早めに眠れたおかげで、朝はここ一番の清々しい目覚めだった。
 気分よく、いつものように食堂へ行き準備をしていたら……その後現れた石丸くんと大和田くんが、おかしくなっていた。

「おはよう兄弟! 今日は早いな! 兄弟と朝から言葉を交わせる喜びを、僕は噛み締めているぞ!」
「おう兄弟、相変わらず規則正しいヤツだなオメェは! こう朝イチで来んのも悪かねぇな……兄弟と飯までの時間を潰せんだ、楽し過ぎて笑えてくるぜ!」
 後から来た朝日奈さんもドン引きの仲良しっぷり。苗木くんから一部を聞いたところによると、二人は些細な喧嘩からサウナで耐久勝負する事になって、夜時間になるからと苗木くんが先に帰ったら……こうなったらしい。

 男同士の友情は単純、と大神さんが言ったけど……。まあ、いざこざするよりかは良かったと思う。ただ、ここまでの豹変には……恐さすら感じる。
 石丸くんと大和田くんのおかげで、朝食会は謎の意気投合を見せつけられる奇妙な会合となり、二人以外は彼らの姿に辟易しつつご飯を食べることになった。
 そして二人は昼食もこんな調子で一緒に食べていた。……さすがにどうかと思った。



 昼食終わりの昼休み。今日は洗濯物を片付ける時間にしようと思う。
「おっ、灯滝っち! 聞いてくれ、霧切っちが冷てーんだ。まるで雪女だべ!」
 ランドリーに行くと、葉隠くんと霧切さんが先に洗濯中だった。なんだか珍しい組み合わせだ。
 葉隠くんが何やら訴えてきたけど、霧切さんは「人聞きの悪いこと言わないで」と涼しい顔をしている。洗濯の準備をしつつ、とにかく話を聞いてみることにした。

「俺が親切にも水晶玉をプレゼントしたってのにセミナーには行かねーって聞かないんだべ」
「セミナー……って、あれ? 水晶玉はこの前桑田くんが投げて割れたんじゃ……?」
「あっ……あれは……世界を統べる者が持つ絶対に割れない奇跡の水晶玉、だったはずのもので……」
「そもそもあれは、ただのガラス玉だったじゃない」
「ううっ……もう忘れさせてくれ……ッ」
 あ。トラウマを抉ってしまったみたいだ。……でも大切なものならランドリーに置きっぱなしにしちゃダメだと思う。水晶玉でもガラス玉でも。

「とにかく。この水晶玉は葉隠君が押し付けただじゃない。それに内容もわからないセミナーに興味なんて無いわ」
「な? ひどいだろ? 俺にはノルマが掛かってるっつーのに!」
「ノルマ?」
 セミナーに……ノルマ……?
 霧切さんはため息を付いて、葉隠くんに真顔で凄む。
「……葉隠君。ネズミ講って知ってるかしら?」
「えっ……いや〜知らんなあ〜。つーかこれは、超・合法的ネットワークビジネスだべ」
 葉隠くんは視線が泳いで、見るからに誤魔化している感じがする。
 あっ……そういうことか。つまりは如何わしい小遣い稼ぎに霧切さんを使おうとしていたわけだ。

「葉隠くん……」
「あっ灯滝っちでもいいべ! ここから出たら、俺のオススメでイチオシなセミナーに付き合ってほしいんだが。しかもっ、今なら持ち主をオメーに決めたと囁いてる運命の水晶玉も付けるぞ!」
「それって、みんなに言ってる……?」
「だいたいには声を掛けたな。しかし何故か皆して答えはノーだ。不二咲っちにだけは保留を取り付けたべ」
 困りつつも断れない不二咲さんの姿が思い浮かぶようだった。……きっと葉隠くんの押しが強くて断れなかったんだろう。
 というか、葉隠くんは一回10万で占っていると言っていたはずだ。一流の占い師ならお客には困らないはずなのに、なんでこんな犯罪まがいのことをしてまで稼ごうとしているのか……。

