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「おあずけ」 (12)




熱くてかったるい皮膚に、冷やっとする感触が触れてきて、びくりとして目が覚めかける。

「ん―――なん―――」

「寝てな」

間近に兄貴の声がする。
俺に添ってくる身体を、手探りで捕まえて、さらに引き寄せる。

「兄貴、なんだ、ずいぶん冷てえ―――」

胸のあたりに、少し濡れた髪の感触。
さらりとした感触の気持ちのいい手が、俺の額のあたりを探るように触ってくる。

「てめえが、熱いんだ」

ちょっと、笑っているかのような声音が、胸元にかかる。
ええと―――あの後、どうしたんだっけ。



ああ、そうそう、いっちゃった兄貴が身動きもとれないうちに、もう一回って言って、思いっきり頭ひっぱたかれたんだよ。流石に拳骨じゃ無かったのは、怪我してる俺に対する兄貴なりの配慮なんだろうけど。
常日ごろ、別に平手で叩かれたり、脛に蹴り入れられるぐらいは、なんてことない、っていうか、まあ、愛情表現?とか思っておくことにしてるんだけどよ。

俺をひっぱたいた後も、上手く動けないらしくて、しばらくは繋がったままでいた。その間、俺は一生懸命、おとなしくいい子にしていた。うっかりまた立ち上がっちゃったら、平手じゃ済みそうになかったもんで。

兄貴は、かなりおっくうそうに俺から身体を離した後、夜着を羽織って、荒れた寝台を直したり、解けかかった上、体液で汚れた包帯を巻き直してくれたりした。俺に触れてくるその手は、兄貴にしては温度が高く、少し湿った感じだった。

ああ、俺ったら何て幸せもの、とか思ってにやにやしていると、蝋燭のほの明かりの中でも、目ざとく俺のやにさがった笑い顔を見とがめた兄貴が、例によって思いっきりイヤな顔をした。あわてて、だらけきった顔を引き締めたんだけど、引き止める間もなく、兄貴は部屋から出て行っちまった。

ええ〜、俺を置いて、どこ行くの。

情けなくも、そう思う。
今だに、兄貴に置いてかれることへの恐怖心が、心のどこか深いところにある。
あれだよ、あれ。親鳥のあとをひたすらくっついて歩くヒヨコ。俺と兄貴の関係は、そういうとこから始まってるからよ。んでもって、人と人との最初の関係ってのは、いつまでも消えずに、どこかに残るじゃねえか。

俺がとっくに兄貴の背丈を追い越して、目線を合わせると思い切り見下ろすようになっても、一人前に仕事をこなして、狂犬とか呼ばれるようになっても。その身体を引き寄せて、圧しひさいで、情を交わすようになってからも、やっぱり、兄貴は俺の前を歩く人で、兄貴から見て俺は、ヒヨコのままなんだと思う。

ラガルトとか、一部の古参の連中には、さんざんにからかわれるけどよ。いいじゃねえか、俺が兄貴を好きでも。馬鹿みたいに好きでも。尻尾ふって纏わりついてもさ。俺は一生兄貴の背中を追いかける。それが兄貴の迷惑になっても、俺以外の誰かが、俺よりも兄貴の傍に有るのは許せない。そうなったら、俺はそいつをためらいなく殺すだろう。男でも、女でも、笑って殺す。
それで兄貴が許してくれなかったら、そん時は、兄貴に俺を殺してもらえばいい。

兄貴は―――どう思ってるかな、俺のこと。よくわかんねえな。昔っから、追っかけても足を緩めてくれることは無かった。二人で居るときでも、割りとそっけないし。機嫌の悪い時なんか、あからさまに邪険に追い払われるし。なんかこう、他の奴らには紳士的…つうのかな、きつく当たらない人なんだけど、俺にはキツイってんじゃないけど、何かこう、思いっきり荒いんだよ、扱いが。

そんなことを考えて、少し悲しくなっていたら、兄貴が戻ってきた。夜着のまま、俺の横に滑り込んでくる。その髪も体も冷たかった。

「なんだよ、水浴びたのか。夜中にそんなことやってっと、風邪引いちまうぜ」

「べとべと気持ちの悪いまんまでいるのは、いやなんだよ」

腕に抱きこむと、素直に抱き寄せられてきた。めずらしいと思う。そういえば、さっきもずっと一緒に寝てくれてたっけ。普段はうっとうしがられて、体を離されることのほうが多いんだけどよ。
冷えた体に自分の熱が移っていく気持ちよさを感じながら、俺は目を閉じた。



その時からは、かなり時間が経っているはずだった。
兄貴の髪はまだ湿っている―――というより、冷たく濡れている。また水を浴びたのか。

ああ、そっか。冷やしてくれてたのか。
ぼけた頭で、ようやくそう思いつく。
俺が熱いから、自分の体で冷やしてくれたのか。うおおお、兄貴ったら、すっげえ優しいじゃねえか。ごめんな、俺、心の中でぐだぐだ文句言って。
嬉しくなって、思い切り抱きしめてみる。

「うわ、くそ馬鹿、痛てぇよ。自分の力考えろ」

くぐもった抗議の声を聞く。

「もう大丈夫だからさ、一緒に寝ようよ」

てめえが熱いから、汗かいて気持ちが悪かったんだ、とかなんとか不機嫌にぶつぶつ言う声がした。手足を絡めて、その体を捕まえてしまう。
湿った髪に顔を埋めて、兄貴の匂いを確かめる。

どうすっかな―――ラガルトに、謝ってみるか。

機嫌よく、そんなことを考える。

おばちゃんが、ともかく生きてるのは、奴のおかげってことらしいし―――

抱き込んだ体の冷たさと、俺の腕の中、居心地のいい場所を探して身じろぐ体の動きを楽しんでいたら、どうにも瞼が重くなってきたので、そのまま寝てしまうことにする。



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