「ちゃんじーーっ」
「ゾロっ!!!」

 学校から帰ってきたらゾロがいた。
 風が吹いたら転げそうな、危ない足取りで玄関まで走り出てくる。その後ろからは、ババアが着いてきて走るゾロの背中を笑ってみてた。両腕ひろげるゾロを、俺は靴を脱ぐのも忘れて抱き上げる。  きゃっきゃと声をあげて、抱きつくゾロの背中に掌を当て、子供のイイ匂いに一気に幸せになった。  コイツ、またでかくなったな。
「アンタが帰ってくるの、ずっと待ってたのよ」
 ゾロを抱き上げたまま、リビングへ行く俺にババアが言った。来るなら来るって朝から言ってくれてたら、速攻で帰ってきてたってぇの!
 ソファに座り、膝の上に置いてもゾロは降りる気配もない。あああっ、可愛いぜ。
「ちゃんじ」
「ん?どした」
 澄んだ目に引き寄せられ、まあるい額に手を置いた。
ゾロの広いデコは、俺の気に入りで。ゾロも額を触られるのが好きで、嬉しそうな顔をする。こいつのこの顔を見ていると、疲れもなにも吹き飛ぶぜ。
 俺に額を触られたまんま、ゾロはコッチを見上げ、偉そうに部屋の片隅にある自分の荷物を指差す。
「おとまりする!いっしょにねよ」
「今日は、泊まりか?よし!いっしょに寝ような〜」 
「うん!おふおもはいう!」 
 力いっぱい、たどたどしい口調で言い切って、ゾロは全開の笑いを向けてきた。
 まだ一才になったばかりだが、ゾロはけっこう喋る。しかも、子音の発音は怪しいのが、これまたツボだ。特にサ行はタ行に、ラ行は完全に母音だらけの言葉ってのは、聞いてて楽しすぎる。
 そこへ来て簡単な会話での意思疎通は充分にできるのが、これまた可愛い。
 ま、ナニをしててもゾロは可愛いってことだよな。

 ところで、どうしてゾロが居るんだ?
 泊まるってのは、俺的には大歓迎なんだが、随分突然な話じゃねえか?
 ちっさい頭をぐしゃぐしゃ撫でてやり、またゾロを抱き上げてババアを見た。
 意味ありげに俺と絡まった視線は、なにか言いたげだ。
 アッチの家で、なにかあったらしい。
 まあ、離婚ってことは絶対にない。なにせ兄貴は義姉にべた惚れで、その姿は横で見ているほうがこッぱずかしいくらいに一途だ。
 
 武道一直線で育った男は、高校を卒業すると同時に結婚してすっかり温厚になった。
 その面構えの険しさで、世間を恐怖のどん底へ突き落とし、目が合ったら石になるとまで噂された男とはとても思えない変貌ぶりだ。
 人は変わるもんであるという言葉を、俺たちに実感させてくれた兄貴は・・・。
 ある意味、偉大だ。
 そうして、人目も憚らず義姉にめろりんしている兄貴の家庭では、夏ごろに二人目が生まれる。

「具合、悪いんかよ」
 俺が咄嗟に思い浮かべたのは、線の細い義姉の姿だった。
 ゾロを妊娠したときも、彼女はそりゃもう大変だった。子供はひとりで充分だと、本人よりも周囲に思わせるほど、妊娠も出産も大騒ぎだった。
「母体の経過が思わしくないから、しばらく入院ですって。だから母さん、アッチの手伝いに行っているから、あんたゾロの面倒みておいてくれる」
「思わしくないって・・・・・・」
「妊娠中毒・・・だったかな?とにかく入院は入院よ」
 この女・・・・・。ちゃんと覚えていろっ!!大雑把にもほどがある。
 まあ、ババアは性格も記憶も、丼勘定な女だが。やたらと情は深い。
 悪気のない台詞を無神経に言い放っていながら、許される存在ってのは。ある意味すげぇかもしれん。
 しかも、義姉の家は早くに母親を亡くしてて、父ひとり子ひとりの父子家庭だ。
 義姉もナニがいいのか。ババアを本当の親以上に慕って頼ってきているのが、余計に可愛いらしい。
 我が家において、嫁と姑の戦争ってのは皆無だろう。

 天然の義姉と。ドンブリババア。実によくできた取り合わせだ。
 おかげで何かと義姉の身にあると、女の子が欲しかったババアは、俺たち男どもには目もくれず、いそいそと出かけていきやがる。
 ま、ソレは俺も同様で。ゾロの為なら何でもする。
 ちょうど、学校は行事前で授業らしい授業もねえし。2、3日ならサボってもぜんぜん問題ねえし。
 すっ飛んで帰ってきたら、夕方早くには戻ってこれる。
「じゃ、しばらくは泊まっていけるんだな」
 暇になってじゃれてくるゾロの相手をして振り返ると・・・・・。
 もう、そこにはババアはいなかった。迅速じゃねえか、クソババア。



