霧切さんは、学級裁判を休憩して連れて行きたい場所があるとモノクマに提案し、面白がったモノクマは中断を許可した。
 彼女が案内したのは女子更衣室だった。そこで「被害者の死体の全身をもう一度詳しく調べて」と言った。でも……尻込みする方が普通だろう。山田くんも石丸くんも葉隠くんも何かと理由を付けて断る中、大神さんが役目を引き受けた。

 両手を合わせてから不二咲さんに触れた大神さんは、何かに気付いて体を震わせ咆哮した。そして続く発言に、知らなかった人間は強い衝撃を受けたが……モノクマが証言を確定させた。
「不二咲千尋は男の娘だよーッ!!」
 ……まさかの新情報だった。誰よりも可憐な女の子に見えた不二咲さんが……男子! 女の子に対してよそよそしい感じがしたのは、男女間だったから遠慮していた部分があったのだろう。……言われなかったら、私はずっと女の子だと思っていた。



 女の子の振りをしていた理由は不明でも、不二咲さんが男だったら問題なく男子更衣室に入れる。不可能と思われていた事が可能と分かったところから、学級裁判は再び開始された。
 散々怪しまれ、自身も思わせぶりな態度をしていた十神くんは、ここに来て自分は犯人ではなく第一発見者で死体の偽装のみを行ったと言い始めた。死んだ人を弄って事件をかき回すなんて……神経を疑うけれど、本題を見失うわけにもいかない。

 性別の一件で、容疑者は男子更衣室に入れる男子という点だけが確定。さらにセレスさんの新たな証言から、不二咲さん……いや不二咲くんは事件前の夜に倉庫からジャージを持ち出していたと分かった。
 様子からして彼は誰かと待ち合わせをしていたようで、状況的にその相手が犯人……。でも、これでは誰とまでは行き着かない。今まで小さな情報たちから解き明かしてきた苗木くんも、行き詰まっていた。
「でも、これだけの手掛かりじゃ見当も……」
「……付いているじゃない。」
「……え?」
「もう犯人はわかってるじゃない……」
 驚いて霧切さんを見ると、彼女は自信満々に言い切っていた。


 ジャージに手掛かりがある、処分されていても推理なら出来る――。どういうことか掴めないまま、話し合うことになった。霧切さんはさらに続ける。
「彼はどうして……あんなジャージを選んだのかしらね?」
「あんなジャージとはどういう意味だ?」
「あのジャージって……色が違うくらいだったよね」
 十神くんが疑問で返していた。私は先日の倉庫でのやり取りを思い返して発言したけれど、全然ピンと来ない。ジャージに触れていない人だったら、もっとチンプンカンプンだろう。

「わかったぞ。彼が選んだジャージは……犯人が持っている物とお揃いだったのだな!」
「つまり、犯人は……アイツと同じ“青いジャージ”を持ってんだな? オレのは黒いジャージだ!」
 石丸くんの推理は、待ち合わせ相手を信頼している、つまり仲良しだからお揃い……ということか。でも大和田くんは別の色らしいので違うようだ。
「俺は白いジャージを持ってんぞ。寄宿舎倉庫から持ってきたんだ! あと灯滝っちのジャージは――」
「ちょっと待って、大和田クン! 今の言葉は……おかしいよ……!」
 大和田くんに続きカラバリの話をしようとした葉隠くんを遮って、苗木くんは声を上げた。

「どうして大和田クンは……不二咲さんの着ていたジャージが、“青”だって知ってるの?」
 ぐ、と大和田くんは言葉に詰まった。そこで霧切さんはしたり顔になる。
「墓穴を掘ったわね……」
「むしろ、そう仕向けたんだろう?」
「……なるほど、ブラフだったのですね?」
 霧切さんが鎌をかけたことに十神くんは気付いていたらしい。セレスさんも合点がいったようで、微笑みの口の端を少し上げていた。
 しかも霧切さんは、大和田くんは男女で呼称が違っている事に気づき、不二咲さんの性別を知っていた大和田くんを最初から怪しいと踏んで狙い撃ちしたのだという。なんて洞察力……。やっぱり“超高校級の観察眼”なんじゃ……もう私の中でそう呼びたい。


 だけど大和田くんからしたら、犯人扱いを受けて穏やかにはしていられない。揚げ足取りだと激昂し、そんな大和田くんを親しい石丸くんは擁護した。
 大和田くんが犯人……なんだろうか。情報と状況はそう言っている。でも彼の印象から考えると……不二咲くんの亡くなった姿を苦しげに見ていた、静かに現場保持をしていた、さっきエレベーター前で真剣な目つきをしていた、彼が……? とてもそうは見えないのも事実だった。

