「騎士の祈り」 (4)
見られている、と思う。
とんでもない場所を、とんでもない格好で開かれたまま。
きっ、貴様、失礼な奴なやつだな。そんなところを、じろじろと見るものではない。
礼儀に反するし、ど…どう考えたって鑑賞に耐えうるような場所では―――なあ、やめてくれ、お願いだから。
ケントの頭の中に、そんなことを半ば―――いや、かなりヤケ気味に考えているもう一人の自分がいる、が―――
「いや、やだ、ああ、も…、見るな…っ」
上がっている声は息も絶え絶え、それを自分で聞いてしまうのが嫌で、シーツに顔を押し付けているのが、現実の状態である。
何もされずに、ただ広げられ、視線を皮膚で感じた瞬間、体中が、かっ、と熱くなった。体中の水分が沸騰しているかのように、ざわざわと、肌を走っていく震え。
今まで、何かされている、という感覚が強くて、相手に自分を見られている、という認識は薄かったのだけれど、これ、は―――
自分の格好と、相手の目に映っているはずのものを考えると、羞恥を通り越して憤死しそうな気がしてくる。心臓がばくばくと暴れる音が、自分の耳で聞き取れそうだった。
「あっ、や―――」
待て、よく考えろ。これで泣いたりしたら、おそらくは相手の思う壺―――どのように恥ずかしい格好であろうと、見られたって死ぬわけではないのだから、私は、もっと落ち着いてこの事態と向かい合うべきであると―――
「大丈夫、きれいだから」
それは、ええと、どこを見ながら何を言っているんだ貴様。
「おまえは、全部きれいだから、さ。外側も、中身も」
それは世辞なのか、買被りなのか―――ああ、もう何でもいいから、この状態でじっとしているのだけは勘弁してくれ。
目を硬く瞑ると、目じりに液体が滲んだ。
塗らされた指が、狭い入り口の周りを撫でてくる。
「あ―――」
頼りなげな声が上がる。
その指から逃げようとする自分の身体を、意志の力で押さえ込む。
現実の自分の状態とまともに向かい合うよりは、セインとの行為の方に意識を集中したほうが良さそうだ、と思ったからだ。
セインの指が、周囲を擦っては入り口のあたりを軽く押す。何度も繰り返されているうちに、指の腹の感覚に、ぬるぬるした液体の感覚が混じり始めた。そのぬるみを使って、中に入り込まれる。奥に、もう少し奥に。
「ン…あ、は」
いつ入り込まれたのか解らないけれど、確かに、自分ではない何か、が中に入り込んでいるのが解ってしまって、身体が強張る。
指一本のはずなのだけれど、突き上げてくるような圧迫感があるのだ。身体が、不自然な侵入に対して警告を出していて、腕や足が引き攣りそうになる。気持ちがいい、とか悪い、とかの問題まで到っていない。
「ごめん」
あやまらなくていい。私はおまえとこういった行為を行なうことに同意したのだから。
「っ、ん、いいから、続けろ」
受け入れようと、息を吐いてみる。止まっていた指がそろそろと、進んできた。
「あ、つ、つっ」
閉じている場所を、掻き分けられる。入り口の辺りに、暖かい感触があって、指の長さのぶん、中に入られているのだとわかる。ぐるり、と中でまわされ、引き抜かれ、入り口を指先で確かめるように辿って、また中に戻っていく。
「熱い―――な」
熱い、のか。私の中は。
「絡んでくる」
入り込まれては、引き抜かれる。だんだんと、滑らかになる抽送に加え、指を咥えている壁を擦るような、探るような動きが加わってくる。
きつく、緩く、圧迫される場所が移っていく。
身体の前側を強めに抉られる。
「やあ、あ…っ」
強い快感があって、無意識に声が出た。指がそこで止まって、もう一度強く押される。
「ひ―――」
かみ殺したはずの声が、涸れた悲鳴へと変わって喉を抜けていく
「いいんだ。ここ」
何度も往復して、撫で上げてくる指。そうされると、身体の前に快感が伝わってきて、一度は開放されて収まっていたものが、どうしようもなく硬くしこってくる。セインの手がそこに伸びてきて、包み込まれた。
前を擦られ、後ろから中をいじられて、同時に刺激を与えられる。
「ふ、ん、うう…っ」
指がもう一本入り込んでくる。意識が飛びかかっているから、違和感は少ない。
それに―――からだの中が、濡れている気がする。内側から、ひどくぬるぬるした刺激がくるのだ。くちゃ、くちゃ、と聞くに耐えない音が、触られている下半身から聞こえてくる。
「あっ、は…っ」
あられもない喘ぎを止められない。
私は、このままだと、きっと、おかしくなる。
立ち上がったものを触っていた手が離れていってしまう。すすり泣くような声が出た。それを恥ずかしいと思う余裕が、もう無い。
