朝、食堂に行く前に石丸くんの部屋の前を見てみたら、私が置いておいたものが無くなっていた。本人が回収したかはわからないけれど、手付かずより僅かに希望は繋がる。

「おはよう、灯滝さん」
「あ、霧切さん。おはよう、今日も徹夜だよね……お疲れ様」
「それなりに睡眠時間は確保しているわ。気にしないで。それより……あなたには申し訳ないのだけど、朝食会の前に“皆でお風呂に行きたいの”。」
 厨房に入り、準備をしているところに最初に現れたのは霧切さんだった。
 キーワードを含んだ会話に、ただ事じゃなさそうな雰囲気を感じて慎重に応えを返す。
「……わかった、いいよ。でも……珍しいこと言うね、“何かあったの”?」
「それは、後で話すわ。女子が揃ったら皆で行きましょう。男子は……そうね、葉隠君にでも連絡すれば適当にしてくれるかしら。案外機転の利くところがあるみたいだし」
「そ、そう……? まぁリーダー代理だから伝えておこうか……」
 私を見ながら言われても……なんとも言えない。


 葉隠くんはリーダー代理になってから、少しだけ朝食会で食堂に来る時間が早くなった。
灯滝っち、おはよーさん。あの後どうだったべ?」
「……私じゃ、だめだった」
「そうか。そろそろオーガに出動要請かもな」
「葉隠君、ちょっといいかしら」
 カウンター越しに昨日の石丸くんの話の報告をすると、霧切さんが例の話を切り出しに葉隠くんに声を掛けた。
 朝日奈さんと大神さんの姿も見えたので、セレスさんが来れば女子で移動開始だ。



 打ち合わせ通り、女子の後に男子が脱衣場に集まると、霧切さんはここに集合した理由を話し始めた。
 霧切さんが話す前から「お助けぇー!」と泣き叫んでいた山田くんが、昨日今日と勝手にアルターエゴを使っていたので全員の前で注意を受けることになったらしい。
 説明を求めた霧切さんに、山田くんは観念したように白状を始めた。パソコンを抱えて怪しい息遣いをしていた理由は……“恋”だった。
 会話から新たな情報を学習したがるアルターエゴにだんだんとのめり込んでしまい、気づいた時には好きになっていた、という。
 葉隠くんによると、今の山田くんはマネキンと結婚式を挙げた人と同じ目をしているらしい。人間以外に本気で恋をしてしまう人もいるのだ……私にはまだ理解が難しい。

「どうしようもないと言いますか……えーと……」
「ざけんじゃねーぞ!」
 ノンストップ恋心を吐露した山田くんに掛かった声は、脱衣場の出入口の方から響いてきた。
 ここにいる誰とも違う、そしてここ数日聞かれなかったハキハキと張りのある声の持ち主は――!
「い……石丸くん!!」
「お、石丸っち! 復活したんか!?」
「石丸ってのは、どこのどいつだぁーッ!」
 元気な石丸くんが戻ってきた! と喜んだのも束の間、脱衣場の中に入ってきた石丸くんは……おかしかった。

 語気が荒々しく、妙なオーラを纏い、髪は白く見え、瞳は闘志に燃えるように滾っていた。
「石丸と大和田で……石田ってトコかな……」
 石丸くんのはずの人は、石田と名乗った。
 石丸くんだけど、石丸くんじゃなかった。正常な石丸くんだったら「ケツから悪玉コレステロールぶっこむぞ、アァ!?」なんて言葉が飛び出すわけない。
「このひと……石丸くんじゃない……」
「な、なにコレ……? なんてフュージョン?」
「……石丸ってば、どうしちゃったの?」

 あまりの変貌っぷりに動揺するばかりのところに、苗木くんが事情を説明した。
 昨夜、つまり私が抜け殻状態だった石丸くんに会った後に、苗木くんが部屋を訪れた石丸くんをここに連れてきてアルターエゴに会わせ、会話の流れでアルターエゴが大和田くんの姿になって励ましたら……こんなふうになってしまったのだと。
 与えた薬が効きすぎたというか、劇薬になってしまったというか……。元の状態に戻って欲しいと願ってやまなかったけれど、こんなにも振り切ってしまった姿までは望んでいなかった。
「うわぁあ石丸くん帰ってきてよお……!」
「あら、灯滝さんまで取り乱すんですか」
 目を丸くするセレスさんに構わず、私は手で顔を覆った。……本当に泣きそうだった。
灯滝さんは朝イチで石丸くんに会うことが多かったもんね……その、ゴメン……」
 苗木くんだって、こうしたくて石丸くんをアルターエゴに会わせたわけじゃないだろう。誰のせいでもないだけに、気持ちの持って行きどころがなかった。


「オイコラ、山田ぁ……!」
 またも受け入れがたい現実から逃げたくなるのを、どうにか引き戻した。
 石丸くん……いや石田くんとなってしまった彼がここに乱入してきたのは、山田くんにいいたいことがあったからだった。
「兄弟はオレのもんだッ!!」
 大和田くんを映しだし自分に魂を吹き込んだアルターエゴのことを、石田くんは兄弟の分身だと言い、もう誰にも渡さないと叫んだ。
 しかし、山田くんは「退けない」と呟いた後、高らかに宣言した。
「ボクと彼女は、愛で結ばれる運命なのです!!」
「オレとあいつは、熱い友情で結ばれてんだぁぁあッ!!」
 負けじと石田くんも言い返し、二人は手が出る寸前な一触即発の雰囲気まで来ていた。

「あなた達、いい加減にして……」
 静かな威圧感に、空気が変わった。霧切さんだ。
 アルターエゴは不二咲くんが残した大切な手掛かりで、誰のものでもない。作業が終わるまで手を出すのは禁止。アルターエゴを見つけた時と同じ決まり事を繰り返し、石田くんと山田くんに釘を刺した。
 同調した大神さんの睨みも加わり、二人は一気に勢いを無くす。
 霧切さんは忠告だけして、解散を告げた。万が一の策は考えてあるから大丈夫だ、と残して。
 アルターエゴを巡っての三角関係……。外に出られない生活が続いて、私たちは少しずつ正常を失っている気がする。たとえ普通に見えても、そして……私も、だろうか……。

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