 そんな中で山田くんから、不二咲くんの物と思われる壊れた電子生徒手帳をサウナで見つけたという話が挙がった。完全無欠と思われた強靭な電子生徒手帳の唯一の弱点……“長時間の高温下で熱暴走し壊れる”事を犯人は知っていて、狙って壊したのでは……? 推理は進む。
 霧切さんは、偶然サウナで壊して弱点を発見した可能性を挙げた。十神くんは、無くはないがあまり現実的でないと考えているようだった。

「サウナに電子生徒手帳を持ち込み、壊してしまった人間など……」
「……心当たりがあるかもしれない」
 苗木くんが思い出したようにこぼした。
「うぐ……うぐぐぐ……!!」
「それは……それは…………、石丸、クン……」
 沈痛の面持ちで唸っている石丸くんを一瞥し、苗木くんは名を呟いた。
「うぐぐっ……。ぼ、僕ではない……ないんだ……しかし……」
 石丸くんはそれきり言葉を濁した。……その様子から、昨日の朝食会に来ていたメンバーは察してしまったと思う。そして“一部始終を見ていた”苗木くんは、石丸くんの名を言う前からわかっていたんだろう。

 躊躇いを振りきるように頭を振って、苗木くんは“彼”を見つめた。
「……いや、……大和田クン……サウナで電子生徒手帳を壊したのって、キミなんじゃないかな?」
 大和田くんは石丸くんとガマン比べをするため、制服のままサウナに入っていた。そこで大和田くんの電子生徒手帳は壊れ、熱に弱いことを知った。そして壊れた大和田くんの電子生徒手帳を玄関ホールにあった桑田くんのものと交換した。だから今、大和田くんが持っている壊れていない電子生徒手帳は、桑田くんのもののはず――。
 苗木くんの推理は大和田くんだけでなく石丸くんをも追い詰めていた。

 石丸くんの頬は、涙が幾度となく伝っていた。間違いだ、でっち上げだ、兄弟が人を殺すはずがない、僕は認めない、証拠を提出しろ……張り上げ続けた声は次第に掠れ、時折涙で揺らいでいた。
 苗木くんも苦しげに、石丸くんを納得させる最後の切り札を提案した。電子生徒手帳を見せ合えば、それが誰のものかシロクロはっきりすると。
 でも、その提案を大和田くんは「その必要はない」と静かに一蹴した。
「あぁ、そうだ……オレが……殺したんだよ……」
 大和田くんは犯行を認め、モノクマに投票を促した。それでも石丸くんは彼が犯人である事を受け入れようとはしなかった。半ば放心状態で待ったを掛けてもモノクマは意に介さず、投票は始まった。



 多数決で選ばれた大和田くんは、クロだった。一票を除き、他は全て大和田くんへの投票。例外は石丸くんの投票だった。最後まで“兄弟”が犯人と信じなかった石丸くんに、大和田くんは俯いて「すまねぇ」とだけ言った。
 なぜそんな犯行を、と縋るように問われた大和田くんは何も話そうとしなかった。そこにモノクマがしゃしゃり出て、例の動機……“知られたくない秘密”からバラし始めた。
 不二咲くんの秘密は『男のクセに女の恰好をしている』こと、大和田くんの秘密は『自分の兄を殺した』こと――。
 大和田くんは、自分の暴走族のチームの人たちに知られるわけにはいかなかった。“男同士の約束”が守れなくなる事を恐れていたのだった。


 不二咲くんと交わした“男の約束”は元々、大和田くんとお兄さんの約束が始まりだと以前言っていた。
 大和田くんのお兄さんは、大和田くんが勝負を挑んで起きたバイク事故で、彼を庇って帰らぬ人となった。
 大和田くんのいる暴走族の初代総長でもあったお兄さんと死ぬ間際に交わした約束、“二人で作ったチームを潰すな”――それを果たすべく、大和田くんは「勝負を焦って兄は自滅した」と真実を隠して、兄に勝った強い二代目総長として暴走族を纏めていった。だがそれは、大和田くんに重い十字架と重圧を課し、彼自身を苦しめることになった。

 性別を誤魔化すことで弱い自分を隠していた不二咲くんは、動機の提示を切っ掛けに強くなろうと決意して、強い男と尊敬する大和田くんに“知られたくない秘密”をカミングアウトした。
 だけど、弱さを認めて変わろうとする純粋な強さは……強くあろうと弱さをひた隠しにしてきた大和田くんに嫉妬の炎を宿した。
 突発的で犯行の記憶も一瞬飛んでいると、大和田くんは言った。
 それでも彼は不二咲くんの想いを汲んで、不二咲くんが自分から「いつかみんなに話す」と言っていた“知られたくない秘密”を守るために犯行現場を移動させ、電子生徒手帳を壊した。そこに十神くんが絡んでしまったために、今回の事件は複雑化したのだった。



