「なんだかんだで、私ってお手柄じゃない!?」
 食堂での姿が嘘のように、朝日奈さんは大喜びしながら脱衣場を出た。
 そこに現われたのは白黒の悪魔。茶化して可愛らしく小首を傾げる、モノクマだった。
「で……何がお手柄?」
 アルターエゴの事を知られるわけにはいかないと、みんなが回答を断固拒否する。そんな中、セレスさんがポーカーフェイスのままモノクマに答えた。
「わたくし達は、久しぶりに大きなお風呂で羽根を伸ばそうと相談していただけですわ……」
 男女の順番を決めるじゃんけんで朝日奈さんが勝ったから喜んでいたと、絶妙なカモフラージュを施してくれた。

 セレスさんの発言に慌てて同意した朝日奈さんは、彼女に話を合わせて私の腕を掴んだ。
「ほらほら! 男子は食堂にでも戻ってて! 私達はこれから、ゆっくーりお風呂に入るんだから!!」
 ねっ、とウィンクを向けられて、私はどぎまぎしながらコクコク頷いた。朝日奈さんの胸が、むにむにだった。
「しょ、しょうがねーなぁ! わかったべ!!」
「チッキショー……! じゃんけんで負けた……!」
 男子にも意図が通じたようで、わざと大声でお風呂に入れないことを悔しがる。
 それを見てセレスさんは女子だけ脱衣場に引き返させた。
「それじゃ、後でねー」
 腕を引かれながら開いている手を振る。どうにかモノクマを誤魔化して、私たち女子は男子と別れた。



「本当にお風呂に入るの?」
「当然よ。やるなら徹底的にやらないと」
「わたくしは、そこまでする気はさらさらなかったのですが……」
 再びの脱衣場。
 最後に私が中に入ると、霧切さんはすでにロッカーを見繕ってカゴに上着を放り始めていた。
「みんなでお風呂なんて初めてだね!」
「わたくしは一人でゆっくりと入りたいですわ……」
「ならばここで一人待つか? セレスよ」

 提案した張本人のセレスさんが渋っていても、朝日奈さんは入る気満々といった様子。大神さんも服を脱ぎ始めている。
「……灯滝さんはどうされますの」
「えっ灯滝ちゃんもセレスちゃんも入らないの?」
「私は……」
 既に3対1、脱衣場でセレスさんと二人で待つのもどうだろう……。
 それに、私は……湯船に浸かりたかった。


 思えば10日以上、自室のシャワーのみで過ごしてきた。体を綺麗にするだけなら充分だけど、広い浴場に広いお風呂というのはまた違うものがある。
「やっとお風呂に入れたなぁ……」
 しみじみ呟いてお湯に浸る。今思えば、大浴場が開放されてから使う流れにならなかったのが不思議なくらいだ。これから男女交代制で使えるように決めてもいいかもしれない。というか、私が使いたい。
「そういえば、灯滝さん」
「ん? なにか……?」

 迷っていたセレスさんも一緒に入ることを決め、私より先に湯船に浸かっていた。とてつもなく肌が白い。いつもバッチリメイクで決めている素顔を見たのは初めてだった。
 話し掛けられて彼女を見ると、メイクはなくともその瞳はいつもと同じで、人に真意を読み取らせない。トレードマークの微笑みと相まって、綺麗な人形のようだった。
 そんな彼女の口から飛び出してきた言葉に、お風呂の開放感に油断していた私は跳ねるかというくらいのリアクションをすることになった。

灯滝さんは葉隠くんと仲がよろしいですね。」
「な、何を……!?」
 素っ頓狂とはこれを言うんだろう、シャワーの水音がちょうど消えた浴場に私の声が大きく響いた。驚いたみんなが私を見る。
「ですから、灯滝さんは葉隠くんと仲がよろしいですね、と。」
 セレスさんは顔色一つ変えず、もう一度質問を繰り返した。
「そんなことは、ないと、思うよ」
「ええ。相対的に見て言っただけですわ。ですが、あながち間違っていなかった……というところでしょうか」
 わずかに目を細めて、セレスさんは口元を抑える。

