学級裁判で犯人と特定されてからの大和田くんの独白は、聞けば聞くほど心が苦しかった。様々な板挟みの中で葛藤していた彼を思うと、こうなる前に違う道はなかったのかと考えてしまう。
 それでも人殺しは人殺しで、この学園生活をしている限りは暴かれたら命を奪われる。
 もし……大和田くんが私たちを欺ききって“卒業”していたら、彼は自分の兄と、不二咲くんと、私たち11人の屍の先で、お兄さんとの約束を守るべく暴走族のチームを引っ張りに戻ったのだろうか。……大和田くんは学級裁判の前から、そこまで「腹を括っていた」?

 被害者とクロの秘密を知ったところで、私は何もできない。被害者に安らかにと祈り、クロが死にゆく過程を見るだけ。
 モノクマに踊らされ、これ以上犠牲者が出る姿なんて見たくないのに……。





「あ、石丸くんおはよう、今日も一番乗り――……」
「…………」
「……石丸くん……」
 学級裁判の翌朝でも、構えずいつもどおりを心掛けて食堂に向かった。
 私が来たすぐ後、カウンター越しに見えた人影に挨拶を交わそうと投げかけ、顔を伺って――私の言葉は途切れた。


 朝食会に集まったのは私を入れて8人だった。不二咲さんと大和田くんを失い、十神くんと腐川さんは相変わらず来ず、更に朝日奈さんが腹痛で欠席すると大神さんから報告があった。
 朝日奈さんが欠席するなんて初めてのことだ。余程体調が良くないんだろう。
 ……気が滅入っているのは私だけではなく、昨日の事件と学級裁判は各々それぞれに影響を及ぼしていた。
 こんな時こそ元気よく仕切ってくれる人がいると雰囲気も変わるところだけど、毎日その役目を担っていた石丸くんは一言も喋ってはくれなかった。その青い顔と充血した目は……全く寝ていない上、水すらろくに口にしていないように思えて痛ましかった。
 大和田くんと“兄弟”と呼び合うほどの絆が生まれていた石丸くんからしたら、昨日の事件は胸を引き裂かれるような、あるいはそれ以上の……。察するに余りある。

 石丸くんの状態を見て、葉隠くんは自分が年長者だからと彼に代わって仕切り始めた。
 初指示は“とりあえず探索”。学級裁判の後には必ず新しいエリアが開放される。数日前と同じ行動だったが、脱出の手掛かりと、この事態の解決の糸口を少しでも探すほかに道はなかった。
 2次元(たぶんアニメとかの事だ)が足りないから外に出たいと熱く主張する山田くんに、セレスさんは「欲望を抱くから黒幕に付け込まれる、ここで仲良く暮らせばいい。探索は暮らしを豊かにするだろう」と微笑んでいた。
セレスさんほど割り切れたら争いも起きず平和なんだろう。誰しもが断捨離上手にはなれない……私も含めて。


 ぼちぼちご飯を食べよう、というところに突然、腐川さん……ではなくジェノサイダー翔がやって来た。
「おっ、ココがアタシの席ってことよね? そうよねー! おやおや〜いつの間にデキる女になったの灯滝チャーン? 苦しゅうないわぁ!!」
「いやその、朝日奈さんの分と思って出した食器が――」
「シッ! ここは黙って合わせとけって……」
 口に人差し指を当てる仕草を葉隠くんにされ、真面目に答えかけた口を噤む。ジェノサイダーは腐川さんであって腐川さんではない“殺人鬼”。下手に刺激してしまったら、気軽に殺されるかもしれない危険人物……例え対象が“萌える男子限定”でも、用心すべき相手に変わりはなかった。

 ジェノサイダーは、ここは殺人鬼でも堂々としていられる空間だから隠れるのはやめた、とゲラゲラ笑って着席した。
 予想外の来訪者に混乱したけれど……何にしても、大神さんが言うように「まずは朝食から」だ。あらためて全員で食事を摂り始めた。
 希望ヶ峰学園に入ってジェノサイダー翔に会い、一緒に食事することになるなんて……異常の階乗で感覚が麻痺しそうだ。
 それでもつい彼女の食事傾向を観察してしまうのは、料理人の性か。
「……ジェノさん、おかわりもあるよ?」
「ジェノさん……ジェノさんって! ゲラゲラゲラゲラ!! 笑うわそんなん! ……はー気分イイからもうワンプレート、八掛けでシクヨローみたいな? ギャハハハ!!」
 やだ美味しい! の言葉に、味覚は私たち寄りなのかな……なんて思いつつ、奇妙な朝食会は過ぎていった。