 それから俺は、ゾロを手伝わせて食事を作り、風呂に入れ。いつもより早めの晩飯を食ってから、これまた記録的に早い時間に寝に上がる。ベッドじゃゾロが落ちたら危ないってんで、今日は床に寝る。
 敷いた布団の上で、機嫌のいいゾロとひとしきりじゃれあった。
 ま、本当は寝る前ってのは興奮させるなとか言うけどよ。ゾロは例外だ。
 赤ん坊のころから寝付きの良かったゾロは、少し経つと体内時計が作動したらしく、だんだんと動きが緩慢になっている。そうして、僅かに動作が停止したと思う間もなく。
 俺の気が一瞬付けっぱなしだったテレビに逸れた隙に、人にもたれて熟睡してた。
 腿の当たりに乗っかった頭は、まだ興奮を引き摺ってて熱い。
 湿った髪の毛を指で梳いて。そっと小さい頭を布団に降ろす。

 これから、友だち連中に明日の予定を断らないといけない。
 面倒だし。
 メールでいいか、メールで。 

 ゾロが生まれてから、俺の夜遊びの数は激減した。
 休日の暇なときなんざ、携帯使って遊び仲間を探したり、女の子たちにご機嫌伺いをするよりも、兄貴の家に押し入ってゾロを強奪してくるほうがたのしい。
 妙に愛らしいリュックに紙おむつと哺乳瓶を入れ出かけるのも、ぜんぜん苦にならない。カッコ悪いとかも思わない。何しろゾロは可愛い。とろっとした笑いでもって俺の腰を一発で砕く。
 泣いていても、むずがっていても、ミルクを飲んでようが風呂に入ってようが。
 1才になって言葉も片言にしゃべるようになり、可愛らしさはますます磨きが掛かってる。
 
 つまり、可愛いもんはいつまで経っても可愛いわけだ。

 もしコイツが女の子だったら、真剣に俺の嫁さん候補にして、赤ん坊のころから手中の珠のように大事にだいじにしただろう。

 男の子でよかった。

 でなけりゃ、俺はコイツを嫁にくれと、クソ兄貴と死闘を繰り広げないといけないところだ。

 ガキは今もって苦手でも、ゾロのおかげで前よりは倦厭しなくなったのも後遺症だ。いや、そのあたりを走るガキどもにゾロの将来を重ねていたりもしている。
 あんな憎たらしいヤツにはなるんじゃねえぞ。
 思ったりしながら、ゾロが結婚するときの光景まで思い描いてセンチメンタルな寂しさを今から味わってみたり。
 そんな俺を見て、周りは『ゾロ馬鹿』と俺を呼んでいる。
 家族ばかりか連れの連中にまで言われてるんだが。携帯の待ち受け画面にゾロの写真が貼ってある俺は、ぜんぜん気にならない。

 そう、俺はゾロ馬鹿だ。
 ゾロ中毒だ。アイツが遊びに来ないと寂しくって堪らねえんだよ。

 なので、俺は明日からゾロと過ごすために、即座にあらゆる予定をキャンセルした。
 映画だろうが、なんだろうが。
 野郎たち相手だ。ゾロ優先に決まってる。
 もっとも、やつらも慣れたもんだった。
『今度の休みはゾロが俺んところにいる』と言うだけで、分かったの一言だけが返ってくる。
 しかも、ヤツ等は頼みもしないのに、どっかに行った土産だの、ゲーセンの戦利品だのをもってくる。
 むむっ、ゾロを可愛がるのはいいが、てめぇらもコイツに骨抜きか。

 俺は携帯に入ったレスに眉間を険しくさせていた。
 『日曜に、そっち行く。ゾロは何が好物だ?』
 当然っちゃあ当然だが、嬉しいような悔しいような複雑な気分を味わったぞ。

 まあとにかくも。
 我が家には、現在ゾロが遣ってきている。
 日曜ってことは、明後日には邪魔なヤツ等が来るから、メシの用意もしねえとな。
 よし、明日はゾロを連れて近所のスーパーへ買出しだ。
 携帯を枕元に置いて、明かりを消してゾロの隣に横になる。ふわふわしたゾロを抱き寄せて、俺は忙しくなる明日に備えて早くに眠ることにした。
 

                                                                          2(ゾロ、1歳):おわり




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