「遅くなって申し訳ないけれど、今からでも手伝えることはあるかしら」
 灯滝が餃子包みの作業を他に任せ、厨房に戻って数分後、霧切が食堂にやって来た。
「おう、とりあえず満杯になったトレイを厨房に持ってってくれや」
灯滝さんがいるから、指示をしてくれると思うよぉ」
 大和田がトレイを指しながら霧切に言った。彼は数個を作り上げ、やっと作業のコツを掴み始めたところだ。
 補足するように不二咲も声を掛ける。上達が早かった不二咲はサポート側にまわり、石丸にヒダ作りを教えていた。

 トレイにズラリと並び、列をなす餃子たちは形がまちまちだ。機械が作ったように美しいもの、手作り感のある大ぶりなもの、明らかに無理やり閉じ合わせたもの……。誰がどれを作っただろう、と推理遊びをしながら霧切は厨房へ運んで行った。



 灯滝による霧切への指示は“運搬・連絡役”だった。包み終わった餃子を厨房へ、食器や他の料理を食堂へ。行き来の際に、両側の連絡も伝達する。
「……こういう仕事も悪くないわ」
 厨房と食堂の狭間で霧切はごちる。タイミングで割り当てられた役割だが、最も自分に合っていると一人笑みをこぼした。

「おやっ、けっこう揃ってんな……。灯滝っちー今日の晩飯は何だべー?」
 霧切の手伝いが板についてきた頃、食堂に現れたのは葉隠だった。中央の大テーブルの製作陣を一瞥すると、厨房までの距離をものともせず、大声でカウンター向こうの灯滝に尋ねた。
「ていうか、これ見てわかんないとかバカなの?」
「当ててみろ葉隠……」
「……えっ、餃子だよ!?」
「あー灯滝さん言っちゃった……」
 朝日奈に呆れられ、大神に問われた葉隠は、灯滝の答えしか聞いていなかった。苗木の残念がる声も華麗に聞き流し、成形の流れをじいっと眺める。

「ほうほう、こうやって作るんか……。餃子なんて店で頼んだら出てくるってイメージだからな。……で、何で急に餃子?」
「……そう言えば僕たちもなぜ餃子なのかは聞いていないな」
「えーと……匿名のリクエストがあったらしいよ? 詮索はしない方向でね」
 オブラートに包んだ苗木の答えに、葉隠も石丸も素直に納得する。

「ふむ、守秘義務というやつだな!」
「守秘義務なあ……俺も客が激しくプライベート暴露するし気を付けてるべ」
「占いでお客さんから聞く話って、たぶん普段言いにくい事だよねぇ」
 葉隠の話に返す不二咲は、自分の分の作業を終えて他の人の分配分を作り始めていた。
「まあな……。この前の客の話はびっくらこいたべ……ほら、芸能人の――」
「言ったそばから喋ろうとしてんじゃねーよ!」
 怒鳴る大和田、怯む葉隠。餃子を包んでいなかったら手が出ていた――とは、後の大和田の弁である。


「ところで……葉隠クンは、見てるだけなの……?」
 作業も佳境に入ったところだったが、苗木は敢えて葉隠に聞いてみた。
「俺か? 男子厨房に近寄らず、だべ」
「材料、食堂まで持って来てるんだけど」
「手伝わないのならどうしてここに来たのかしら」
「そりゃあ……出来たて焼き立てをいただくためにだな……」
 朝日奈と霧切の鋭利な言葉をかろうじて避けたものの、葉隠の声は尻すぼみに小さくなる。

「手伝いもせず食堂内でうろつく葉隠康比呂殿……それに比べ、食べても調理には一切関わらないと外で頃合いを待つセレス殿のなんといじらしいことかッ!」
 そこに颯爽と登場する、ずんぐりむっくりのシルエット。
「山田……!」
「山田君……!」
「創作活動の目処が付きましたので、拙者も馳せ参じた次第ですぞ!」
 眼鏡をキラリと光らせて、山田は食堂に現れた。

