時間は少し巻き戻る。
灯滝さんは料理のリクエストを受け付けていると聞いたのですが……」
 昼食の片付けをしていると、珍しい人が厨房に足を踏み入れた。
「うん。材料的に可能なものなら何でもどうぞ?」
「では……わたくしは、餃子を所望いたします」
「餃子なら、粉も野菜も挽き肉もあるから今夜にも作れるよ」
「まあ。それでは楽しみにしておりますわね」

 それだけ言うと、彼女は微笑みをたたえて去っていった。
 何を作るか決めていなかったのでちょうどよかった。今日の夕食のメインは餃子に決まりだ。
 ――あれ? 洋食一辺倒だったセレスさんが、なんで“餃子”をリクエスト……?
 時間差で生まれた違和感を抱えつつ、私は材料の在庫を確認することになった。



 夕方になるのを待って、再び厨房に入った。十神くんや腐川さんが使ったような形跡はなかったので、倉庫の食料だけでまかなっているみたいだ。……本人の意向だから、干渉するのは野暮だ。私は私の作業に集中していく。
灯滝さん、夕食の準備? すごい量の挽き肉だね……」
 具を合わせているところに、苗木くんが飲み物を入れに来て目を丸くした。

「11人分だとキロ単位だから、家庭の分量と比べるとけっこうあるよ」
「何作るの?」
「餃子。何故かセレスさんにリクエストされて……」
「あー……そうなんだ」
 苗木くんは思い当たるフシがあるようだった。
「洋食しか食べてなかったと思うんだけど……好物なのかな? それとも単に試されてる? そんなわけないか」
「セレスさん、餃子好きって言ってたよ。でもあんまり知られたくないみたい……?」
「イメージじゃないもんね……むつかしい問題なんだ、彼女的に」
 セレスさんみたいにポリシーを感じる服装振る舞いの人は、その人なりの苦労があるのか……うん、一つ学んだ。

「ところでそれ、一人で包むの?」
「そうだね。少し寝かしてる間に皮を仕上げて……だから焼き上がりは1時間半くらい後かも」
「え……ボクも手伝うよ! ていうか手が空いてそうな人呼んで来ようか!?」
「人手が増えれば、そりゃ助かるけど……私の仕事だから別に」
「待ってて! ボク、みんなに声掛けて来るっ!」
 苗木くんは話半分で出て行ってしまった。……まあ、私は見慣れているというか少ないくらいだけど、普通の人にとっては驚く量かもしれない。



 苗木くんはほぼ全員に声を掛けてくれたらしく、彼が戻ってくる頃にはすでに5人が集まっていた。
「苗木君から人手が必要だと聞いて来たのだが!」
「苗木だけならまだしも、兄弟にも頼まれちゃあ断れねーしよ……」
「お手伝いできる事があるって、苗木くんに聞いて……」
「苗木から聞いたよ! ドーナツの恩はここで返すからね!」
「朝日奈と共に苗木の話を聞いたのだが……うむ、これなら我達も協力できそうだ」
 石丸くん、大和田くん、不二咲さん、朝日奈さん、大神さん。まず手伝ってくれるという気持ちがとても嬉しい。
「苗木くん……ありがとう」
「お礼を言われるような事はしてないよ。それにこれからが本番だよ!」
 ……そうだった。このカタマリを捌かなければ、夕飯のメインは出来上がらない。

「で、俺らはどうすりゃいいんだ?」
「皆で集まって料理なんて、調理実習みたいだねー」
 食堂の大テーブルに私を入れた7人が集まる。テーブル上には下準備の終わった餡と皮、そしてトレイにスプーン。
 大和田くんは材料を目の前にしてもピンと来ていないようだった。餡の入ったボウルを覗き込んだ朝日奈さんはこれが何か分かったらしく、楽しそうに大神さんと話していた。
「えっと、餃子を作る手伝いをして欲しくて集まってもらったんだ」
「なッ、これが……餃子になるのか!?」
「それで、この餃子の具……餡とも言うんだけど、ティースプーンでこれくらいをすくって、皮に乗せて、ヒダを作る。出来たらここに並べていく、と」

「おお……見事なものだな」
「早いし見た目もとっても綺麗だねぇ」
 石丸くんは本気で驚いていたけど、私が成形すると不二咲さんと二人で感心したように一連を見ていた。
「慣れれば早くなるよ。この作業をお願いしたいんだけど……やった事ある人はいるかな?」
「……我は、幾度か」
「ボク、小さい頃に一回だけお手伝いした……かな」
「じゃあ、悪いんだけど大神さん……みんなをサポートしてもらってもいいかな」
「承知した」
 経験者がいるのは心強い。少ししたら大神さんに任せて、他の準備にまわれそうだ。苗木くんも数回包めば勝手がわかるだろうし、他のみんなもじきに慣れるだろう。

「みんなでやれば一人10個くらいだから、すぐだよ」
「あーはみ出る、具が多すぎたかあ……」
「最後のあのナミナミはよ、一体どういうカラクリだぁ?」
「奇遇だな、兄弟……僕も仕組みがわからないのだ」
「閉じ合わせたものを折るのではなく、手前の皮をだな……」
「ええと、こうかな……。出来たぁ」
「不二咲さん上手だなあ。ボクのは……うーん」
 たっぷり餡を取りすぎて閉じきれない朝日奈さんに、適量を知らせる。ヒダ作りが分からない大和田くんと石丸くんには大神さんが教えてくれていた。隣を見ると……不二咲さんの初めてとは思えない出来栄えに、苗木くんはいちおう経験者として自分の出来上がりに納得できないようだった。
 効率重視で一人集中して作ってばかりいたけれど、こうやってみんなと話しながら料理をするのも楽しいものだった。



 私は他の料理の用意があったので、数個作ったところで厨房に戻った。後から霧切さんも手伝いに来てくれたこともあり、作業は私一人で行うよりも早くに終わった。苗木くんの呼びかけのおかげだ。
 葉隠くんも途中から来ていて、手伝いはしていなかったみたいだけど何だかんだ話しながら出来上がりを待っていた。山田くんが来た頃には焼き始め、そして絶妙のタイミングでリクエスト元のセレスさんが登場。
 食堂には朝食会の参加者が全員揃って、賑やかな夕食になった。

 肝心の餃子の出来上がりはというと……セレスさんのお口に合ったようでホッと胸を撫で下ろした。
「中身が美味しいのは“超高校級の料理人”作ですもの、当然として……一部のどうしようもない形の餃子は何なんです?」
「うっ……」
「ぐ……っ」
「い、いやー……あはは」
「みんなで包んだから……個性だよ、個性……」
 苗木くんのフォローが空々しく思えるようなものも、幾つかあったけど……本人たちが責任を持って完食していた。ギクリとした人は……いや、言わないでおく。彼らのために……。

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