「葉隠くん、私もパスで。水晶玉の使い道もないし、協力できないや」
「なっ……灯滝っちまで!? なんでだべ!」
「お金は自分の仕事の対価で得ようよ……」
「はぁっ!? 俺は誘われてセミナーに行っただけで、そんで仲間を増やせば報酬が出るって言われたから誘っているだけだべ!」
「ネットワークビジネス……いわゆるマルチ商法でも、しつこい勧誘をすれば日本でも犯罪よ」
「な、なんだってー!!」
 一寸の慈悲もなく、霧切さんは葉隠くんにとどめを刺した。
 すごい驚いているけど……この流れで葉隠くんは自分の行いの意味を分かっていなかった……? そんな、まさか。

「それと……あなたの洗濯物の乾燥、とっくに終わっているわ」
「おわっ、本当だ。……つーかセミナー、どうしたらいいんだべ……抜けるには金積まねーとムリだっつーし……金持ってかれるのなんて嫌だべ……」
 洗濯機を取り出しながらの言葉でも、ぶつぶつと呟かれると気になって聞いてしまう。
「葉隠くんレベルの占い師だったら、たくさん収入あるんじゃないの?」
「俺は自分で得た金は自分で使う主義なんだ。俺の金をタダで渡して人に使われるなんてまっぴらだべ」
「マルチ商法で貰ったお金を戻すだけって考えには」
「だーかーらー、それはもう俺のもんだべ? そっからUターンなんてありえん! 違う道を歩む運命(さだめ)なんだべ」
 葉隠くんなりの理屈は、私にはむつかしかったのでそれ以上は聞かないことにした。
 結局セミナー的な意味で収穫ゼロだった葉隠くんは、肩を落としてランドリーから出て行った。



「葉隠くんて、よくわからないや」
「そう? 随分話していたじゃない」
「話していても理解できないって。……霧切さんはわかったの?」
 霧切さんと二人きりになったのは初めてだ。いつも落ち着いていて頭の切れる彼女は、葉隠くんの考えも理解できたのだろうか。
「考え方を理解しても、賛同はしないわ。意見の受け入れ……つまり心情的な意味合いで理解できないと言っているのよね? だったら私と同じよ」
「……そういうことだね」
 葉隠くんはわりとオープンな人なのに、いきなり受け入れがたい考え方を披露したり自己完結な言い方をするから、本質を疑ってしまったり意図が読めなくなるんだと思う。……オープンすぎるのも考えものだ。

「でもね……会話をしなくても、その人と関わりのあるものを見ていけば自ずと知ることができるわ。……例えば、灯滝さん」
 隣に掛けている霧切さんが私を真っ直ぐ見つめた。目が合うと見透かされるような気分になる。占い師のはずの葉隠くんより、よっぽど。
「あなたの用意する食事は毎日、献立だけでなく味付け方も微妙に変わっている。それは私達の好みを把握していく中で調整しているんじゃないかしら」
「……そんな大層なものじゃないよ。勘っていうか」
 みんなの食べ方なんかを見ていて何となくやっていることだった。言葉にされると大袈裟だ。
「あなたも実践しているということよ。みんなの食事をよく見ている。それも灯滝さんの才能の一つだと思うわ」

「ああ……今は自分の料理というより、みんなに合わせようとしているのか」
 自分らしさとの比重を傾けて、より相手の意向におもねる作り方が必要な時もある。
「それは料理人としての料理を崩しているという事かしら。でもその自己犠牲は専門的な人間の考えによるものだから、周囲には伝わらないわ」
「まあ私も、今初めて思ったくらいだから……別にストレスになってるわけじゃないよ。やっぱり料理をしている方が落ち着くし……習慣だよね、これって」
「フフ、そうね」
 生活の軸が料理な私が逆に面白かったのか、霧切さんは少しだけ笑った。

「……霧切さんがそういう風にいろんな物を見ているのも習慣なのかな。それが才能で、超高校級の観察眼……とか?」
「さあね」
 それでなければ超高校級の頭脳? ……漠然としすぎか。
 とにかく霧切さんの鋭さや着眼点や相手への気付かせ方は只者じゃない。私たちが何気なく過ごしている間に、霧切さんはたくさんの事に気づいているんだろう。

「先に失礼するわ。またね、灯滝さん」
「うん、ありがとう霧切さん」
「こちらこそ、いつも美味しいを食事ありがとう。それじゃ」
 乾燥が終わった音がして、霧切さんは洗濯物を取り出すと部屋へ戻っていった。
 霧切さんはまだまだ謎めく人だったけど、初めてちゃんと話ができた充実のランドリータイムだった。

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