昨日はあれ(主にモノクマのイジり)から気を取り直して、厨房に戦利品を持ち帰って新しい食材を使った料理に勤しんだ。途中、ご飯を調達しに厨房まで来た葉隠くんは“それ”に気付いてくれた。
灯滝っち飯くれー……ってそれ、さっきジェンガした」
「そう、それそれ。せっかく頑張って取ってくれたから、今日使おうと思って」
「今食えるんか?」
「夕食の仕込みだから、後でね。今はこっちからよろしく」
 葉隠くんが上から取ってくれた材料もさっそく使った。

 食事は朝に言われたとおり、あれからさらに二人分を減らした。16、14、13、11……一週間前のおよそ3分の2だ。でもみんなの食事量も減っていては、人数ぴったりで食べても余る。現状なら万が一、十神くんと腐川さんが食事を取りに来てもまったく無いということはない。……それも複雑なことだった。
 少しでもこの状況が良くなってくれないか、そんな思いでメニューを練って作るしかなかった。何を作っても同じかもしれないけれど……料理人ができる事なんてそれくらいだ。

 焼き上げた“フライドオニオン”のパンは、その夜、白米よりも早くに完食となった。





 翌日、宣言通りに十神くんと腐川さんは朝食会に現れなかった。
 11人集まったところで、朝日奈さんが来なくなった二人に触れた。十神くんはともかく、腐川さんは呼びに行ったほうがいいんじゃないか、と。
「いいって。あいつ辛気臭いし。」
「さらりと冷たい事言うのですね? まるで氷砂糖ですわ……」
 葉隠くんが顔をしかめて答えると、セレスさんは珍しそうな目で葉隠くんを見た。私はというと……昨日の今日で、何となく葉隠くんに注目してしまう。
 合わない人には露骨な反応をする、分かりやすい人……なのか。

「そうだろう灯滝くん。――灯滝くん!?」
「えっ? あ、うん」
「話を聞いていなかったのかね? 悲しい……僕は悲しいぞっ!」
「氷砂糖が氷でなく砂糖の部類ってこと、たぶんみんな知ってるから大丈夫だよ石丸クン」
「ごめんね……」
 石丸くんに話を振られていたのをスルーしてしまったらしい。苗木くんがフォローしてくれたけど、悪いことをしてしまった。

灯滝実ノ梨殿も……あのように面と向かって食事の用意を断られれば、心ここにあらずになっても仕方ないような」
「でも……どう食事したって自由だし、十神くんたちがそういう選択をしても普通だと思う。ただ、顔を合わせなくなると……」
 寂しくなる、不安になる、溝が深まる――何と言ったらいいか躊躇って、言葉は続かなかった。山田くんは意図が汲めたようで、大きな体をシュンと縮こませた。


 せっかく集まっている中で空気を暗くしてしまった。それを切り替えるように大和田くんが十神くんを拘束したほうがいいと言ったけれど、石丸くんや苗木くんが過激な対応だと難色を示した。
 中央の大テーブルに集合しての朝食は空席が目に付くようになった分、ひとりひとりがよく見えるようになった気がする。

 不二咲さんは姿を見せてはいたが、十神くんとのやり取りが尾を引いているようであまり食事に手を付けていなかった。苗木くんが声を掛けると、不二咲さんはその件で自分の弱さに自己嫌悪していると話してくれた。
 振り返る中で不二咲さんは、十神くんとの間に入って助ける形になった大和田くんと“男の約束”をした。それは大和田くんにとって物凄く固い誓いらしく、不二咲さんは<泣かないこと>、大和田くんは<怒鳴らないこと>を互いに守ると決めていた。