 オシオキを前にしても、大和田くんはじっとその時を待っていた。
 待ってくれと繰り返す石丸くんの悲痛な叫びが裁判上に響く中、モノクマは数日前と同じ動作をする。
 大和田くんは亡きお兄さんに詫びた。男同士の約束を守れなかった、と。
 ――ボタンは無情にもたたかれた。

 隣の部屋へ連れて行かれた大和田くんを追うも、サーカスのような巨大なセットのどこにも見当たらない。手前でぐるぐると渦を巻く円盤、それに連動して現れたド派手で大きなバイクに彼は乗せられていた。
 暴走族の総長であった大和田くんが後部に座り、後ろ手を縛られている。ショッキングピンクのシートには、痴・美・苦・露……その先は読めない。卒塔婆のように高く、その存在を主張していた。
 運転席には、大和田くんのようなリーゼント頭のモノクマ。見据えるは先にある大きな丸いケージ。奥には紅白縞のテント、色とりどりの旗と風船。左右で猛虎のハリボテが今か今かと待ち構えている。

 ハンドルすら掴めなさそうな手をしたモノクマが、ブォン、ブォンと空吹かしを二回。三回目でバイクは走りだした。急スピードに後輪が左右に振れるも、赤絨毯の上を一直線。ケージ直前でモノクマはバネでバイク座席から吹っ飛び、緊急脱出を演出していた。
 バイクごとケージに入った大和田くんは、そのままぐるぐると中で高速回転し続ける。ほどなくケージは眩しく光りだし、私たちの前で三角帽子を被ったモノクマはフラフープを回した。

 光がおさまった頃には、モノクマは回し疲れてへたり込み……ケージの中に大和田くんの姿はなかった。
 装置の仕組みが分からず、どういうことなのかと考えたのも束の間、手前の機械のランプが順番に点灯した。
 チーン、と調理器の出来上がり合図に似た音とともに扉は開かれた。そこにあったのは小さな四角い箱。ラベルには“大和田バター”。
「――――!」
 意味を理解した途端、ゾッとした。吐き気すら覚えた。
 ケージでの高速回転は遠心分離の役割、光は……おそらく脂質以外の組織の分解、手前の機械までの工程でパッケージに再構成――。
 つまり……目の前に出てきたそれが、大和田くんの成れの果てだった。



“猛多亜最苦婁弟酢華恵慈(モーターサイクルデスケージ)”によって、大和田くんは人の形ですら無くなってしまった。
 サーカスの曲芸やマジックだったらどんなに良かったことか。見せつけられるオシオキの非現実感に、これはリアルではないと逃避しそうになる。

 石丸くんが泣き腫らした目からさらに涙を流し叫んでいた。そんな彼の姿は、これが現実だと胸に杭を打ちつけるようで私を夢想から引き戻す。情熱に燃えるはずの彼の真っ赤な瞳は滲んで、充血しきっていた。
 それでもモノクマは取り合わない。嘲笑うだけだった。
 私はモノクマに立ち向かう気力も、石丸くんに声を掛ける余裕もなく、拳を握って後味の悪い出来事を何とか溜飲するのが精一杯でいた。


 2回目の学級裁判も、大多数を消耗させて閉廷した。
 学級裁判で生き延びても、その度にこんな気持ちになって裁判場を後にしなければならないと思うと、……最良は全員が脱出を諦めることなのか……? 先の見えなさが余計に不安と諦観を煽る。

 自室に戻るまで、私は終始無言だった。口を開いたら最後、誰彼構わず思いを吐き出してぐずぐずになってしまう。
 ここで生活する限り、料理人としてしなければならない事がある。だからみんなの前では平常心を繋ぎ止める。
「……ぁ、うぁ、あああああああああああっ!!」
 消化なんて到底できない。異常と、無常と、無力感。
 たった今閉じたドアに凭れ、沈み込む。
 今だけ、一人になれるこの空間だけ……。
 立ち直るために、泣き崩れた。



>>>CHAPTER2_END


【 DEAD 】
・不二咲千尋 a.k.a“超高校級のプログラマー”
 被害者:ダンベルによる撲殺
・大和田紋土 a.k.a“超高校級の暴走族”
 クロ:オシオキ・モーターサイクルデスケージ


>>>生き残りメンバー 残り11人

>>>To Be Continued.

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(→CHAPTER2あとがき)

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