昨日は夜時間ギリギリまで体育館にいたこともあり、みんなの朝の集まりはいつもよりスローペースだった。
 わりかし早くから居たのがセレスさんと葉隠くんという点で察せるだろう。ほとんど寝ていないであろう霧切さんは、一度食堂に顔を出してからアルターエゴのチェックに向かっていた。朝日奈さんと大神さんはみんなが揃いそうな時間まで朝のトレーニングに行っていたし、山田くんは何やら廊下に居たし、苗木くんはちょっと遅めに起きたらしい。
 私としては、昨夜バタバタしてできなかった朝の仕込みの時間に充てられたので助かった。

 朝食会は今日も葉隠くん主導だった。石丸くんは……来ていなかった。
 部屋に閉じこもっているのか、それとも……。いつも朝の食堂一番乗りを心から求めていた石丸くんがここまでの状態になってしまっていると、ショックで塞ぎ込む以上に思いつめてしまわないかと不安になる。

 欠席者についての話が落ち着くと、話題はアルターエゴに向いた。
 霧切さんによると朝のチェックで異常はなかったという。ただ、「勝手にアルターエゴを使うのは禁止、出入りで黒幕に勘付かれるかもしれない」と厳しい口調でみんなに話した。
 わかりきった事だというセレスさんの意見に、私も同意だ。すると霧切さんは話を山田くんに振った。その通りだと山田くんも言った――が。

「いいから、さっさとメシを食わんかーッ!! くっちゃべっている時間はなーいッ!!」
「……鬼軍曹なみの急かし方だべ!」
 山田くんの突然の豹変で、朝食会の空気は一変。慌ててかき込む人もいて、結果的に遅めのスタートを取り戻す形になった。
「急いでもいいけど……咽ないようにね」
 いつもよりお茶の消費が多かったのは……つまりそういうことだった。





 朝食会が終わると、私は引き続き食堂に残って昼食分の仕込みを始めた。夕食用のメニューで時間のかかるものも、このタイミングで仕込んでおくのがいつもの流れだ。
 そんな都合で、私は昼過ぎまではほとんど出歩かないことになる。なので、私の主な情報源は食堂に来るみんなの話によるところが大きかった。

「そういえば……先刻、石丸を3階で見かけたぞ」
 石丸くんの目撃情報を教えてくれたのは、昼食を終えた大神さんだった。
 話し掛けても「放っておいてくれ」とだけ呟かれ、以降は何も返してくれなかったと、大神さんは溜め息混じりに言った。
「部屋に篭っているわけじゃないんだね……」
「うむ……しかし下手に動きまわっていれば、体力の消耗が早まりかねん」
 最終的には実力行使も止むおえないだろうが、暫し慎重に様子を見ていくしかなかろう――そう言葉を結んで、大神さんは食堂を後にした。



「葉隠リーダー代理」
「なんだべ、その呼び方」
「石丸くんの代わりにまとめ役してくれてるから」
「そうだけどよ……」
 葉隠くんは、朝食会に来た人たちの中で最後に昼食を摂りに来ていた。
 私もそろそろ摂っておかないと食堂を離れなければならない時間になる。
「お向かい、座ってもいい?」
「おう。今まで飯の準備か? ごくろーさん」
 大テーブルを二人で使ってのランチタイムだ。
 ……昨日お風呂で女子のみんなからいろいろ言われたけれど、変に気にしてもますますドツボにはまりそうなので考えないようにしようと思う。

「……葉隠くん、また相談してもいいかな」
「相談料は占い相場の半額だべ。今度こそ絶対的な契約だぞ? いいな!?」
「あーいいよ。今回はちゃんと払う払う」
「その言葉、しかと聞いたべっ! 合計金額は俺が勘定しとくから、学園から出たら振り込み頼むべ!」
 このシステムは例えリーダー代理でも続くらしい。……まあ後払いだし、私も多少の貯蓄はある。それよりこの状況を良くしていく方が重要だ。
 他の人に相談してもよかったのだけど、何となく葉隠くんの方が話しやすいというか……一昨日にいいアドバイスをしてもらったこともあって、また解決方法を貰えそうな気がして頼ってしまった。それに、今はいちおうリーダー代理の立場でもある。


