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「騎士の祝宴」 (1)




石造りの廊下、白く瀟洒な扉の前に、二人の騎士が立っている。二人は、共にリキアの小公国、キアランに仕える者である。

一人の名をケントと言う。オレンジ色と言って良いような、温かみのある茶色をした素直な髪に、生真面目そうな直線の眉。穏やかだが芯には強いものを秘める、赤みの入った茶色の目。端正な造りのその顔は、きりりと引き締められている。

もう一人の名はセイン。暑い日ざしに焼けた新緑のような色の髪が、纏まり悪く額に落ちかかるのを、紫のバンダナを巻いて止めている。弓なりの線を描く眉の下、緑がかった褐色の瞳には、生き生きとした輝きを宿している。微笑んでいるかのように口角が上がって、まるでいたずらっ子のような、人懐こそうな表情を作っている。

対照的な容姿は、お互いを引き立てあうように作用して、並んだ様はとてもバランスが良い。その性格も、容貌に相応しく対照的な二人であった。

ケントはほんの少し躊躇った後、静かに扉を叩く。
間をおかずに、枯れた男の声で、いらえがあった。久しぶりに聞く、主人の声である。旅に出る前には、ほとんど聞きとることができぬほどに弱っていたのに、今日は、元気であったころに近い張りが感じられた。

隣にいるセインと目と目を見交わす。
常日頃、くるくると表情のかわる目は、今は落ち着いて、静かに澄んでいる。セインも同じ気持ちなのだろうと思う。自分たちは、騎士としての役目を果たした。それよりも、病に弱った主人と、その孫娘である少女の幸せが嬉しい。

静かに扉を開いたケントは、病床にある祖父の傍ら、背を伸ばして座っている公女リンディスの姿を見つけた。祖父を元気づけようとしているのだろう。楽しげにはしゃいでみせる中にも、凛然とした気品を失わない横顔は、伸びやかで眩しいくらいに美しかった。

サカの血を色濃く映す緑の髪を高く束ね、その目も、気高き翡翠の色。すらりとした体は、磨かれた剣の腕とその強い意志とを顕にして、敏捷に動く。なによりも美しいのは、愚直なまでに真っ直ぐなその心。父なる天と母なる大地に愛されし草原の娘である。

ケントはそっと、その横顔を見つめる。キアランの城の広間に飾られた、美しい女性の絵に生き写しと言って良い顔である。時折その絵の前で足を止め、その美しさに見惚れる者は多い。絵姿のみを残す女性は、キアラン公爵の息女、マデリン。父に結婚を反対され、愛しいサカの男と連れ立って草原へと向かい、二度とこの城に戻ることは無かった。だが、絵の女性は、たおやかに優しげなのに比べ、その忘れ形見であるリンと呼ばれる公女には、男まさりの気迫があった。

サカからキアランへの旅の間に、深い敬愛と忠誠を捧げることとなったキアランの公女の、心から楽しげな笑顔を見ていると、サカで見た一面の草原を渡る風や、果てることなく広がる青い空が思い浮かぶ。
ケントは密かに、深く息を吸い込んだ。

ここ、キアランの城内は、久しぶりの活気に満ちている。
キアラン候の館は、水のほとりに身を乗り出すように建ち、鏡のような水面に真白きその姿を映す、白い鳥にも喩えられる居城である。

ここにいたるまで、キアランの公女リンディスの一行は、幾度もの戦いを抜け、味方であるはずの者たちと刃を交わす辛い道程を越えてきた。反逆者である候弟ラングレンと正面をきって切り結んだ末に、リンディスはついに、祖父であるキアラン公爵ハウゼンと再会を果たし、サカからタラビル山を越え、リキアの小国を抜ける長い旅はここに終わりを告げる。

国を挙げての祝祭が始まろうとしていた。
キアラン公爵と孫娘の、二人きりの面会からしばらくして、公女の旅の供としての役目を果たした忠実なる騎士二人は、キアラン候が長らく臥せっていた寝所へと呼ばれたのである。
近づく死の気配を映すかのように陰気な場所であったその部屋は、窓を開け放たれ、風と光とに満ちていた。

リンディス様の存在は、これほどに大きい。このお方が居てくだされば―――ここに居てくださるだけで、この国は変わっていくであろう。
いずれ自らの主となるであろう、キアランの凛々しき公女を、心から誇りに思っているケントである。