 探索のために解散すると、終始無口だった石丸くんも食堂から出て行った。歩みはしっかりしていたものの、このままだったらいつまで持つかわからない。……彼の前に置いた食器は手付かずのままだった。
 片付けと洗い物、そして昼夜分の仕込みを済ませてから、私も探索に加わった。
 1階では立入禁止だった保健室が開放されていた。これで多少の怪我や病気には対応できる。ただ、この生活がまだまだ続くなら、この設備と品揃えでは追いつかないような事態が起きてしまうかもしれない。……やっぱり外に出たい。

 2階に上がると、たくさんの本を抱えた十神くんに遭遇した。声を掛けても「フン……」とだけで、ほぼ無視だった。
 昨日の学級裁判の終わり際に、十神くんは“ゲーム”を盛り上げるため、そして自分がクロになる時に要注意人物となる存在を見極めるために、第一発見者であったにも関わらず偽装工作を行ったと言っていた。そしてゲームを勝ち抜けた後、次にモノクマを殺すつもりだ、とも。
 十神くんは、誰かを殺し、欺ききって、たった一人だけが得られる勝利を求めている。
 私たちと離れたところにいて、どう仕掛けてくるかはわからない。だけど……最後にモノクマに突きつけた“十神の名にかけて”の宣言は、きっと重い。そう遠くないうちに動いて来る気がした。


 3階の探索は、時間の関係もありざっくりと見回った。
 食堂に戻ると既にみんながいて、体調不良のはずの朝日奈さんも来ていたことに注目が向いていた。
 朝日奈さんは、ドーナツを食べて元気になったから少し探索もしたと言う。腹痛からドーナツを食べられるくらいに回復したのなら、きっと大丈夫だろう。
 朝のメンツが揃ったと見ると、葉隠くんは報告を促した。
 葉隠くんは朝食会の時から指示の前に毎回石丸くんに確認している。だけど石丸くんは何も返してくれないままだ。目をやると、石丸くんは朝より顔色がすぐれないようだった。
 ……時間はすでに夕食時だ。希望した人にご飯を用意して、私も報告会に参加した。


 3階にあった主な施設は、娯楽室、美術室、物理室。相変わらず窓枠には鉄板があり、脱出は不可能とのことだった。
 異様に映ったのは物理室の大きな機械。これは空気清浄機らしい。
 また、苗木くんは物理室でデジカメを見つけていた。これは山田くんのものと判明。初日に私物が無くなって以来で再会した新品のはずが、使われて汚れていたと分かると山田くんは途端に興味を失っていた。……黒幕が没収してから使っていたのだろうか?
 結局そのデジカメはセレスさんが預かることになった。ちなみに、これはアニメの絵がデザインされた超レア物で(山田くん談)、超ロースペックな代物(葉隠くん談)だそうだ。

「……そういえば十神っちを見かけたべ」
 ふと、葉隠くんが思い出したように十神くんの名前を出すと、ジェノサイダーはスッポンのごとく食いついた。引き気味で葉隠くんは説明する。
「更衣室に大量の本を持ち込んでたべ……」
「あ、私も2階の廊下でたくさん本を抱えてたの見かけた」
「マジかっ! オメーらパッとしないくせにやるじゃん!!」
 十神くんへの愛の言葉を垂れ流しながら、ジェノサイダーは俊足で食堂から飛び出していった。
 葉隠くんは追うか決めかねたものの、セレスさんが放置を即答したので報告会は中断せずにそのまま続けた。……そもそもジェノサイダーが行動を共にしていたほうがイレギュラーだ。これからこういう機会は増えるのかもしれないけど……。


 あらかた報告が終わったところで、苗木くんが美術準備室で見つけたという写真の事を話した。モノクマにすぐ回収されてしまったが、そこには仲が良さそうな桑田くん、大和田くん、不二咲くんの姿が写っており、背景の教室らしき窓には鉄板など入っていなかったと言う。
 今までの状況からしたらあり得ないシーンが写っている。みんなの言うように、私もモノクマのねつ造に違いないと思う。……でも、万が一本物だとしたら、私たちが巻き込まれていることを解明する手掛かりにでもなるのだろうか。