「そうね……。灯滝さんは葉隠君を気に掛けているように見えるわ。そして葉隠君は灯滝さんによく話し掛けている。二人とも、誰とも平均的に交流しているようだけど、若干そういう傾向が見て取れるわ」
 湯船に浸かり始めた霧切さんも私の隣に来て、話に混ざった。……少し意外だった。
「だからといって、別に何もない……よ?」
「セレスさんと同じく、客観的にそう見えたという話よ。特別な感情があるかなんて突き詰めるつもりはないから、安心して」
「えっ私は気になるよ!」
「しかし、朝日奈よ……安易に結論付けるようなものでもないだろう」
 知らない間に洗い場から湯船に入っていた朝日奈さんと大神さん。朝日奈さんを窘めるような大神さんの声は、この5人の中でひときわ静かに響いた。

 いつの間にか囲まれてるような状態で、私は何かしら答えないと開放されない雰囲気だった。
「……そういうのじゃないと思う、たぶん」
 曖昧だ。でも、特別な感情なんて、たぶんない。
「だって葉隠くんて、見てても喋ってもよくわからないもん」
 私が言い終わるのを待っていた4人のうち、朝日奈さんはうーんと唸ってから私に言った。
「でもさ、それって……よく見てたり話してるってこと、じゃないの?」
「え……」

「……墓穴を掘りましたわね」
「自爆ね」
 その反応が答えだと言わんばかりに、セレスさんと霧切さんが追い打った。二人とも鉄面皮のはずが、揃って口の端が少し上がっている。……どういうことなの。
「だからといって、恋愛感情かどうかはまた別であろう。そうではないか、灯滝よ」
 大神さんと目が合って、私はウンウンと頷いた。助け舟をくれる女神様のようだった。
 続けて、彼女はみんなを見た。
「皆もこの手の話が気になるのは分かるが、見守るのもまた女の友情というものだ」

「……私は詮索しないって言ったわ」
「友情……まあ、そういうことにしておきましょう」
 霧切さんもセレスさんも、さっきの反応なんて無かったかのようなポーカーフェイスに戻っていた。これはこれで読めなくて困る。
 それでも朝日奈さんは納得出来ないようで、もう一回私に尋ねた。
「にしてもさ。灯滝ちゃんは、どうしてあいつなのさ?」
「どうしてって……いや、そもそも葉隠くんが気になるとか――気になってるのかな、これ」

「どなたか灯滝さんに自白剤でも盛りました?」
「あまり喋らないわりに、尋ねられれば開示を拒まないタイプなのね」
「あっ……黙秘、黙秘で」
 自分から二度もネタを話していては世話ない。これでは大神さんに助けは求められない。
「……いずれにせよ、急いても事が上手く運ぶというものでもない。じっくり育むといい……その先に何があるかは、我にも分からぬが」
 大神さんは、何であれマイペースでいればいいと言ってくれている。もとより、理不尽かつ謎だらけな事件に巻き込まれている中で、私は浮いた感情を持つ余裕なんてない。あまり気にせず、そのまま普通に過ごすのが一番だ。

 ところが、ほかの3人はそういう聞き方をしていなかった。
「さくらちゃんって……大人だね!」
「まるで、自分が通ってきた道を振り返るかのような含蓄があったわね」
「きっと良い恋愛をされてきたのでしょう」
 朝日奈さんは尊敬の目で、霧切さんは分析するような強かさで、セレスさんは見抜いた余裕の表情で大神さんを見ていた。
「な……ッ」
 矛先は完全に大神さんに向かっていた。今度は私が助ける番……だったが。
「ていうか……のぼせる。出たい……」
 私は先に湯船の熱さにやられかけていた。

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