「そなたたち、まことに大儀であった。心より礼を言うぞ」

主人からの、殊勲の言葉を戴いて、騎士二人は片膝を付いて正式な礼のかたちを取る。

「もったいないお言葉にございます。このたびの武勲は、公女様のお力によるもの。我々はリンディス様に従ったにすぎません」

「そうです。本当にリンディス様はお美しく、さらにお強くていらっしゃいます。このケント、美しきリンディス様のおためなら、一命を賭す所存にて―――」

相棒のセインは、飄々とした口調で、言葉を続ける。

ききき、貴様、このような場で―――

まったくいつも通りのセインに、ケントのほうがあわあわとうろたえる。調子の良い言葉を延々と続けそうなセインを、殴るか蹴るかしてやりたいところなのだが、主人の前でそのような無作法をするわけにもいかない。仕方なく、ただ、心の中で歯噛みする。

握った拳が振るえ、額に青筋が立つ思いのケントなのだが、お面のような無表情、と気安い同僚などから、からかわれることの多い顔からは、内側の動揺はうかがえない。性格を映したように、端正で、生真面目な表情のまま、その温かみのある茶色をした瞳だけが、きょろきょろと落ち着きなく彷徨う。

「まこと、騎士として忠誠を捧げるに相応しいお方、麗しの姫君、その髪は草原を覆う輝く緑、その瞳は光を弾く水面―――」

この呆気者が―――!

うっかり大声を上げそうになった瞬間、弾けるような笑い声が耳に飛び込んでくる。キアランの公女は、屈託無く大口を開けて笑っていた。気取った貴族の娘などとは違い、口元を隠したりはしない潔さである。

「あいかわらずね、セイン。ケントの顔、見てごらんなさいよ。知っててやってるんでしょ、悪い人ね」

無表情なまま、ケントの顔が赤く染まる。

なんと、リンディス様がお笑いになられたのは、セインではなく、私であったか……。

耳の辺りまで熱いので、自分の顔は茹で上がったように真っ赤になっているということなのだろう。―――それでもやっぱり、無表情なままで。

き、貴様のせいだぞっ。

ケントは心の中で泣きそうになりながら、このような場では相応しくないと思う行いをした。横にいるセインの顔を盗み見てしまったである。
驚いたことに、その横顔は至極真面目なものであった。

な、なんなのだ、一体―――

ケントには、訳がわからない。
主の御前にて私事に気を取られるという、自らの犯したとんでもない失態に気づき、あわてて公女のほうに向き直ると、リンディスは身を二つに折って、けらけらと笑っている。

「た、たしかに楽しいけれど―――ケントが可哀想よ」

楽しい?リンディス様は、一体何が楽しいと言われていっらしゃるのか。私には女心というものを理解するのは文字通り百年早いようだ。

「流石です、リンディス様。よくお分かりになられましたね」

「私は、一人きりでいたとき、草原にいる生き物たちとよく話したもの。野を駆ける馬や空を渡る鳥たちと」

うむ、リンディス様のお言葉は、高尚な喩え話であられるのだな。それはこの私にも解る。
ただ、何の喩えなのかがさっぱり解らぬのだが―――

「馬や鳥か―――」

セインが、こちらを向いて少しだけ笑い、再び真顔になって公女へと向き直る。

「そうですね。リンディス様のおっしゃる通りです。このケント、公女の御慧眼に感服いたしました」その口調はやはり飄々としている。

な、なんだか、リンディス様とセインは、分かり合っているようだな。私は無粋者で申し訳がないが―――なんだか仲間外れのようで寂しい―――い、いや、そんなことを考えている場合ではなかったな。

「申し訳ございませぬ、公爵様、リンディス様。この者の無礼をお許しください」

ケントは、真剣に謝った―――のに、公女の笑いの発作はかえって酷くなったようだ。腹を押さえて苦しそうである。

「これこれ、二人とも、あまり人をからかうものではない」

好々爺といった微笑みを浮かべたキアラン公爵が、柔らかいながら、嗜めるような口調で言う。ケントは目を剥いた。これは流石に少しばかりの表情の変化となって現れる。

なんと―――私をからかっておられたのか。

二人がかりでからかわれたことよりも、その事実に全く思い至らなかった自分を恥ずかしく思い、さらにひどく頬が火照るのを感じる。

真剣に泣きそうだ。いや、待て。リンディス様にからかっていただいたのだから、騎士たる我が身の光栄と思って、むしろ堂々と―――

できるわけが無かった。自分の気の回らなさが、本当に恥ずかしい。

「ごめんなさい、ああ、からかったんじゃないのよ。何ていうか、ケントが好きだから―――」

ケントは今度こそ本当に、文字通りに目を剥いた

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