全員の食事が終わったと見ると、灯滝は皿を下げて厨房に行ってしまった。誰に言われても他人に手伝わせるのを良しとせず、十数分間、厨房の引きこもりと化した。洗い物だけなら今でなくともいいだろうに……という多数の思いは、彼女には届かず終いだった。
 そして彼女により抜け目なく食後のお茶まで準備されており、最初は強引に石丸に連れて来られたメンバーも、一服するまでは朝食か、という気になる。しばらく席を立つものはいなかった。
 これは、そんな彼らの灯滝に対する会話の一部始終である。



灯滝くんは仕事熱心だな! だが、せっかく全員揃ったというのに率先して抜けるとは困りものだ」
 ずず、と緑茶を啜って、石丸がまず口を開いた。
「でもよ、料理人なんてヤツがいて助かったよなー」
「うん。食材はあっても、料理できる人が居るのと居ないのでは大違いだよね」
「しかもただの料理上手じゃなくって“超高校級の料理人”だもん。マズいわけがないよ!」
 厨房を見ながら桑田が言えば、苗木が同意し、朝日奈が力強く追い打つ。

 不安の多い学園生活の中で唯一、食事に関しては全員文句なしだったのは、ひとえに“超高校級の料理人”の存在による部分が大きい。
「……ここでの生活が多少マシになっているのは確かだな」
「えっ。アンタでも人を認める事ってあるんだ」
「それしか能のない人間なんだ。奴の存在価値など料理以外にない。」
「ちょっとだけ見なおそうとした、あたしの気持ちはソッコーで撤回するわ……」
 珍しく会話に参加し、かつ賛同した十神だったが、二言目を聞いた江ノ島は呆れたようにため息を付いた。

「……ま、ウマい飯が食えるだけありがてーよ」
「そうだな。僕も昨日から食事の時間が楽しみで仕方がないぞ!」
 大和田はそれだけ呟くと冷やしコーヒーを呷った。石丸が目敏く拾っても、以降はだんまりだ。
「だけど、16人分を1人で作ってくれて……大変だよね……」
「うむ……感謝せねば」
 不二咲は眉を下げ、申し訳無さそうにコップを両手で包んでいる。続く大神の静かで重厚感ある一言には、何人も頷かせる含蓄があった。

「で……でも、そういう隙に付け込んで、もしかして殺そうとしてるんじゃ……!? ど、毒とか入れて……!」
「そんな分かりやすいこと、さすがにしないと思うけど」
「か、可能性がある限り……盲信なんてしないわよ……。あいつ、料理オタクって感じでなんか暗いもの……ッ」
「なっ、オタクを馬鹿にするのなら黙っていられませんな腐川冬子殿ォ! というか、灯滝実ノ梨殿は単に職人気質なだけかと……。オタクの中のオタクであるこの僕が言うのですから間違いないいいッ!」
「つーか、暗いってオメーが言うかよ。山田も無駄にうるせーし……」
 霧切に言われてもなお、腐川は聞き取りにくい小声で唸る。
 自分の世界に入る腐川にも、憤慨する山田にも、桑田は突っ込まざるを得なかった。

「性格容姿はさておき、とにかく飯の心配がいらんだけで気が楽だべ」
「こんな状況で私たちが落ち着いていられるのは、灯滝さんのおかげですね」
灯滝っちが死んだらここの生活が一気に荒むべ。……頼むから俺より先に死なないでくれ! ……なんてな。まあイベントが終わるまでの楽しみってところだべ」
 葉隠と舞園、平和な時は周囲に敏くもマイペースな二人が、緩やかな空気に戻す。

「ハッ……気づいてしまいましたぞ! そうやって懐に入り込んで我らを掌握するために!? おのれ灯滝実ノ梨殿、策士……しかし抗えないッ!」
「山田クン、さっきの腐川さんみたいになってるよ……」
 山田を諌めつつ、苗木はこの機会に少し料理を覚えようかと思い始めていた。
「奇遇ですね! 私もお料理を教えてもらおうって考えていたんですよ、苗木君」
「えっ」
「教わるなど……うふふ。灯滝さんが殿方でしたら、わたくしの下僕兼専属シェフにして差し上げるところでしたのに……。残念ですわ」
「フン……お前の下より十神グループで使ったほうが経済効果を生むだけマシだ」
「えっ、え……!?」
 舞園の読みに目を白黒、セレスと十神のやり取りにも目を白黒。忙しない苗木の挙動に、くすりと笑いが起こる。
 初めての朝食会は、灯滝の知らぬところで和やかにお開きへと向かっていた。







 ――料理ってさあ、ヒトが豊かに生きる上で重要な要素なんだよね。
 まあ、ただ美味い飯食ってりゃそれでオッケーってワケじゃなくって、そこに関連した……例えば誰と食べただとか、どんな会話をしただとか、付随するエピソードあってこそなんだけどさ。
 ……困ったことに、その条件がこのクラスには揃っちゃってるの。正確に言うと、今まさに揃っちゃった。
 ボクとしてはホント、頭が痛いよ。このままだと“数日前”みたいになるのも時間の問題っぽいし…………あ、数日ってくだりはスルーしてね。どうせキミには分かんないんだから。

 だからね。そろそろカードを切るタイミングだと思うんだ。

 ねえ灯滝さん。これからはボクの分のご飯も用意しておいてくれない?
 ……イヤだなあ。ボクは川で鮭を捕り食らうモノクマですぜ? ヒトの飯なんざ朝飯前ってな具合でかっ食らっちゃうぜ?
 ていうかボクは学園長なのにさ、キミは今までご飯を用意してくれてなかったんだよ? 生徒じゃないからってハブるとか、さとり世代はクールすぎるよ。先生悲しすぎるよ。
 とにかく厨房に一食置いておいてくれればいいから。忘れたらタダじゃ済ませないんだからね! ウソじゃないんだからねっ!
 え? なんで急に言い出したかって?
 だって……キミが料理していられるのがあと何日なのかは、ボクにも分からないもん。


 これからは毎日が最後の晩餐気分になれるよ! うぷぷぷぷぷぷ!!


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