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「騎士の祝宴」 (13)




ぼんやりと気だるい感覚の中、すうっと意識が浮かんできて、寝台に横たわっている自分の身体を意識する。
朝だな、と思う。

馬たちの様子を見に行く時間だ。住みこみの馬番が、飼い葉を配りブラシをかけるのを手伝う。それから馬場で調教をするのが、見習い騎士をとなった時からの習慣になっている。その時間になると、自然と目が覚めるのだ。

「ん―――」

ケントは目を覚まし、寝台の中で少しだけ伸びをした。伸ばした手が、なんだか暖かいものに、とん、と当たる。

「ん?」

「おはよう」

――――この声………

なんでセインが、と思って目を開ける。すぐ目の前に見慣れた顔があった。緑の目がさらに間近に近づいてくる。
あわてて、後ろに飛びのく…つもりだったが、寝台に寝転がっている上、寝起きで動作が遅い。ずるずるずる……と肘で後ずさりをする。後ろを確認していなかったので、ふっ、と肘下の寝具の感触がなくなってあわてる。
気がついた時には、寝台と壁の間に転がり落ちていた。上からセインが覗き込んでくる。

「何やってんの。大丈夫か」

腕を掴まれ、上半身を引き起こされる。肌と肌がふれるさらりとした感触に、お互いが素裸のままであることを思い出す。

「で、もう一回、おはよう」

軽く音を立てて、頬に口付けられた。
その感触に、昨夜の記憶が、一斉に戻ってくる。

私は、セインと………

思い出してみれば、昨晩の自分の振る舞いは、憤死ものである。笑いたいような、泣きたいような、このまま消えてなくなりたいと思うような―――結局、寝台の横に半身を起こしたままで、固まる。

「こっち、おいで」

腕を引かれるので、仕方なく立ち上がろうと思うのだが、身体に力が入らないような気がする。

「二人で寝るには、狭いんだよな、ここ。壁際に寄せると、音が響きそうだしなあ。俺のベット持ってきて、くっつけちゃおうか」

「―――馬鹿者」

そんな不謹慎きわまる真似、できるわけが―――顔をしかめると、そんな自分を見るセインの目は、ずいぶんと楽しそうである。わかっている。この男の言うことが、たいていは冗談の部類に入るものであるということは。それでも律儀に反応を返してしまうのが、性分なのだった。

結局、両腕を掴まれて、寝台の上に引き上げられる。
寝台の端に座り、今だぼんやりと鈍る頭を振る。後ろから腰の辺りに腕が回ってきて、首筋に唇の感触。
ざわっ、と身体に震えが走る。

「放せ。私は起き―――」

視界が傾いだ。後ろから抱き込まれて、寝台の上に横倒しにされる。

「もう少し、ゆっくりしてれば。」

後ろから、肩の上に顎を乗せられている。すぐ耳元に声が聞こえた。

「つらいだろ。無理させたから」

一瞬間を置いて、言葉の意味がようやく頭に回ってくる。もういやだ、と何度も泣き言を言ったのを思い出して、顔に血が上った。

「朝っぱらから、話し合うようなことでは無い。私は馬たちの様子を見に行くから――」

今日、明日は宴が続く。すべての仕事は休み。城も町も、まだ眠っているだろう。それでも、馬を世話する者たちは、日の見えぬうちから、起き出しているはずだ。

「その顔、他の奴に見せたくないんだけど」

わ、私がどんな顔をしていると―――

振り向こうとすると、もう一度頬に唇を押し当てられた。思わず動きを止める。
絡んでいた腕が解かれ、ぴたりと触れていた温みが離れるのを、惜しいと思う自分がいる。のろのろと身体を起こすのを、後ろから視線が追ってくる。反応の遅い体を叱咤して、身づくろいをすませると、すでに支度を終えたセインが、戸口の横で腕組みをしていた。

「じゃあ、一緒に馬を見に行こう。馬場を走らせるなら、俺が乗る」

それは、どういう―――

ケントは首を傾げて考える。見習い騎士となった少年のころから、馬に鞍を着けなかったことなど、一日もないのだ。
ぼおっとしていたところ、腕を引かれて、数歩よろめく。

「何をする」

言ってみてから、身体に力が入りきっていないことに気づく。確かに、今、馬場に出るのは、何やら無理があるような気が―――

「ごめん」

セインが真面目な顔をして、謝ってくる。

「謝るな」

ケントはセインの横を擦りぬけて、人気のない廊下を歩き出す。

「手加減しようと思ったのに、出来なくてさあ。おまえ、ほんと可愛い―――」

馬鹿者。貴様、それ以上ろくでもないことを言いつのるようなら、その口塞ぐぞ。

ケントは立ち止まり、追いついてきたセインを睨みつける。ちっともこたえたような様子のない丸みのある目が細められ、ちょっと含みのある笑いが、口角の上がった口元に浮かぶ。その笑みが近づいてきた。

「セ―――」

後ろに下がろうと思ったのに、身体は反応しなかった。口付けされ、反射的に目を閉じる。口付けは深まることはなくて、唇を少しだけ吸った後、離れていった。
目を開ける。楽しそうなセインの顔。
手が伸ばされてきて、親指が下唇をすっと撫でた。

「俺の口を塞ぎたいんなら、こうするんだよ」

「この―――」

セインが笑いながら離れていって、廊下の突き当たりの扉を開ける。いまだ淡い朝の光が、石組みの廊下に差しこんできた。

緑がかった髪の騎士は、朝もやの残る、ひやりとした空気の中を歩き出す。廊下に立ち止まっていた赤い髪の騎士は、生真面目な表情を引き締め、その後を追った。二人は連れ立って、厩舎へと歩いていく。

静かなキアランの朝である。



END



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