二本の指が、中を広げるように抉ってくる。
圧迫され、広げられる感じが、快感とすり替わっていく。
いいか、と聞かれて、いい、と答えると、指が出て行った。
もっと強いものが、そこに、あてがわれる。ぬかるんだ体に押し付けられてくるそれは、ひどく熱い。
セインだ、と思う。
これは、私が知らなかった、私の好きな男の身体だ。
だから―――
受けとめてやろうと思う。
時間をかけて、行為に慣らされた。その間、自分はセインに何もしてやっていない。
「あ、あ」
狭い場所をぐっと開かれる。どうしたって圧迫感は指の比ではないから、身体が竦みあがる。指先に触れる布を握りこんで耐える。
優しい手が、背中を撫でてきた。
「ごめん」
謝るな。謝るぐらいならするな。もういいから。無理やり入ってきていいから。
強張る体を騙しながら、昂ぶりに自分の身体を押し付けてやる。身体の上、息を飲む音が聞こえる。次の瞬間、強く腰を掴まれ、思い切り突きこまれた。ずっ、と入りこまれる感覚がある。きつい。いっぱいに拡げられて、それでも飲み込めない熱い塊。
「あァ、あ、ああァ…っ」
それに押し出されるように、自分のものとは思えない声が出る。背中を吸ってくる、唇。
「は、はっ、っ」
腹のあたりが痙攣しかかっていて、上手く呼吸が出来ない。抱きしめるように、身体の前に回されてくるセインの手にしがみつく。
腰を押し付けるように動かれ、少しずつ奥まで入りこまれる。
「おまえ、気持ちいい」
耳元で、喘ぐように言われる。
「そ…うか」
それは、良かった。
「苦しくない?」
苦しいけど。繋がっている場所は、ひどく拡げられていて痛いし、腹のあたりが押されるように重いし、下げっぱなしの頭まで痛くなってきた気もするけれど。
「気持ちいい」
それも本当のことだ。
抱きしめられたまま、突き上げられる。指でいじられていたあたりに、擦りつけるように抉られる。入りこまれる動きに合わせ、竦んでしまったものを、撫でられる。
苦痛を忘れ、快感にすがる。
「ん、ああ」
中を擦られる動きが激しくなり、それに動きを合わせる。背中にかかる呼吸が荒い。
「セイン―――」
気持ちのいい場所を強く抉られて、身体が撥ねた。そのまま、中から突き上げるように快感が上ってきて、目の前が真っ白になる。掌にこすりつけて、昂ぶりを放つ。
「や―――あ、あ」
がくがくと首が上下した。そうしないと耐えられない。広げられた部分も幾度かきつく収縮した。震える身体に、幾度か強く打ちこまれ、深いところに熱を感じた。そのまま、抱きしめられるから、相手も一緒に達したのだとわかる。
「ん―――」
音も無い、身体の感覚もない、一瞬の空白。
気持ちがいい。
ケントは心の中で笑う。
意識が戻ってくると、ひどい気だるさが襲ってきた。指一本動かしたくない感じだ。
自分はまだセインと繋がっていて、髪を緩くなでられている。
「このまんまでいたい」
腹のあたりに腕を回され、後ろから首筋に顔を埋められる。
私もそう思う、が、色々と不都合な点もあるような気がする。行為が終わった以上、いさぎよく離れて、身を清め、明日に備えるべく眠って―――
「っ、ばかもの」
弛緩しきった体をなでられる。
「なんにもしない。ただちょっと、触りたいだけ」
それは、貴様はいいだろうが、私が困る。それに、その、ちょっと、もう―――
「セイン、痛い」
そう言うと、あわてて体を離された。
「つ―――」
ぬるり、と出ていく感触に顔を顰め、何かが流れ出る感触に顔が熱くなる。
「言っておくが、私はもう動けないから、貴様はこの状況をなんとか改善するように」
「わかった、ちょっと待ってて―――」
めずらしく慌てた顔で部屋を出て行く男を見送る。
体液で汚れたベッドにいるのはいやなのだが、自分も汚れている上、隣のベッドに移動するのさえ面倒なのでしかたがない。適当にシーツを巻きつけて、頭を枕に乗せたところで力尽きた。
あとは、セインがなんとかするだろう。あれで存外、まめな男だ。眠りに吸い込まれる意識の隅、少女たちの笑い声を聞く。
心の端が少し痛い。
あの男が、私から、離れていきませんように。
埒もないけれど真剣な祈り。
許される限りは、共に、有れますように。
ケントは、生まれて初めて、神ではない何者かに祈りながら、廊下をばたばたと戻ってくる足音を聞いた。その足音が自分の横に戻ってくる前に、深いため息をつき、昨日までの自分であったら、想像もつかなかったであろう状態のまま、気絶に近い眠りに落ちた。
END
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