「それより……気になることがありますの」
 写真はさて置き……と、セレスさんは見計らったように朝日奈さんに目を向け、体調不良は嘘だろうと指摘した。慌てた朝日奈さんはボロを出し……嘘をついていた事をバラしてしまった。セレスさんは見抜いていたのだ。
 朝日奈さんが嘘をついてまで朝食会を避けた理由は……夜中に脱衣場で見た、“不二咲くんの幽霊”。信じてもらえないと思い、部屋から出たくなかったようだった。

「幽霊……って、本当にいるのかな」
「ほら、やっぱり信じてくれない!」
 私は見たことがないので、いるかどうかはわからない。怖がる人、見間違いだと切り捨てる人……いろいろだったが、確かめに行けば分かるだろうとみんなで向かうことになった。
 ただ、石丸くんは山田くんに同行するか聞かれても無反応だった。ここで待っている……そういうことらしい。
「石丸くん……部屋で休んでてもいいからね?」
 何も言わず、微動だにしない彼をここに置いていくのは、ちょっと不安ではある。

「ゆ、ゆ、幽霊を……見に行くんか……? 大丈夫? 呪われん?」
「じゃあ待ってればいいじゃん、1人で!」
「1人はもっと嫌だッ! 連れてって!!」
「まだ石丸くんもいるけど……。でもさ、不二咲くんの幽霊だったら悪さとかしないよ、きっと。……みんなで行けば怖くない、うん」
 朝日奈さんに突き放され、葉隠くんは涙目。……本当に筋金入りのオカルト嫌いだ。
 大丈夫、と自分にも言い聞かせつつ、葉隠くんを引っ張って私も脱衣場へ向かった。





 朝日奈さんが示した脱衣場のロッカー。そこにいたのは幽霊……ではなく、図書室にあったはずのパソコンだった。苗木くんがキーボードを押すとディスプレイは明るくなり、“アルターエゴ”というアイコンを見つけた霧切さんが代わって操作した。――すると。
「来てくれたんだね、ご主人タマ!」
「で、で、出たぁーーーッ!!」
 パソコンを覗きこんでいた大半が、目を丸くした。
 画面いっぱいに映る不二咲くんの顔。声も喋り方も彼そのものだった。
 パソコンの中に存在する不二咲くんのもう一つの人格であり、存在する限り衰えることなく成長し続ける人工知能プログラム。それが幽霊疑惑の正体であり、目の前に現れたもの……“アルターエゴ”だった。
 不二咲くんはほんの数日の間に古いパソコン1台のみでこのプログラムを作り、監視カメラのない……つまり黒幕の目を避けられる、脱衣場に運んでいたのだ。
 ……霧切さんの説明とセレスさんの補足がないと、さっぱり意味不明なところだった。

「それにしても、ご主人タマですか……そうですか、これはこれは……萌えますな。」
 男で人工知能でも、2次元なら山田くんは「その程度はノープロ」なのだと、ハァハァ息を荒らげてアルターエゴを見つめていた。
「その程度、ねぇ……」
 葉隠くんは頭を掻きながら、賛同しかねるといった目線を山田くんに向けた。
 ジェノサイダーといい……“萌え”とは、奥が深いものらしい。


 とにかく、アルターエゴというのはパソコンの中だけで存在できる不二咲くんの分身のようなものらしい。
 アルターエゴは不二咲くんにパソコン内のファイル解析をするよう指示され、作業中だという。厳重なロックの先にあるデータなら、学園の秘密も分かるかもしれない……不二咲くんはそう考えていたようだった。
 葉隠くんが言うようにネットワークに繋げられれば助けを求められるところだけど、今の時点で危険を冒すのは得策ではないという結論になった。回り道でも、今はアルターエゴに解析を頑張ってもらうしかなさそうだ。

 大人数で長居しても怪しまれるだろうということで、私たちはそろそろ脱衣場を出ることにした。
 怪しい人が来たら大声で叫ぶから、とアルターエゴは言うものの、夜時間はみんな防音の個室に入ってしまう。かと言って、交代で見張りを立てたら勘付かれるかもしれない。
 そこで霧切さんが「夜時間に個室のドアを開けておく」と、見張りを買って出てくれた。危険な行為なのに、私はそう簡単には死なないと言い切る彼女は自信に溢れ、力強かった。……ますます謎めく人だ。


 アルターエゴに別れを告げ、特に山田くんはとても名残惜しそうにしながら、私たちは脱衣場を後にした。
 会話の終盤で不二咲くんの死を知ったアルターエゴは、悲しそうに見えた。例えプログラムであっても、人工知能があれば感情もあるんじゃないかと思ってしまうような……そんな表情と、声と、数秒の間だった。

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