「山田くん、カッコいい登場だったねぇ」
「ていうかセレスさん外で待ってるの……?」
「彼女のポリシーかしら」
「つーか山田っち! ドサクサで自分のこと棚に上げて俺だけ貶めたべ!?」
 感想を口々にする不二咲、苗木、霧切。葉隠だけは山田に怒る。

「むむっ、これは……ギョーザっ!!」
「あっ山田くん、今一回目を焼き始めたとこだよー」
「オワァ! 遅参の段、御免なれですぞ灯滝実ノ梨殿ぉ! この山田一二三、せめて餃子のタレくらいはお手伝いさせていただきたくっ!」
 葉隠を華麗にスルーした山田は、灯滝から声が掛かるとつぶらな目を細めて、自分の台詞を言い終わる前に厨房へと駆け込んだ。


「……つか、アレだ。なんか仕事すりゃあ肩身が狭くはならねーだろうに」
「いっそ外で待つか、葉隠?」
「食堂に居るのは自由なはずだべ? 灯滝っちだって手伝いを強制してねーし…………はー、腹減った……」
「確かに……いい匂いがお腹を空かせる……」
 大和田、大神に言われても、葉隠は態度を変えず。
 苗木が言うように、餃子の焼ける匂いは食堂まで届き、皆の鼻腔をくすぐっていた。
 成形作業は大方終わり、片付けを始めた者もいる。否応なしに期待は高まっていた。

 福音は程なく……食堂内のやり取りを知ってか知らずか、カウンター越しで彼らに告げられた。
「ねえねえ! もうすぐ一回目のが焼けるけど、先に味見したい人とかいる?」
「味見!? するするっ! 俺だけ手が空いてるからな! 責任を持って請け負うべ!!」
 呼び掛けに飛びついた葉隠は、カウンター前までまっしぐら。その勢いに灯滝は若干気圧されつつ焼き立ての餃子を一つ渡した。

 葉隠は熱々のそれを火傷しないように注意しつつ頬張る。焼き目の付いた皮はカリカリと香ばしさを纏い、蒸された部分は薄くともむっちりとした弾力があった。噛めば皮の中から肉汁が溢れ、絶妙な味加減と柔らかさの餡が口の中に広がっていく。それは咀嚼の間も決して飽きることはなく、こなれてしまうと名残惜しくも飲み込んだ。鼻から抜ける香りは幸せの余韻か、次第にあの味わいが恋しくなる。もう一つと後を引く、これまで彼が口にした中で間違いなく最高の餃子だった。
「ううっ……うまい……出来たてってすげーんだな……」
「うわ、葉隠康比呂殿が泣きそうなんですが」
「私、男子泣かせる趣味とかないよ信じて山田くん……」
 感動に浸る葉隠に厨房の山田は引き気味、灯滝は困り顔だった。


「こちらの片付けを手伝う気は皆無か……」
 食堂側の彼らも葉隠を見ていたが、その視線はほぼ冷めていた。大神はため息をつき、大和田は呆れと少しの怒りを抱えながら石丸に確認していた。
「アイツ……俺らん中で最年長だろ?」
「そうだな、兄弟。……受け入れがたいものがある」
「葉隠! 先に食べ尽くしたら怒るよ!」
 朝日奈の大声も、果たして彼に届いているだろうか。

「……でもさ、皮も餡も灯滝さんが作ってるんだから、ボクたちの味見なんていらないよね?」
「そうね。……彼女なりのコミュニケーションなのよ、きっと」
 “超高校級の料理人”が素人に味見を求めるものか? ――苗木が霧切に疑問を話すと、霧切は小さく笑った。

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 ……ちなみに、食堂前のホールをソワソワとうろつくセレスの姿は、山田以外にも非参加組の二名が目撃したとか。

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