CHAPTER2
葉隠くんと食堂に戻り、ご飯の用意をして、私は着席していた。
目の前で何ごともなかったかのようにもりもり食べる葉隠くんとは真逆で、こちらは箸が進まなかった。
気が動転してるわけでもなく、ただ捜査に二の足を踏んでいる自分が情けない。空腹もしぼむ気分だった。
「……あのさ、今回は私も、ちゃんと調べたりしようって思ってるんだけど……葉隠くんは前の時どんなふうしてたの?」
前回は最後まで食堂にいた私は、捜査に出た葉隠くんに尋ねてみた。葉隠くんはうーん、と一回唸ってから、ご飯を飲み込んで喋った。
「そうだなー……あまり、というか全然現場には行かなかったべ。死体のあるとこなんざ近付きたくねーって」
「……だけど、調べないと」
「でも、ちゃーんと解決したべ?」
「それは苗木くんや霧切さんたちが、しっかり捜査していたから」
「だな。得意な奴に任せたわけだ」
「…………」
あっけらかんと言われてしまっては、返す言葉が出て来なかった。
葉隠くんはお茶を飲んで、さらに続ける。
「できる範囲でやってくしかねーべ。無理なもんは無理。」
「…………それでクロを見誤っちゃったら?」
「そん時は、めちゃくちゃ命乞いするべ。俺はまだ死にたくねーからな!」
……カッコいいか悪いかと言えば間違いなく後者だった。でも、何としてでも助かりたいという強い意思はひしひし感じた。
後悔も責任転嫁もしないけれど、足掻く。そんな方法もアリなのか。
「そっか……」
実績ゼロの時点から、あれもこれもと考えて頭でっかちになっていたかもしれない。できる事しかできないのだから、できる事から始めてできるだけやる。それしかない。
舞園さんの事件の時とは逆に、今回は私が葉隠くんに立ち直らせてもらう形になった。……やっぱり、いったん食堂に戻って正解だった。
「つーか、調べに行くのもいいけどよ。ここは勝手に人が寄って来る場所なんだから、来た奴と話をするだけでも何か手掛かり掴めんじゃねーか?」
「前回そんな感じで、あんまり役立てなかったから」
「そうなんか? ま、人手は多いほうがいいか。灯滝っちが得意な捜査分野とかあるかもしんねーしな」
葉隠くんはまだまだ食べる。よそっておいて手を付けていなかった卵焼きを彼に譲って、私も残りのご飯を食べ始めた。……食べられる時に食べておく。気力が失せてからでは遅い。
「葉隠くんって……人と話すのが上手いっていうか……もしかして聞き上手?」
「そりゃあ……占い業ってのは、客の悩みを聞いてそいつの人生にアドバイスするのが仕事みてーなもんだからな」
至極まともな事を言っている。まるでちゃんと占いをしている人みたいだ。
「いきなり占い結果告げるだけじゃなかったんだ」
「あのなー灯滝っち。俺は基本、2時間10万円で仕事してんだぞ? たった一言で片付くような客なんていねーべ! インスピレーション占い以外だって、だいたい網羅してんだかんな……」
「じゃあ、この前の私への占いは……?」
「この前はだな、その……簡易版ってとこだ。タダにしてやったんだから端折ったって文句言われる筋合いねーべ」
勝手に占われた側としては……少しくらい言ってもバチは当たらないと思う。言わなかったけど。
「まあ今回は占ってはいねーし時間も短いっつー事で、相談料は相場半額の5万円にしといてやるべ!」
「あ……これ料金発生するんだ……」
「やーいいって、いいって。今はツケにしとくから! 支払いはここ出てからでオッケーだべ! 飯作ってもらってる分はちゃんと待つからなっ」
お金がもらえる話だと途端に活き活きする葉隠くん。いつの間にか私が支払いする事は決定らしい。この前の霧切さんとの話と、いつだか家庭科の授業で習ったはずの知識をかき集めなければ……私のお財布が危ない。
「ええと、契約時の説明責任的な意味でクーリングオフしてもいいかな」
「な、なっ……俺の親切をタダにしろってのか!? ひどすぎるべ!」
「じゃあここから出られた時にもう一回相談しよう。お互い納得するまで話そう」
「そういう事なら……まあ構わないべ。でも、絶対だかんな!」
葉隠くんの念の押し方が半端じゃなかった。これは……友達に対して弁護士を挟んで会話しなきゃいけない可能性が出てきた。
*
「はあ、飯食ったから後は頑張るしかなくなっちまったな……。捜査する以上は、犯人の手掛かり見つけんと」
どこから見に行ったらいいんだか、と首を捻る葉隠くん。この前のように現場以外にも手掛かりはあるのか……結局はしらみ潰しになるだろう。
私はどうしようと考えて、現場を思い出す。おぞましい光景……だけではなく、捜査で大切な役割を受け持ってくれている二人が思い浮かんだ。
「私は……現場の見張りをしている大神さんと大和田くんに、差し入れに行く。で、現場を見てくる」
「灯滝っち、現場行くんか……。あ、あんな恐ろしい事になってるのに……」
「なんとか、行く踏ん切りがついたから。それに見張りは現場から動けない役目だし……飲み物と軽食を渡そうと思って。お節介かもしれないけどね」
「そうか……。捜査とは違うけど、そりゃあ灯滝っちの得意分野だな」
行って渡すだけじゃなく、捜査もするつもりでいる。出来る限り、の前置きはあるけれど。
「片付けて軽食用意してから行くから、お皿とかこのままでいいよ」
「おう、……なんか前もこんなんだったな。よろしく頼むべ」
綺麗に平らげたお皿の片付けは楽だ。さっくり軽食の準備も済ませて私も早く向かおう。捜査時間も有限だ。
「ご馳走さん、先に行くべ」
「お粗末さま。また後で――あっ、ありがとうね!」
お金はともかく、葉隠くんのおかげで気が楽になったのは確かだった。慌ててお礼を言うと、葉隠くんは振り返って返事を一つ。食堂を出て行った。