お茶と軽食を用意して事件現場へ行くと、大神さんも大和田くんも受け取ってくれたので取りあえずはお節介ではなかったようだった。ここで食べるのは気が進まないかもしれないけど、捜査時間が終わった少しの間にでも摘めればとおにぎりを入れておいた。

 現場は先ほどと全く変わらず、不二咲さんもそのまま吊られていた。こんな姿……せめて早く下ろして、眠らせてあげたい。目を背けたくなる痛ましさだった。触って調べることは、私には憚られた。
 無理なら別の視点からの捜査を考える。……とにかく出来る限り、だ。
 不二咲さんが発見されたこの女子更衣室は、朝日奈さんと水泳するために一昨日来た場所だった。事件前後で何か変わった部分は無いだろうか。

 床にあるダンベルを始めとしたトレーニング器具、カーペットに違和感はない。ロッカーも特に不審なところはない。壁は……“チミドロフィーバー”の血文字が不気味だった。そして、血が飛び散ったポスターは――グラビアアイドル?
「トルネード、じゃない……」
 ここ2日で張り替えられたのだろうか? でも、女子更衣室にグラビアアイドルの写真はしっくり来ない。トレーニングでよく利用していた大神さんにポスターの件を尋ねてみたけれど、あまり印象に無かったようで明確な手掛かりは掴めなかった。

「ただ……同じような事を苗木にも聞かれたな。ポスターが男子更衣室と“入れ替わったりしてないか”と」
「入れ替わっている……?」
「いずれにしても、普段は電子生徒手帳で出入りが制限されている。更衣室の行き来を単独でするのは不可能だろう……」
「……ありがとう。私、確認してくる」
 捜査時間の今は、電子生徒手帳をかざさなくてもどちら側の更衣室にも入れるようになっている。男子更衣室に女が入るのは少し気が引ける……などと言ってはいられない。すぐさま隣へと移動した。


 男子更衣室に入り壁を見ると、一昨日見たのと同じ“トルネード”のポスターが貼ってあった。……問題は、このポスターが前々からここに貼られていたのかどうかだ。
 写真の違和感からして“入れ替わっている”可能性も高そうだけど、性別によって片方しか入れないはずの2つの部屋をどうやって行き来したのだろう。男女で共謀しているのか……それに、入れ替えたとしたら目的は何だろう? 単純にいたずら?

 血が付いていたのは女子更衣室にあったグラビアアイドルの方だけだ。だからポスターがいたずらで入れ替わっていたとしたら、事件発生前に入れ替えが行われた事になる。
 事件発生後に入れ替わっていたら……“血が飛んだ部屋は男子更衣室”ということだ。犯行現場がおかしくなる。仮に男子更衣室が犯行現場だったとして、どうして現場を移動させる必要があるのか……。
「意味が分からなすぎる……」
 そもそも不二咲さんは女の子だ。普段の状態で男子更衣室に入れるわけがないのに……。
 唯一掴んだ手掛かり候補は、どうやらただのいたずらによるものだったらしい。がっかりしたけど、他を探すしかなかった。



 不二咲さん以外での現場の捜査ではこれといった収穫を得られなかったので、引き続き周辺の部屋を調べた。プールに図書室……2階校内を中心に見て回った。
 それでも手掛かりを得た実感が無いまま、捜査終了の校内放送が入った。

 すごすごと赤い扉の中に入って、みんなが揃うのを待った。事件の流れも、犯人が誰なのかも、全くわからない状態だった。捜査してこれでは……不安がこみ上げて仕方がない。任せきって結果を受け入れると心構えしていた前回の方が、まだ精神的に余裕があったとすら思う。
 もしかすると、前回の事件を解決できたのは奇跡的なものだったかもしれない。クロは一人ほくそ笑んでいるんじゃないか。よくない想像が浮かぶ。それでも……臨むしかない。

「おう、灯滝。メシ貰ったぜ。うまかった」
「食べてくれたんだ、ありがとう」
 大和田くんがグッと親指を立て、こっちこそサンキューな、と小さく笑った。……渡しておいてよかった。少しはサポートできたようで、緊張が和らいだ。
 頬を緩めた私とは対照的に、大和田くんは真剣な面持ちに変わった。
「……俺は、腹ァ括ったぜ」
「学級裁判……もうすぐだね。私もしっかりしないと」


 最後まで部屋から出るのを渋っていたという腐川さんをモノクマが連れてきたところで、全員が集まった。
 エレベーターで降りる間は、みんな不思議と黙り込む。深妙な表情が並ぶ中で、極端に怯える腐川さんと愉しげな十神くんは際立っていた。



 学級裁判は、前回と同じように凶器の特定から始まった。ここでの話し合いに慣れたからか、全体的に発言や会話が多くなった気がする。
 凶器はダンベルと結論づけられたところで、十神くんが急に主張を始めた。何でも、現場の特徴からして犯人はジェノサイダー翔で、しかもそれが腐川さんだと言う。
 もちろん腐川さんは大いに狼狽えた。だけどそれは……十神くんに犯人扱いされたからではなかった。「何故バラしたの」と――十神くんに呻いた。
 腐川さんは自分がジェノサイダー翔という別人格を持っていることを、事前に自らの口から十神くんに伝えていたのだった。そこで「ジェノサイダー翔に人殺しをさせなければ付き合ってくれると約束した」と彼女は言うが、十神くんは元から反故にする気だったような口ぶりだった。

