私は食堂から図書室に移動して、目当ての本を探していた。
 ケサランパサランはさすがに現実的ではない、石丸くんの心を動かせるような魔法の言葉も思い浮かばない――となると、私に出来そうなのはやっぱり“食”に関することだ。
 石丸くんは今も絶賛絶食中だろう。そんな彼が次に食べ物を口にした時に、逆に体調を崩さないような回復食についてと、これは石丸くん以外を含めてだけど病気にかかってしまった時の食事についてを重点的に読みふけった。こういった料理に私はあまり関わってこなかったので、新たな知識だった。
 医食同源なんて言葉もある。ここに医療に強い人がいないなら、前段階で防ぐのがベストだ。
 食事を預かる立場としての意識を新たにしたところで、医学と栄養学の初級本を棚に戻した。

 図書室を後にしてから、石丸くんに会おうと校内を見て回ったり個室の呼び鈴を鳴らしてみたけれど空振りだった。
 夕食時も、やっぱり石丸くんは食堂に来ず、葉隠くんの探索も成果は上がらなかったと話された。
 このままだと明日にも強硬手段を取らなくてはいけなくなる。私は別に包んでおいた軽食を持って、夜時間になるまでもう一度石丸くんを探しに出た。





「石丸くん……!」
 やっと会えた石丸くんは、誰もいない教室の真ん中にポツリと立っていた。
 呼んでも振り向いてくれない彼の正面にまわって顔を覗く。昨日よりやつれていた。
「これ……水を飲んで。ご飯を食べて。お願い」
「…………」
「石丸くんからしたら、余計なお世話だと思う。でも……ほっとけないよ」
 石丸くんにペットボトルを差し出しても、包みを見せても、反応は返ってこなかった。前を向いたままの彼の瞳は焦点を合わせることをやめてしまったのだろうか。

「大和田くんだって不二咲くんだって、そのまま衰弱して倒れる姿なんて望んでないと思う……」
 すでに誰かが説得を試みていたら言っていそうな、そして石丸くんの傷口に触れるような話題を切り出すと、わずかに体が弛緩したように見えた。
「料理人としては何か口に入れてって気持ち、だけど……他にも私にできる事があったらするから、何か……話して、くれないかな……」
 私じゃなくても、他の人にでも……。
 リアクションのなさに言葉は尻すぼみに小さくなって、私が喋るのをやめるとシンとした室内に戻った。

 これ以上喋っても逆効果だろうと、私は石丸くんの返答をじっと待った。ひたすらに続く静けさに、次第に圧迫感を覚える。それでも石丸くんが立ち去るか、拒絶でも何でも口を開くまでは動かないと決めた。……さながら我慢比べだった。
「…………兄弟を……止められなかった……僕は……」
「!」
 掠れた小さな声を聞き逃すまいと必死になる。一昨日までとまるで別人のような喋り方でも、まず返事をしてくれた事に嬉しくなる。

「僕は……不二咲くんを……殺したも……同然なのだ……」
 しかし続いた言葉に、気分は真逆に傾いた。
「それは……みんな、止められなかった。石丸くんだけじゃない……誰も知らなかったんだから、大和田くんの秘密を。知っていたのは黒幕だけだよ」
 親しくなったと思っていた大和田くんを理解しきれていなかった無念、その大和田くんによって殺されてしまった不二咲くんへの懺悔――自責の念が彼をここまで追い詰めているのか。

「思いつめないで――」
「もう……構わないでくれ」
 それきり、石丸くんはここではないどこかをぼうっと眺めるばかりだった。
 起こってしまった事を元に戻せはしない。だからといって、すぐに割り切れるものでもない。葛藤の末が今の状態なんだろう。
 私では、心を動かすには力不足だった。
「……部屋の前に、これ、置いとくね」
 最後に一言だけ残して、私は教室を離れた。


 石丸くんの部屋の前に軽食の包みとペットボトルを置いてから、自室に帰った。時計を見れば夜時間も近く、急いでシャワーを浴びてベッドに転がった。
 エスパーでも魔法使いでもない私の精一杯では、石丸くんに通じなかった。仕方ない、でも、悲しい。
 だめだったよ、と明日の朝食会で葉隠くんに話すことになる。そして、大神さんにお手伝いを頼む流れだろう。これ以上になってしまったら白湯と重湯コース待ったなしだ。
 ごろごろとベッドで寝返りをうつ。間もなく日付も変わる時間だった。――今日もうまく寝付けそうになかった。

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