 大和田くんなりの励ましは、不二咲さんにしっかり響いたようだった。お礼を言う不二咲さんに照れた表情をする大和田くんの姿は、ちょっと新鮮だった。怖い人のイメージでいたけれど、十神くんに怒ったり不二咲さんを守ったり……強いからこそできるような事をしてくれる人、そして情に厚い人、なのかもしれない。
 「体でも鍛えようかな」と呟いた不二咲さんに、大神さんはいつでも手伝うと頼もしい言葉を掛けた。なのに山田くんが「千尋タンが壊されちゃうよぉ!!」なんて言うから、突っ込まざるを得ない朝日奈さん。一気に場は弛緩し、不二咲さんは声を上げて笑った。
「お、やっと笑ったべ?」
「う、うん……あ、ありがとうね……みんな……」
 笑うことを忘れてしまいそうな中で、不二咲さんの笑顔には心が温まるようだった。……私も凹んでばかりいては駄目だ。もう少し、前向きになりたい。



 朝食の後、私は意を決して彼の個室のドアの前に立った。歓迎はあり得ない、だけど言うと決めたのだからインターホンをとっとと押せばいい。……っせ、押せ――!
「人の部屋の前で何をしている」
「ひゃあああ」
「耳障りだ奇声を止めろ」
 部屋の持ち主、十神くんは廊下からやって来た。自室の前で私を見つけ、心からの機嫌の悪さで私を刺している。
「ごめん。驚いたんで」
「用がないなら失せろ。さもなくばここを出た後で社会的にも抹殺してやる」
 十神くんなら本当に実行しそうで恐ろしい。しかし……図書室にいなかったからてっきり自室にいると思っていたのに、とんだピエロだ。

「ええと、伝えたいことがあって来たんだ。私、お昼すぎから夕方までは厨房に近づかないようにするから」
「は?」
「中途半端な時間帯で申し訳ないけど……。公共の場所なのに四六時中私が占領してるように思うと使いにくくなるかなって。……用事は以上、突然失礼しました。帰るね」

 くるりと翻してすぐに部屋に戻る。十神くんだし、言いたい事は伝わっているだろう。
 昨日の言い様だと、十神くんは誰かと顔を合わせるのも煩わしいんだと思う。それでも生活していく上で食料は必要だ。だったら倉庫だけではなく厨房も使ったほうがバリエーションは格段に増える。まあ……十神くんは警戒しているから、私たちがよく出入りする厨房のものには手を付けないかもしれない。それならそれでいい。私が勝手にそう決めて宣言しただけだ(いちおう他のみんなにはさっきの朝食会で伝えて、了解をもらった)。
 とにかく言う事は言った。数日前の誰かのように、空腹が原因で機嫌を悪くするような事態は防げるはずだ。
 ……と思ったけれど、単独行動を始めた人はもう一人いたのだった。
 腐川さんにも伝えなければいけない……!



 部屋に入ったのもつかの間、再び廊下に出て左右を確認する。十神くんがまだ居たらやや気まずい。……誰も居ない。よし。
 自然とコソコソ忍び足になって、彼女の部屋を目指す。あまり出歩いている姿を見ないので、きっと今もいるはずだ。
 インターホンを押す。……出ないのでもう一度押す。……出ない。
 珍しくどこかに行っているのかと思いつつ、念の為にもう一度だけインターホンを押した。

「し……しつこい女ね……何なのよ……」
「腐川さん……いたんだ」
 腐川さんはドアを十センチくらい開けて、隙間から警戒心剥き出しの視線を私に向けた。……彼女もまた、誰かと顔を合わせるのも煩わしいと思う状態だったのを忘れていた。
 長居しても機嫌を損ねるだけなので、手短に十神くんに伝えたのと同じ内容を話す。そそくさと帰ろうとしたら、急に大きな声で引き止められた。

「ま、待ちなさい!」
「えっ、何か」
「い……今言った事は、と、と、十神君……にも、言ったの?」
「うん。先に伝えたよ」
「そ、そう……そうなの……。フフ、ウフフフフ……」
 それきり腐川さんは私を無視してウフフとしか言わなくなってしまったので、そっと立ち去ることにした。彼女は……大和田くんや十神くんとは違った方向で怖かった。
 これでいい……んだよね、と疑問が湧く自分を納得させて、今度こそ自室に戻った。遭遇する可能性は下げたんだ、間違っていない……きっと。

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