を次に話そうとしていたのか、分からなくなりそうだ。

「でも、おまえがいい」

なんでそんな―――こんなときばっかり真剣な顔をするのは、卑怯というものだろう。私は今、天地がひっくり返ったような気分なんだぞ。無表情で何を考えているのか分かりにくい、と他人からはよく言われるが、おまえは何時だって簡単に私の心を読むから、それは分かっているはずだ。
私は、こういう行為は夫婦でのみ許されるものだと教えられてきた。女性をいかがわしい思いの対象として見てはならぬのは無論のこと、男同士でこのような行為など言語道断―――

「そういえば、おまえの母上は、エリミーヌ様の熱心な信者だっけな」

「ああ」

―――ほら、やっぱり読まれている。答えにくいので、その手を止めろ。

「あっ、つ…」

きゅっ、とつままれる。

「うちの親は教会とか、そんな熱心じゃあないからな。葬式宗教っての。俺はそういうのどうでもいいんだけど、おまえはそう言うわけにもいかないか」

母上が今の私を見たら、間違いなく気絶するだろう。
いや、教えに背くわけではない―――エリミーヌ様はお心の広い方。何もかも告白すればお許しくださる……が、

「わ、私にこれを懺悔しろと―――」

「する気なの?」

「いやだから、貴様が、ここで、冗談で済ませてくれれば何の問題も―――」

「問題はあるだろう」

いきなり、立ち上がったまま放り出されていたものを掴まれる。

「ば…ばかもの…あっ、いやだ、擦るな」

「こんなになってるのに」

濡れた声。

「秘密にしようよ。エリミーヌ様にさ。っていうか、おまえが坊主に向かって、俺といたしたことのアレコレを、こと細かくお話ししているところを想像したら、ものすごく興奮してきた」

それは興奮の対象になるようなことなのか。付き合いはずいぶん長いのに、私はおまえのことが理解できないぞ。

「二人きりの秘密に」

地獄に落ちる。

「落ちてくれよ、俺と。一緒に、ひとつになって。おまえが欲しいんだよ、他のやつには―――たとえリン様にでも渡したくない。おまえの一番近くにいるのは俺だ、そうだろ」

かき口説く、というよりは、駄々をこねる子供のような口調で言う。セインの目に何か強いものが浮かんでいるのを見る。

目を覗きこまれているから、嘘はつけない。
どのみち、この男には私の嘘は―――数えるほどしか嘘をついたことはないけれど―――通用しない。

「そして、おまえの一番そばにいるのは私だ」

腹を括る。

おまえはそうやって、私の心を読むのだから、そんなに真剣な顔で訴えなくても、私の答えを知っているのではないのか。だいたい、情けないことに、私はおまえのお願いとやらを断れたためしがないというのに。

「わかった。地獄でも天国でも、おまえの望む場所に行ってやろうではないか」

見たことも無いような幸せそうな顔で、セインが笑う。そ、そんなに喜ばれても困る、ような気がするのだが。

「私はどうしたら」

「何もしなくてもいいけど―――」

耳に言葉を吹き込まれる。

「じゃあ、俺を感じて」

びくり、と反応してしまって、それを楽しんでいる相手に向かい、嫌な顔をしてみせる。それがまた相手を喜ばせることになるのは分かっているのだけれど、生真面目に返してしまうのは性格だから仕方が無い。
セインが笑っている
その笑みが、どこか淫靡なものを含み、続き、を始めるべく、指と唇が肌をたどってきた。

どこへでも―――おまえとなら行ってやる。



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