 腐川さんからすれば十神くんに裏切られたも同然の状態だろう。
 一昨日に私が厨房を抜ける時間を伝えようと会った時、腐川さんが“十神くん”というキーワードを聞いて心ここにあらずなウフフ状態になったのは……彼を好きになっていたからだったのだ。
 だがそんな好意も恋心も意に介さず、十神くんは無慈悲に腐川さんを吊るしあげた。
 本人から直接話を聞く――そう十神くんが切り捨てると、腐川さんは混乱の中で頭を掻きむしり気絶した。直後、起き上がった彼女は……“腐川さん”ではなくなっていた。

「もしかしてバレちゃった系? まいっか! しゃーないもんね!」
 腐川さんとはまるで雰囲気の違う“ジェノサイダー翔”は自己紹介し、ハイテンションで笑い転げた。
 目の前で信じられない情報と展開が繰り広げられ、私は頭がついていかない状態だ。世間で話題の殺人鬼がこんな近くに居たなんて、想像もつかない話だった。

 無駄に多弁なジェノサイダーは余談を交えながら、みんなのリアクションに反応していった。ただ彼女は、黒幕説と今回の事件の犯人説は否定した。
 不二咲さん殺しは自分の信念と情熱に反する殺害対象と殺害方法の“模倣”であり、万が一それでも殺す必要があったなら、わざわざ磔なんて面倒な事はしない。……殺人鬼なりの主張は、確かに頷けるものだった。


 だったら、この模倣は誰が行ったのか。
 ジェノサイダー犯人説を主張した十神くん自身だと、苗木くんが指摘した。
 苗木くんは途中まで十神くんと一緒に捜査をしていた。その中で、彼が十神家や図書室の書庫でジェノサイダー翔事件の記録を読んでいた事を知っていたのだ。
 十神くんなら偽装は可能、ジェノサイダーの犯行に見せかけ罪を被せようとした十神くんが真犯人――そうやってみんなが追及しても、十神くんは余裕の表情を崩さなかった。彼にとっては殺人も学級裁判もただのゲームだから、こんな態度でいられるのだろうか。十神くん自身の命だってかかっているというのに……?



 「自分が女子更衣室で不二咲さんを殺して偽装した」とまで言っている十神くんを、偽装を指摘した張本人の苗木くんは「何か引っかかる」と訝しんでいた。
「だけど、“他の場所”で殺された後に、運ばれた可能性だってあるんじゃないのかな……? 現場ごとさ……」
「現場ごと……だと? …………そこまで言うからには……根拠があるんだろうな……?」
 十神くん犯人ムードを抑えての苗木くんの発言に、それまで余裕綽々だった十神くんの表情が崩れていた。

 現場の移動……? 苗木くんは捜査の時にも“入れ替わり”を大神さんに尋ねていたんだった。それは――。
「男子更衣室……」
 私も調べていた場所だ。苗木くんの意見を後押し出来るんじゃないか、少しでも手掛かりになってほしいと、呟きを大きな声に変えた。

「それって“男子更衣室”……? 女子更衣室に貼ってあったポスターが一昨日と変わってたから、確認しに行ったら男子更衣室に貼ってあった……」
「うん、そうなんだ。女子更衣室に巨乳グラビアアイドル、男子更衣室に女子から大人気のアイドルグループ“トルネード”のポスター……どちらも、ふさわしくないよね?」
 やはり、苗木くんも私と同じ違和感を持っていたのだ。

「あぁ、トルネード! 灯滝ちゃんと女子更衣室で見たね! 灯滝ちゃんとこにロケに来たんだよね」
「エッそうなん! 灯滝っちも芸能人と繋がりあるんか!」
「や、繋がりも何も……ロケだけだから」
 トルネードのポスターを一緒に見た朝日奈さんが食い付き、葉隠くんも話に乗る。こちらに振られて返答に困った。話すと長くなってしまいそうだ。


「ええと……話を戻すけど、2つの更衣室には、もう1つおかしな点があったんだ。」
 脱線しかけたところを苗木くんが議論に戻してくれた。もう1つのおかしな点とは、大神さんがプロテインコーヒーを零して作ったカーペットのシミが、男子更衣室のカーペットの方に移っていたことだった。
 でも、現場を移動させた可能性は高まっても、その理由や不二咲さんがどうやって男子更衣室に入れたかはやっぱり解明できなかった。葉隠くんが玄関ホールで見つけたという亡くなった人たちの電子生徒手帳も、唯一の男子である桑田くんのものが壊れていたとあっては八方塞がりだった。
 再び十神くんが犯人というムードになるも、私はまだ更衣室の違和感に囚われていた。ただ……苗木くんもそうだろうけど、覆す材料が見つからない。焦燥感に苛まれるだけだった。

 そこに突然、静かに学級裁判を見守っていた一人が即投票の流れに待ったをかけた。
「――男子更衣室に入った可能性は残っているはずよ?」
 新風を吹き込んだのは、霧切さんだった。

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