「おあずけ」 (12)
「兄貴、なんだ、ずいぶん冷てえ―――」 俺をひっぱたいた後も、上手く動けないらしくて、しばらくは繋がったままでいた。その間、俺は一生懸命、おとなしくいい子にしていた。うっかりまた立ち上がっちゃったら、平手じゃ済みそうになかったもんで。 ああ、俺ったら何て幸せもの、とか思ってにやにやしていると、蝋燭のほの明かりの中でも、目ざとく俺のやにさがった笑い顔を見とがめた兄貴が、例によって思いっきりイヤな顔をした。あわてて、だらけきった顔を引き締めたんだけど、引き止める間もなく、兄貴は部屋から出て行っちまった。 ええ〜、俺を置いて、どこ行くの。 情けなくも、そう思う。 俺がとっくに兄貴の背丈を追い越して、目線を合わせると思い切り見下ろすようになっても、一人前に仕事をこなして、狂犬とか呼ばれるようになっても。その身体を引き寄せて、圧しひさいで、情を交わすようになってからも、やっぱり、兄貴は俺の前を歩く人で、兄貴から見て俺は、ヒヨコのままなんだと思う。 ラガルトとか、一部の古参の連中には、さんざんにからかわれるけどよ。いいじゃねえか、俺が兄貴を好きでも。馬鹿みたいに好きでも。尻尾ふって纏わりついてもさ。俺は一生兄貴の背中を追いかける。それが兄貴の迷惑になっても、俺以外の誰かが、俺よりも兄貴の傍に有るのは許せない。そうなったら、俺はそいつをためらいなく殺すだろう。男でも、女でも、笑って殺す。 兄貴は―――どう思ってるかな、俺のこと。よくわかんねえな。昔っから、追っかけても足を緩めてくれることは無かった。二人で居るときでも、割りとそっけないし。機嫌の悪い時なんか、あからさまに邪険に追い払われるし。なんかこう、他の奴らには紳士的…つうのかな、きつく当たらない人なんだけど、俺にはキツイってんじゃないけど、何かこう、思いっきり荒いんだよ、扱いが。 そんなことを考えて、少し悲しくなっていたら、兄貴が戻ってきた。夜着のまま、俺の横に滑り込んでくる。その髪も体も冷たかった。 腕に抱きこむと、素直に抱き寄せられてきた。めずらしいと思う。そういえば、さっきもずっと一緒に寝てくれてたっけ。普段はうっとうしがられて、体を離されることのほうが多いんだけどよ。 「うわ、くそ馬鹿、痛てぇよ。自分の力考えろ」 どうすっかな―――ラガルトに、謝ってみるか。 抱き込んだ体の冷たさと、俺の腕の中、居心地のいい場所を探して身じろぐ体の動きを楽しんでいたら、どうにも瞼が重くなってきたので、そのまま寝てしまうことにする。
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