「まあ灯滝っちが何を聞きたいのかは、なんとなく分かるべ。……石丸っちだろ?」
 私から話を切り出すまでもなく、葉隠くんはピタリと言い当てた。これは占いではなく直感のほうか、それとも私の態度が分かりやすかったのか……。
「うん、その通り。……あの状態、どうにかならないかな」
「どうにか、つっても……本人の気持ち次第だべ?」
 いくら俺でもそういう超能力は出来ねーぞ、と葉隠くんはご飯をつつく。
 だけどあのまま石丸くんを放っておいて、気持ちの整理が付くまで待っていては体が持ちそうにない。

「せめて食事を、水分を摂ってほしいよ。……死んじゃうよ」
 そんな形で亡くなる姿なんて見たくなかった。何であれ、人の死に様を見るのはもうたくさんだ。自分の力で救えるのなら、何とかしたかった。
「なんかオメーそれ……料理人っつーか、寮母の域だぞ」
「一緒に生活してて料理作ってるんだから、食べてない人を気に掛けるでしょ普通」
 悲壮に訴える私を、葉隠くんは意外に思ったみたいだった。そこまで石丸くんに情を持ってたっけ、と聞かれている気がした。
「あーまあ、そうなんかな……?」
 私からしたら、どうしてそこで曖昧な返事になるのかが疑問なのだけど、……葉隠くんは料理をしない人だから通じないのかもしれない。


「しかし、それじゃ相談料の半分も仕事した気がしねーな……別のアプローチでも考えるか」
 今のところ“自力回復を待つ”しか案は出ていない。朝食会の時と変わっていなかった。
「大神さんは、最終的には実力行使かなって言ってたけど」
「オーガのパワーがあれば、誰だって物理的に言いなりだろうけどよ……」
 だからそれは本当に最終手段だ。今は穏便な方法で探したい。
「うーむ……ケサランパサランでも捕まえてくれば万事解決なんだが」
「け、けさ……?」
「問題はこの学園内にあるかどうかだな。」

 当然のように言われた呪文のような何かについて聞き返す。
 綿毛か毛玉のような白くフワフワした丸いものが浮いていれば、それがケサランパサランらしい。だいたい外で見つかっているものなので、屋内での発見は難しいという。
「ケサランパサランの持ち主には幸運が訪れる……つまり苗木っち要らずってことだな!」
「う、うーん?」
「ラッキーかハッピーになれば石丸っちはあの状態から抜けられるだろ? スマートな解決方法だし、俺もケサランパサランは見たいべ。本音を言えば俺が欲しい。」
「あの……石丸くんのためにって話だよね……?」
 話が逸れそうになったので、慌てて柔らかめの釘を選び葉隠くんに刺す。

「ああ。まっこと残念な事に、今の俺はリーダー代理という立場だからな……。これ食ったら、出口や手掛かりとあわせて、石丸っちのためにケサランパサランも探してみるべ。石丸っちが仕切ったほうが“らしい”し、俺も任せてのんびりしていたいべ」
「ケサランパサラン以外には……何か……」
「他っつっても……あとは説得で何とかするくらいか……? だけどあの様子じゃタラタラ言っても聞かねーだろうし、二言三言の範囲でビシッと立ち直らせるってのも難しい話だべ」
 どう短く伝えれば石丸くんの心に届くのか。二人で暫く考えこんで、話し合ってもコレという案は出てこなかった。

「……何にしても、ハードルは高いね……」
「そうだな。でもまあ……俺らには最終兵器オーガがいるから、どーんと構えてやってくべ」
 ご飯を食べ終わった葉隠くんは、こんなモンでどうだべ、と仕事を果たせたか私に尋ねた。……これ以上に話をするより、限られた時間を行動に使ったほうがいい気がしたのでOKを出した。
 (基本有料なのが引っ掛かるけど)一緒に考えてくれた葉隠くんに謝意を告げ別れると、私はお昼休みの行動計画を考えた。
 今回もできるだけやる、しかない。

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